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パープルシー

毒海のシェルターのエピソードです!

タカヒコとヴァルシャーベは戦車墓場の南西に位置するシェルター『パープルシー』に来ていた。

グリーンシーは海沿いのシェルターであったが、その海はシェルター名通りの紫色の毒海で、近海ごと覆うシェルターの障壁で多少緩和されてもゴーグルとマスクなしでは街中を歩けない程であった。

発生するガスは基本的には無色透明だが、高濃度化すると紫色の気体になる。

主に地中から発生するガスをコントロールする為にシェルター内にはガス管が張り巡らされていたが、管理が甘く、あちこちで紫色の有毒ガスが噴出していた。

が、慣れっこの住人達はまるで無関心に見える。

悪環境であってもシェルターが造られるのはそのままでは利用できずとも、海水と毒に適応した水産物がプラントの維持や水、塩の確保に欠かせない物だから。

よってパープルシーは悪環境にも関わらず、イーストブロウ等よりかなり発達したシェルターだった。


「先輩、なんか身体中チクチクしてきますし、さっさとホテル取りましょうよ? 服の袖も直さなきゃですしっ!」


そもそもマスクとゴーグルが気に入らない様子のヴァルシャーベ。猫か犬に帽子を被せたようだと、タカヒコは思った。


「俺はどっか安宿に泊まる。このシェルターの竜の調査も今夜の内に軽くしておくから、明日の朝、ヴァル公の泊まるホテルのロビーで落ち合おう。お前は休んでな」


正直1人の方が動き易いタカヒコ。戦車墓場でやたらと高価な素材拾いをしたらしいヴァルシャーベと違い、タカヒコは持ち合わせが心許ない、ということもあった。


「ホントに竜なんているんですか? 気配無いですよ? ガセじゃないですか?」


「いや、気配は・・ある。それに『竜狩り商会』の情報もそれなりに信憑性があった」


竜狩り商会は竜に関する情報を魔槍師に提供し、時に活動を金銭的に支援する組織。かつては営利活動していたこともあったが、今はボランティアになっていた。


「西部の竜狩り商会貧弱じゃないですか?」


「まぁ西部の魔槍師達がターミナルの竜に敗れちまったしな・・。ここは一つ、俺達が挽回しようぜ? ヴァル公」


「おお? 上等ですよっ。タカヒコ先輩っ!」


笛形態の粉雪の魔槍を手に、ファイティングポーズを取るヴァルシャーベにタカヒコは苦笑した。

適応した魔槍がわりと好戦的なだけに、やはりヴァルシャーベ自体も挑戦的な傾向はあった。

他の御守り役の当てが見付かるまでは同行を続けるべきだな、とも思うタカヒコだった。



高級ホテルに泊まるヴァルシャーベと一旦、別れ、一回が酒場になった安宿を取ったタカヒコはマスクとゴーグルを外し、まず酒場で軽く情報収集することにした。

ヴァルシャーベの言う通り、西部で衰退気味の竜狩り商会の支部はパープルシーにはなかった。


「最近、このシェルターで失踪が多いって聞いたんだが?」


といった切り出し方で聞いてみると、それなりに客達から反応はあった。


「フードプラントの増設バブルの時に銀行に騙されて、無理目な計画でプラントをこさえてパンクした社長が失踪してるよ? 最近でもないが」


「一家離散って聞いたわ」


「銀行の担当者も消えたらしい」


「費用をネコババしたんだろ? こんな世界だっ、他のシェルターまで逃げたら誰も追えねぇ。やりたい放題さ」


「社長に金貸した闇金業者も消えたらしい」


「ああいう連中は暫く稼いだら自然とどっかにとんずらするもんだろ?」


「シェルターの外れの件の社長の廃プラント、化け物が出るって噂だぜ?」


「廃プラントなんてロクな環境じゃないだろうよっ。倒産するなら更地に戻せっ! って話だよ」


「あの社長、愛妻家で子煩悩だったのにねぇ・・」


酒場で聞けた話はそんなところだった。



タカヒコは自室に戻ると、ぬるま湯がチョロチョロとしか出ないシャワーを済ませ、替えの下着に着替えると、一階で主人に借りた盥で、風呂場で洗濯を始めた。

風呂場にはメーターがある。調子に乗ってどんどん湯や水を出すとそれがどんどん上がってゆく。


「洗濯1回で合成ビール2杯ってとこだな。世知辛ぇわ・・。俺も戦車墓場で素材拾っときゃよかったぜ」


苦い顔をするタカヒコだった。

事前に確認した宿の乾燥機があまり清潔でなかったこともあり、洗い終わった洗濯物は換気ダクトの前に張ったロープに吊るし、燃さないように気を付けながら業火の魔槍の『弱火』で炙って乾かした。


「よーし、完璧っ!」


さらにマスクのフィルターを交換し、ゴーグルを拭き、一階の酒場で作ってもらった『合成黒パンと合成鰊の酢漬けのサンドウィッチ』と『合成オレンジゼリー』を『合成ジャスミンティー』を飲みながら平らげ、人心地ついたタカヒコはベッドで仮眠を取ることにした。


「・・・っ!」


ピッタリ1時間で起きると、綺麗になった旅装束を着込み、笛形態の『業火』と『古時計』の魔槍を確認して腰の後ろの鞘にしまった。


「さて、ヴァル公に勘付かれる前に仕事するか」


タカヒコは安宿を後にした。



タカヒコはおよそ当たりを付けていたシェルターの外れの閉鎖された夜の廃プラントまで来ていた。

星明かりだけの中、浮遊する槍に乗ったタカヒコはゴーグル越しに暗闇の内部を見る。

ガス管はロクに管理されておらず、そこら中からガスが漏れていた。


「長居は無用、か」


タカヒコは地上に降り、まず槍の石突きで軽く地面を突いて周囲のみ覆う小さな炎の円陣を張り、それを版半球状の障壁にして障壁内の毒気のみを障壁の外に出し、替わりに少し、外気の清浄な空気のみを入れた。


「・・うん」


マスクを外し、業火の魔槍を横笛形態にして吹きだすタカヒコ。

物悲しい音色が響くと廃プラントの周囲を業火の円陣が覆い、それは巨大な半球状の障壁となった。


「はぁ、敷地が広い・・」


うんざり顔で言って、タカヒコは笛を槍に戻し、マスクを付け直し、自分の周囲の小さな障壁を解除した。

業火の魔槍に緑色の炎を灯すタカヒコ。タカヒコの頭上の前後左右に1つずつ、鬼火も灯り、辺りを照らした。


「・・・」


タカヒコは無言で閉じられた廃プラントのヘェンスの入り口に魔槍を振るい、業火の刃を放って吹き飛ばした。


「最初から廃プラントなら気が楽でいい」


タカヒコは燃える槍を手に、鬼火と共に廃プラントの敷地へと駆け込んでいった。



施設内部に入ると、前触れも無く魚類と人の中間の姿をした『怪魚人』と貝類と水棲軟体動物の中間の姿をした『貝魔獣』の群れが現れた。

怪魚人は骨のような物でできた、握り手の横に小剣が付いたような武器『カタール』を両手に装備していた。

貝魔獣は触手を持つ。


「多いなっ、来いっ!」


タカヒコはまず数の多い左手に炎を放って牽制し、数の少ない右手に突進した。


「グェッ! グェッ!」


存外ユーモラスな鳴き方をする怪魚人のカタールを砕き、胴を、胸部を、頭を撃ち抜き焼き払ってゆく。


「シュー・・シュー・・」


鳴き声ではなく、身体中からガスを出している貝魔獣は触手を掻い潜り、切断し、『脳』と見られる器官の気配を撃ち抜き、切断して焼き払っていった。

怪魚人は硬いが、体内に油分を含みよく燃えた。貝魔獣は粘液まみれだが油ではないらしくさほど燃えなかったが、『貝』や『嘴』の部分以外は柔らかかった。

次々倒してゆく内に、ドンッ! ドンッ! とガス管から出るガスに引火して爆発が起こりだした。


「こりゃ1ヶ所で戦い続けるもんじゃないっ!」


タカヒコはある程度数を減らすと、見切りを付けて浮かせた槍に乗って一気に魔物の群れから離れ、中空で槍から降りて燃える魔槍を構えた。


「天然海鮮焼きだっ!!」


槍を振るい、高出力の業火を魔物ではなく施設のガス管に放つタカヒコ。

引火し、大爆発が起こった。消し飛ばされる魔物達。タカヒコにも炎は降り掛かったが、それを飛行する魔槍の勢いに替え、タカヒコは過疎して廃プラント内を突き進んでいった。


「ハハッ! 景気いいぜっ!!」


施設内のあちこちで誘爆が起こったが、タカヒコは勢いを増し、魔槍を進めた。



竜の気配を辿り、メインプラント近くまで来ると奇妙な3体の魔物に遭遇した。

それは流動体をしており、様々な水棲生物と人の中間のような形をしていた。


「かかかっ、金、か、金金金ぇっ!」


「トイチ、ト、トトト、トイチっ!!」


「飛ぶぞ?! お、おお、飛ぶぞ?! 飛ぶぞ?!」


「ピザよ、呼んでやるふぅっ! しょ、消防車もんだぁっ!!」


「じょ、上玉っ、じょう上玉ぁあっ!!」


喚いている流動体の魔物達。


「被害者を使った錬成生物・・か? 随分雑だな」


コアが統一されておらず、身体中に散らばっていた。


「お?」


3体の流動体の魔物は伸び上がり、それぞれ巨人型の魔物に変化した。


「気が進まない・・」


タカヒコはげんなりしたが、巨人型3体は一斉に『高圧毒水のブレス』を放ってきた。

槍に乗ったまま回避するタカヒコ。ブレスで床や壁に鋭く切り込みが入り、さらにその箇所が腐り出した。

タカヒコは鬼火を2個ずつに分け、それを2体の巨人型の魔物の頭部にけしかけ、自身は槍に乗ったまま残る1体に突進した。


「借りたら返せぇええっ!!!」


ブレスが当たらないと見て、喚きながら木の幹のような太さの腕を振り回してきたが、タカヒコは軽く躱して槍から飛び降り、巨人型の股から頭頂部まで一気に燃える穂先で斬り上げた。

全身、緑色の業火で焼かれ滅ぼされる巨人型。


「貸した以上はよくねぇな」


タカヒコは飛び上がった中空で、残り2体の方を向き直った。

4つの鬼火を向かって奥の個体の頭部に集中させ、槍に乗って手前の個体と距離を詰める。

至近距離で放たれた毒水ブレスを避け、側面の頭上に抜けるとタカヒコは槍から飛び降り、回転しながら巨人型の頭部、胸部、腹部、下腹部、腿を斬り割き、全身を焼き滅ぼした。

4つの鬼火に攻められ錯乱していた最後の1体は素早く背面に周り、連続突きを後頭部と背に放って焼き尽くした。


「・・人間ベースは勘弁してくれ」


ここでこのタイプの魔物が現れたということはこの奥でどのようなことが待ち受けているのか? 容易に想像できたこともあり、タカヒコは苦々しく呟いた。



・・メインプラント跡の大ホールへ来たタカヒコ。薄暗いがいくらか電気式の灯りが生きており、タカヒコは鬼火を全て槍の穂先に戻して魔槍本体の力を増した。

メインプラントがあったはずの場所の中央には4本の円柱状の水槽があり、そこでは管に人と水棲生物と竜の中間のような生物と、人の代わりに犬が配合された生物が1体ずつ眠らされていた。

人として30代の女、10代前半の女子、8歳低度の男子、おそらく室内犬の類い・・。

さらに向かって右手の大水槽には管は繋がれていないが貝魔獣、左手の大水槽にはやはり管は付いていないが怪魚人達がどちらも数百体は眠らされていた。

4本の円柱の前の操作盤の前には白衣を来た、人と水棲生物と竜の中間のような者が熱心に作業していた。


「社長さん。その方法じゃ『家族』は帰ってこないぜ?」


「っ?!」


白衣の魔物は振り返った。ドロっと、濁った目をしており、鳩尾の辺りに竜の頭部が付いていた。


「違うっ!」


「違わないね? 竜と契約しても失われるだけだ。そのことその物の意味が変質してしまう。もし『再生』したかったなら、あんたは人のまま行動すべきだった」


饒舌に話してもしょうがないとは思ったが、タカヒコはそれなりに腹が立っていた。


「違うっ! 違うっ!! 何もわかっていないっ。ワケ知り顔のヤツらは皆同じことを言う。『もっと良い方法があるはず』だとっ!! 自ら全て失いっ、踏みにじられっ! 二度取り返しがつかなくなってからっ! 同じことを言えるとしたら・・そんなヤツはただの間抜けだろうがぁあああーーーっっ!!!!」


竜は白衣を破り巨大化した。『メガアッシドブレス』を放ってくる。

タカヒコは槍に飛び乗りながら避けたが床と背後の壁が強酸で消し飛ばされた。

水槽の家族達を背に戦う戦術はなるべく取りたくない。容易には距離を縮められそうにないが、全身を覆う粘液の性質を確認する必要があった。

怪魚人と同じ油なら好都合だが、人間と契約したとはいえ闘争に特化した竜族、それも男爵級の竜が簡単に突ける弱点を自ら纏うとは考え難い。

伸縮する節足動物のような尾の一撃を避け、斜めの位置を取ったところでタカヒコは一旦、槍から飛び降り、槍を振るって炎の刃を人と水棲生物のごとき竜に撃ち込んだ。


「っ!」


燃えない。粘液は消費されるようだったが、全く燃え拡がらずすぐに業火は消えた。粘液の下の表皮もかなり頑丈そうであった。


「相性悪っ!」


高速で振るわれた巨大な鉤爪を躱して飛び退きながら、タカヒコは業火の魔槍を横笛にして腰の後ろの鞘に戻し、替わりに古時計の魔槍の横笛を引き抜いた。


「使ってみるかっ」


タカヒコは横笛を魔槍形態に変化させ、力を解放した。穂先の周囲の空間が歪みだす。力をゴッソリと魔槍に吸われた。


「ぐっ、契約無しだとやっぱキツい・・」


メガアッシドブレスが放たれた。タカヒコは古時計の魔槍の力で『加速』し、これを回避して、その超高速のまま間合いを詰め、渾身の一撃を人と水棲生物のごとき竜の腹部に打ち込んだ。


「ゴブゥッッ?!!!」


傷口と周囲の空間がねじ曲がり、1拍置いて背まで『裂け目』が突き抜けた。


「バァアアアァァーーーッ!!!!」


苦しみ、暴れ出して叫ぶ人と水棲生物のごとき竜。槍に力を吸われて攻め切れないタカヒコは転がるようにして再び距離を取った。

竜は伸ばした尾で貝魔獣の水槽と怪魚人の水槽を叩き割り、中の魔物達を解放した。

水槽溶液の奔流と共に目覚めた2種の魔物はすぐに古時計の槍に乗って浮き上がったタカヒコの存在を認め、にじり寄り始めた。


「こりゃマズいな。ガス管探したい気分だっ!」


タカヒコが若干の冷や汗をかいたその時、


「ん?」


室内の床に拡がった水槽溶液の上を滑るように凍気が拡がり、そこから紫色の『毒水雪だるま怪人』が無数に出現した。


「んしゃああーーーっっ!!!!」


雄叫びを上げる毒水雪だるま怪人達。戸惑う魔物達。毒水雪だるま怪人はその隙を逃さず、貝魔獣群と怪魚人群に襲い掛かった。

キック、パンチ、チョップ、ラリアット、頭突き、ヒップアタック。やりたい放題攻撃を仕掛ける毒水雪だるま怪人達。反撃されてもまるで構わず、致命打を受けると自爆して凍気を撒き散らして相手を道連れにした。

毒水雪だるま怪人は竜にも集りだしていた。


「ハァーハッハッハッ!!! こんな水っぽい場所で『氷使い』に遭遇するなんてっ! 持ってない方ですねぇっ?!! そりゃあ倒産するでしょうよぉっ?! アーハッハッハッ!!!」


いつの間にか割れた水槽の縁の上に立っていたゴーグルとマスクを突けたヴァルシャーベ。粉雪の魔槍が白く輝いていた。


「ヴァル公っ!!」


「ヴァルシャーベですっ! 今、ピンチでしたよね?! 先輩もそろそろ私の実力を認め」


「よくやったっ! 状況のキープっ、よろしくっ!!」


槍に乗るタカヒコは自分に集った毒水雪だるま怪人を全て打ち払った竜に迫った。

伸びる尾の攻撃が来たが、予備動作を覚えていたタカヒコは飛行する槍の穂先をそれに合わせて削るようにして受けた。


ガリガリガリガリッッッ!!!!


削られた尾は傷口の空間が歪められ、1拍置いて引き裂かれて破壊された。


「よしっ」


削った後、竜の側面に抜けていたタカヒコは、迎撃手段の減った人と水棲生物のごとき竜に対して攻勢を掛けようとしたが、


「ゴバァアアァァァーーーーッ!!!!」


竜はデタラメに両腕を振り回し、周囲も魔物も雪だるま達も区別なく八つ裂きにしながら突進してきた。

業火の魔槍装備なら強引に割り込んで仕止めることも可能そうだったが、不慣れな古時計の魔槍ではリスキーだった。

タカヒコは引き付けた上で横へ高速で飛行して回避した。

勢いは止まらず、竜はそのまま暴れながら突進したが、避けられたことに気付いて無理に振り返ろうとして自分の脚に躓いて転倒し、しかし剛腕の鉤爪は床を打ち抜いた。


「っ?!」


打ち抜かれた点から床が崩落し、大穴が空き、人と水棲生物のごとき竜は周囲の眷属と雪だるま達と共に落下していった。


「素人の人間ベースだと予測がつかないな」


「先輩っ!」


「大丈夫だ。ちょっと行ってくるっ!」


タカヒコは鞘から業火の槍の笛を抜き、軽く奏でて鬼火を1つ灯し、それを先導させて床の大穴へと入っていった。



槍に乗ったまま穴から地下空間に入った途端、地下からメガアッシドブレスを撃たれたが、予期していたタカヒコはそれを問題無く躱した。


「ま、そうくるよなっ」


地下には電灯は無かった。ガス溜まりを警戒したが、先行させた鬼火は反応しない。

地下空間は試験水槽が配置されていたようだが、現在は固まった泥のような物が詰まっているだけだった。

見れば壁側の大型換気扇は幾つか生きていて、この為にガス溜まり化していないようだった。

人と水棲生物のごとき竜は瓦礫の中でぎこちない動きをしていた。

一緒に落ちた魔物の内、柔らかい貝魔獣は潰れて全滅し、怪魚人達はダメージを受けた上に、衝撃で雪だるま型を保てなくなったヴァルシャーベの雪の怪人達に襲われ、成す術無く狩られていた。


「能力の見た目を可愛くしているのはグロいからだったんだな・・」


少なからず引きつつ、地下空間の床近くまで降りてきたタカヒコ。

竜は息が荒く、最初のブレス以降はこちらを睨むばかりだった。竜の生命力からすればまだ『軽傷』と言ってもいいくらいだが、どうも生半可に人としての『痛覚』が残っているらしい。


「半端だよ、あんた。『敵』として」


「黙れっ!」


人と水棲生物のごとき竜はブレスを吐いたが、メガアッシドブレスではなく、か細い高圧毒水のブレスだった。眷属の怪魚人と変わらない攻撃。

タカヒコは容易く躱し、これ以上は惨いばかりだ、と、とどめに入ろうとしたが、


ドゥルンッッッ!!!!


タカヒコの周りの全てを粘着質な闇が覆った。


「っ?! 鬼火も締め出されたかっ」


古時計の魔槍に乗ったまま、業火の魔槍の横笛を構えるタカヒコ。集中する。


「・・クッフフフッ。魔槍師タカヒコよ、いい気になっているようだが、全ては私の」


「そこかっ!」


気配を突き止め、闇の一点目掛けて一瞬で槍形態に変えた業火の魔槍を投げ付けるタカヒコ。槍は狙い違えず闇に紛れていた朽ちたローブを着ていた者を貫き焼き滅ぼした。


「ぐわぁあああーーーっ?!!! ・・ってオカシイだろっ?!」


「何っ?」


確かに相手は倒したはずだが、気配も辺りを包む闇も、消えなかった。


「普通こういう、『フィクサー的なヤツ』が現れたらちょっとは話を聞く物だろっ?!」


「?? そう、なのか?」


フィクサー的なヤツなる者等知らないタカヒコ。


「くそぉ・・ダメだっ、こういう素の反応をする仕事人タイプのヤツはイジり甲斐が無い。貴重な28の分体の1つを無駄にしたっ! ぐぬぬっ」


何やら憤慨している闇の気配。

タカヒコは闇の中から業火の魔槍を引き寄せ、回収した。取り敢えず相手は『不死』ではないようではあった。


「・・まぁ、いい。今回はほんの小手調べだ。また遭おう、魔槍師タカ」


「そこかっ!」


さらに気配を察したタカヒコは闇の別の一点に槍を投げ、紛れていた朽ちたローブの着ていた者を撃ち抜き、焼き滅ぼした。


「ぐわぁああーーーっ?!! 貴重な27番目の分体がぁああっ?!! っていい加減にしろお前っ! 今、帰るところだったろっ?!」


変わらず分体を倒しても気配も闇も消えない。


「敵だろお前? フィクサーなんだろ?」


業火の魔槍をまた手元に引き寄せて回収するタカヒコ。


「くっ、シレっとしているが、とんだ狂犬だっ。大人しく帰ってやろうと思ったが、置き土産していってやるっ。バーカっ、バーカっ! なんかこう、チ〇コの病気になって、残念なことになれっ!! バーカっ!!」


捨て台詞を吐いて気配は去り、闇も晴れたが、即座に地下空間の床に2つの魔法陣が出現し、1体ずつ骨のような竜が出現した。


「ゲァアアーーーッ!!!」


耳障りな咆哮を上げる2体の骨の竜。人と水棲生物のごとき竜の方は、怪魚人を全て倒した不定形化した毒水雪の怪人達に襲われ足掻いていた。


「面倒なっ! なんだアイツっ?? 竜使いか?!」


大いに戸惑ったが、状況の把握に努めるタカヒコ。

鬼火はまだ生きており灯りはある。骨の竜2体は騎士級低度だが、シンプルに戦闘特化した個体に見える。

闇に包まれていた間にそれ以外の状況はむしろ好転していた。

が、本来のターゲットであるあの人と水棲生物のごとき男爵級竜の始末をヴァルシャーベの怪人達に任せると、無用に苦しませて倒すことになる。

去った風とはいえ、竜使いと推定される者の介入で推移が不確定になった分、手早く片した方が良さそうにも思えた。


「一気にいくかっ!」


骨の竜2体が肋骨を高速で伸ばす攻撃を放ってきたのを真上に上昇して躱し、槍から飛び降りながらその槍の柄を掴み、古時計の魔槍の穂先に力を込めた。

穂先の周囲の空間が激しく歪む。


「いけっ!」


下方から、今度は対空仕様で肋骨を伸ばそうとした骨の竜に対して、古時計の魔槍を振るうタカヒコ。

骨の竜達の胸から下の身体のみ、時間が『減速』し動作がゆっくりとなった。


「っ???!!」


困惑する骨の竜達。だが、そうしていたその次の瞬間には古時計の魔槍に乗ったタカヒコが飛び抜けてゆき、そのコアのある骨の胸部を緑色の業火で撃ち抜かれていた。

タカヒコは古時計の魔槍に乗った上で業火の魔槍を振るっていた。


「ゲァアァ・・・」


骨の竜2体は焼き滅びていった。


「2本同時はキツいっ」


タカヒコは業火の魔槍を笛形態に変えて鞘にしまった。


「ア、ガガガガ・・ガ・・・ッッ」


人と水棲生物のごとき竜は身体に張り付いた毒水雪の怪人達の7割に自爆され、ほぼ全身を氷漬けにされ、ジワジワと、とどめを刺されそうになっていた。


「・・男爵級になると意外としぶとくてな。そのままだとそこから死ぬまでは、永いぜ?」


タカヒコは古時計の魔槍を構えた。


「じゃあな」


タカヒコは時間加速で高速化突進し、超加速の2連突きで竜としてコアと、人としてのコアを撃ち抜き、人と水棲生物のごとき竜の『時』を奪い、老い衰え果てさせて滅ぼした。

タカヒコはマスク越しに大きく息を吐き、敵失となって不満気な雪の怪人達に囲まれながら、古時計の槍を杖代わりに暫く項垂れていたが、


「・・・もう一仕事か」


と呟き、槍に乗ってメインプラント跡のホールに戻った。


「お、せんぱーい。意外と時間掛かりましたねっ?」


ホールの魔物は全て倒されていた。完勝した雪だるま怪人達が、『ヴァルシャーベを讃える勝利のダンス』を踊っていた。


「あ~、詳しくは後で話す」


「というか、私を置いて抜け駆けしようとしましたよね?」


「それも後で話そうっ!」


タカヒコは中央の4本の円柱水槽に注目した。竜が死に、家族達も朽ちようとした。生命の気配はあるが、未だ意識が無い様子なのがせめても慰みであった。

タカヒコは古時計の魔槍を笛に変えてしまい、業火の魔槍を取り出し、構えた。


「たぶん、操作盤のスィッチ切ったらすぐ死にますよ?」


「そうもいかんだろ? ヴァル公」


タカヒコは眠る家族達に業火の魔槍を振るった。



槍に乗り、高度を上げ、パープルシー付近のガス層から離れると、タカヒコとヴァルシャーベはマスクとゴーグルを取った。

タカヒコは両方とも腰の後ろベルトに掛けてしまったが、ヴァルシャーベはゴーグルのみベルトに掛け、マスクは宙に捨ててしまった。


「あ、もったいない。マスクは次のシェルターで売れるぞ?」


「自分が使ったマスクを他の人が使うなんて無理ですっ!」


「ヴァル公は潔癖だなぁ」


「普通ですっ! というか、近場のシェルターに寄りましょうっ。せっかく袖を直したのにっ。ガス層抜けるまでに汚れましたっ。チクチクします!」


「まぁ洗濯も嫌いじゃないからいいけどさ」


言われてみれば風呂に入って洗濯したい気は確かにした。


「『真鋼の籠手』も強化しようと思ったのにっ、パープルシーに職人がいなかったですしっ! 仕切り直しですっ」


「真鋼を加工できる工房はそんなどこにでもないよ?」


「とにかくっ! 色々仕切り直しますよっ? 竜使いも絡んできたんでしょう?!」


「まぁ、なぁ」


随分ふざけた者だったが、使っている能力は相当異常な物だった。


「竜は結局『超凶暴な害獣』ですが竜使いには『作為』がありますっ! 我々は『先輩と後輩』『保護者と被保護者』の関係でしたが」


自分でも『被保護者』と思っていたのか、と地味に衝撃を受けるタカヒコ。


「正式に『バディ』としてチームワークを高める必要がありますっ!」


「・・リスクが高まったことに違いはないが」


「今回のような抜け駆け、ゴマメ、ミソッカス、一人の方が気楽だぜヤッホーっ! ・・みたいなことは今後困りますっ!!」


「ヤッホー、とまでは思ってなかったぜ?」


正直そこまで関心が無かったタカヒコ。


「そこはどちらでもいいんですっ!」


「わかったよ、ヴァル公」


「それっ! その呼び方っ。皆、そう呼んできますし、同期くらいの子達や、なんなら『アレ? この子、後輩だよね??』みたいな子もヴァル公呼ばわりしてくるんで、すんごいストレスですっ!!」


「それさ」


「なんですか?」


目が据わっているヴァルシャーベ。


「皆、そう呼ぶからお前の正式名称が『ヴァル公』と認識されてるんじゃないか?」


「なっ?!」


驚愕するヴァルシャーベ。


「・・・想定を越える前提ですね。いいでしょう。1つの可能性として留意しておきましょう」


「おう」


「しかしですねっ、タカヒコ先輩っ! 私の名前はヴァルシャーベなのですっ?!」


「名前長くて呼び難いんだよ」


「・・わかりました。ではこうしましょう。私は魔槍師になる前、親族や友人達から『ヴァッシャ』と呼ばれていました。それでお願いしますっ!」


「あ~、わかった。別にいいよ」


「っ! そうですかっ?!」


表情を輝かせるヴァルシャーベ。しかし、


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


沈黙のまま飛行を続ける2人。


「ちょーいっ!!!」


「えっ?」


「え、じゃないですよ?! 今の流れなら一回新しい呼び方で私の名前を呼んでみて、私が『そんなっ、急に距離近いじゃんっ?! キュンキュンっ!!』みたいになるはずでしょ?!」


「お前、あの竜使いと似た思考だな」


「一切嬉しくない被りっ!! いいからっ、愛称で呼んで下さいよっ?!」


「『愛称』と強調されると抵抗感あるな」


「『抵抗感ある』って本人に直に言わないで下さいっ!」


「・・・」


「・・・」


謎の探り合いの気配が漂ったが、タカヒコが折れ、溜め息を吐いた。


「わかった。ヴァッシャ、な」


「・・・わかればいいんですけど?」


「お? なんか腹立つなっ」


「ふふふっ、ヴァッシャですよ? ヴァッシャ! 理解して下さい、タカヒコ先輩!!」


ヴァルシャーベは調子に乗って粉雪を撒きながらタカヒコの周囲を旋回して飛び始めた。


「腑に落ちないっ!」


納得がいかないタカヒコだったが、2人は西を目指す前に、まずは手近なシェルターを目指していった。

水の希少性もあり、水辺のシェルターではプラントの増設バブルが発生し易い傾向があり、専門の詐欺師も存在します。今回の騒動も切っ掛けを作った銀行担当者は銀行と闇金からキックバック金をせしめると即、別のシェルターに遁走し、竜の被害を免れ逃げ切っています。

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