イーストブロウ
シェルター『イーストブロウ』のエピソードです。
早朝の、変異したバオバブの樹がまばらに生えた荒野を、粗末な装甲を施したオフロードトラックが爆走していた。
車体前部に取り付けられた電気式の魔除けは破損してバチバチと放電している。
後方から乾燥帯種の『地蜘蛛』の群れが迫っていた。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいっ!!!」
大汗をかいてトラックを運転している。長身で日焼けした、体格のしっかりした若い娘だった。
貨物を満載した全速のトラックよりも、最大加速状態の地蜘蛛の方がやや速い。距離は徐々に詰まりだしていた。
「コレ1回でっ、配達一回分の利益飛ぶんだかんねっ?!」
娘が運転席の非常レバーを引くと、トラック後部下部のハッチが開き、榴弾が2発射出された。
単純な直射で、推進力も弱かったが相手は猛スピードで迫っていた為に先頭集団の個体に命中し、一気に爆発炎上した。軍用流出品の燃焼爆弾であった。
仕止めたのは3割程度だったが、吹っ飛ばされた個体や突進を止められた個体が後続の個体群と激突し、飛びっ散った燃焼剤や燃える遺骸の1部が次々と地蜘蛛達を焼き、追跡の勢いを大きく削ぐことに成功した。
「ざまぁみろぉっ!! このマリカ様にタダ働きさせた報いを・・どぅああっ?!」
前方の地中から地蜘蛛が4体出現し、車体側面に向けて飛び付いてきた。
2体は車体に激突して弾かれていったが、残る2体は側面に張り付いた。激突の衝撃に揺さぶられ、地蜘蛛の重量に一気に重くなるトラック。激突で助手席側の窓ガラスも割られた。
車体前方に比重も偏り、悪路に前輪がガリガリと削られだす。
さらに地蜘蛛達は尻から糸を出して車輪を絡め取りに掛かった。回転が鈍くなり、ハンドルが利かなくなり始める。
「ああ・・終わった。コレ完全に終わったわ。シェルター出る前に残してた合成チョコレート全部食べて、私のこと好きっぽい男全員に告白しときゃよかった・・。確かコイツら獲物に生きたまま卵産み付けるんだったよね・・。拳銃、弾、1発は入ってたっけ?」
マリカという名らしい女は、青ざめた顔で、助手席の足元に置いていた連射できるマシンボウガンではなく、助手席に置いたウェストポーチに入っているはずの拳銃を取る為に震える左手をハンドルから離して伸ばした。と、
ゴォオオオォォッッ!!!!
緑色の炎が車外を覆った。
「熱っ?!」
マリカも熱かったが、外の地蜘蛛はそんな物では済まず、消し炭となってその糸諸とも剥がされていった。
後方からしつこく追ってきていた生き残りや、先程トラックに弾かれた地蜘蛛達も上空から降ってきた豪雨のような緑色の炎に焼かれて一瞬で壊滅していた。
「他の魔物っ?! テリトリーを犯した、とか??」
ヒビ割れたミラー越しに確認したマリカは混乱したが、緑色の炎は不思議とトラック本体はさほど焦がしていないらしく、糸と地蜘蛛が消えた分、車体もハンドルも軽くなり、前傾比重も改善された。
「何か知らないけどっ!!」
全力でアクセルを踏み直すマリカ。トラックは勢いを増したが、パパンっ!! と派手な音を立てて負荷が重なった前輪タイヤが両方パンクした。
「嘘ぉーっ?!」
再びハンドルを取られ、とても進めなくなり、慌てて急ブレーキを掛けてトラックを止めるマリカ。
「・・ハァハァ・・・やるしか、ないか」
震えて俯いていたが、マリカはハンドルから顔を上げた。
肩掛けベルト式のホルスターの背中にマシンボウガンを差し、両手でかなり大きな並みのトラック用修理キット箱を持ったマリカは運転席から車外に出てきた。
キット箱を地面に置き、ドアを閉め、ホルスターからマシンボウガンを抜くマリカ。まずは運転席側と後方を確認する。
後方には緑色の炎に燃え尽きようとしている地蜘蛛達が見えた。
続いて車体前方と助手席側を確認する。異変は特に見当たらなかった。
周囲には荒野とバオバブと、樹に集るモヒカン毛を持つ芋虫のような無害な弱小魔物ケムシーノが数匹いるだけだった。
「・・去った? まぁ、いいか。こんなことできるヤツに、私じゃどうしようもない」
マリカは自嘲気味に笑い、マシンボウガンを背中のホルスターにしまい、キット箱の方に戻った。
懐中電灯を取り出して、トラックの足回りの確認を行った。
「・・・タイヤを交換して、調整して、予備の電気式魔除けを取り付ければギリ、シェルターまで持つ、かな?」
「それ、どれくらいかかるな?」
「っ!」
マリカは懐中電灯を放って、飛び退き、マシンボウガンを抜いて振り向き様に連射した。
「確認した方がいい」
射たれた男は面倒臭そうに言いながら全ての矢を片手を高速で振るって掴み取った。
「なんだぁああっ?! お前ぇええーーーっ?!!!」
絶叫するマリカ。矢を取った男は、草臥れた旅装束を着ており、しゃがんだまま浮遊する槍の柄に乗っていた。
槍は穂先に鞘は無く、亡者と炎をモチーフとした装飾が施されていた。
「俺はタカヒコ。魔槍師なんだけどさ」
「まっ」
「ま?」
「魔槍師だぁああぁーーーっ!!!!」
仰け反るマリカ。
「いやだから今、そう言ったろ? あんた反応激しいな」
まじまじとタカヒコと名乗った男と、男の乗る浮遊する槍を見るマリカ。
「おっ、おおお・・」
「まぁ、珍しいんだろうけどさ」
居心地悪そうなタカヒコ。
「魔槍師が、喋ってる・・」
「あんた魔槍師をなんだと思ってんだ?? それより、トラックの修理どれくらい掛かる? 時間が掛かるなら障壁張ってやるよ。ちょっと離れた位置には雑魚がまだいそうだ」
「タカヒコ、が地蜘蛛を倒してくれたの?」
「ああ、一応。コレで」
タカヒコはしゃがんで乗っている槍の穂先に緑色の炎を灯してみせた。
「俺の魔槍は『業火』の力があるんだよ。まぁ燃費が凄い悪くて疲れるから、正直ハズれ引いた感あんだけどさ・・」
憂鬱そうに緑色の炎を見下ろすタカヒコ。
「ありがとう!! あといきなりめ~ちゃっ射ってごめんっ」
一転、立ち上がって頭を下げるマリカ。
「いや、別に。それくらいじゃ当たっても死なないし、助けたら俺もトラック乗せてくれっかな、って思っただけだし」
「? その槍に乗った方が速くない? 飛べるんだよね?」
実際タカヒコは槍に乗って浮いていた。
「そうだけどさ、疲れるんだよ」
マリカはこの男はどうやら疲れることが全般的に嫌いらしい、と考えた。
「わかった。私のシェルターまででよかったら乗って。あ、私、名前はマリカ!」
「マリカな」
「修理は・・1時間くらい掛かるんで、障壁はお願い」
「よし、任せな」
タカヒコは槍から降りて持っている矢を束を置き、右手を軽く掲げた。槍はこれに反応し、緑色の炎と共に槍の姿から横笛の形態に変化してタカヒコの右手に収まった。
「おお~」
シンプルに感心するマリカ。タカヒコは横笛になった業火の槍で演奏を始めた。
物悲しげな曲が奏でられると周囲に緑色の炎が立ち上ぼり、それは半球形の魔除けの障壁を形造った。
タカヒコは演奏をやめた。
「凄いっ! 魔槍師ってホントに笛を吹くんだねっ」
「そりゃ吹くさ。魔槍師だからな」
当然、という顔でタカヒコは言った。
それから約2時間半後、2人は最低限度の修理や車内のガラス片等の掃除を済ませたトラックで、マリカの暮らすシェルターが見える所まで来ていた。
「あれが私のシェルター『イーストブロウ』!」
街はタカヒコが張った物より遥かに大きな半球形の障壁で覆われており、こうして障壁で覆われ護られた都市がシェルターと呼ばれる。
タカヒコは棒状糧食をモソモソと食べながらとエタノールプラスチックボトル入りの濾過水を飲んでいた。
「シェルターの規模のわりには立派な障壁だな」
「でしょ? 元は結構マッチョな軍事国家だったらしいよ、大昔は」
「障壁の維持が大変だろう」
「ああ、それはね。昔より出力落としてるらしいけど、たま~に不具合もある。設備も劣化してるし」
タカヒコの表情が変わった。
「どの程度の不具合? いつの話だい?」
道中殆んど居眠りをして、話しても上の空気味だったタカヒコが関心を示してきたことを意外に感じるマリカ。
「ここ10年の間だと、30分くらい障壁が完全に切れちゃったことがあった。幸い何事もなかったけど。2年くらい前だったかな? 細かいトラブルならしょっちゅうあるけどね」
「その2年の間、街に異変は?」
「いやぁ・・貧乏で物資も足りないけど、そうだねぇ・・強いて言うと、失踪する人がちょっと増えた気はする。元々ちょいちょいあるから、気のせいかもしれないけれど」
「どの程度、増えた気がした?」
タカヒコは真顔だった。マリカは、気が抜けてなければそこそこイケメンだな、と思いつつなるべく正確に思い出そうとした。
「・・最初の1年目はなんか2人くらい、いつもより多いかな? って感じで、その後の1年は4人かな?」
「具体的に数えられるということは、印象が強い理由があったのか?」
「ええっ? どうかな? あの~・・いなくなった人達が普通は失踪したりしないような、しっかりした大人だったから」
「それ以外に、いなくなった者達の共通項は?」
「共通項?? どうだろ?」
マリカはシェルター警備局の捜査員に尋問されているような気がしてきた。
「うーん・・気のせいかもしれないよ?」
「構わない。言ってみてくれ」
「6人とも、旧聖堂に出入りが多い人だった」
「旧聖堂、か・・」
タカヒコはそれきり黙って、モソモソ食事をするばかりになった。
マリカは運転しながら、イケメンでもちょっと陰気だな、と残念に思ったりはした。
シェルターに着き、一旦タカヒコと別れたマリカはまず積み荷の売却やトラックのメンテの手続きを済ませた。
次に運送会社の寮で簡単にシャワーを浴びて化粧水で顔をはたき、香水を一吹きしてワンピース姿に着替えた。
仕事が仕事なので、マリカはプライベートではスカートしか穿かないことにしている。
それでもヒールの低い靴を履き、左右の腰のホルスターには拳銃と折り畳み警棒を差しているのは、この世界の平均的な治安のシェルターで暮らす住人としてはそう珍しいことではなかった。
中央市場で落ち合う約束になっていたのでキョロキョロと探し回っていると、タカヒコは市場のエタノール灯の上にしゃがんで乗って、市場の向こうに見える旧聖堂を見ていた。
街中に来ても全く普通にできないタカヒコに苦笑するマリカ。
「おーいっ、タカヒコっ! こっちの用事済んだからっ、案内するよ」
「ああ、そうか」
身軽にエタノール灯から飛び降りてきて、周囲の通行人をギョッとさせるタカヒコ。
「どうした? 風邪引きそうな格好しているな、マリカ?」
「殴るよ?」
「ふふっ」
軽く両手を上げて降参ポーズを取るタカヒコ。
「合成チョコレート持ってきたんだけど食べる? ここのプラントのヤツは美味しいよ? 賞味期限は知らないけど」
「もらおうか」
2人はマリカの取って置きの合成チョコレートを食べながら、市場を見て回った。
それなりに活気はあったものの、やはり物資は不足しているようだった。
「多少アレでも治安は安定しているようだが、人口に対して物が足りていないようだ」
「まぁね。西部のターミナルシェルターをヤバい『竜』に乗っ取られてるから、ここらも衰退する一方だよ」
物乞いや、ドラッグ中毒の異臭を放つ目付きの悪い者もチラホラいた。
「といっても、私が物心ついた時にはこんな感じだったから、イーストブロウにいい時代があった、なんてよくわかんないんだけど」
チョコレートを食べ終わった2人は売店で買ったエタノールプラスチックカップ入りの合成アイスコーヒーを飲んでいた。氷は入っていないが、それなりに冷たい。
「エタノールカップ入りの合成コーヒーが飲める内に、なんとかした方がよさそうだな」
「そりゃそうだけど・・え? ターミナルシェルターの竜をどうにかするつもりなの?!」
「その為に、東部からはるばる来たんだよ。俺は魔槍師だからさ」
「そう、なんだ・・」
マリカは複雑な顔をした。
「ヤバいでしょ?」
「『伯爵級』の竜らしいから、そうだな。ま、なんとかなるさ」
「・・・」
アイスコーヒーの残りは少なかった。
「まぁ、でも、・・今日はちょっと、ウチで休憩」
顔を赤らめてマリカが言い掛けたが、いつの間にか旧聖堂前通りまで来ていた。今は旧聖堂は閉鎖されており、人気はなかった。
「あ・・」
マリカが驚いている内に、タカヒコは空になったカップを『良い夢をっ!』とロゴの羊のキャラクターのゴミ箱に捨てた。
「聖堂なのに昼間、閉鎖してるんだな」
「平日は何かない限り夕のミサの時以外は閉めてるんだよ。司祭様が2年くらい前から体調が・・っ!」
思い至って冷や汗をかくマリカ。
「この建物の地下に墓所か何かないか? 規模のかなり大きな」
「墓所、っというか大昔の防空壕がたぶんある。塞がれてるけど。趣味で調査してる人達はいた」
「失踪者かい?」
「全員じゃないけど、崩落事故対策している土木局の人達なんかもいた」
「そうか、切り離した方がよさそうだな・・」
タカヒコは取り出した業火の槍の横笛を緑色の炎を纏わせながら数回回転させた。
「マリカ、この聖堂に竜が巣食っている。司祭の『皮』を被っているんだろう」
「ホントにっ?!」
「警備局に知らせて、周辺の人々を避難させてくれ。大した相手じゃないが、地の利が向こうにある。頼んだぜ? マリカ」
「・・うん」
タカヒコはわずかに緑色の炎を灯した横笛を手に、閉鎖された旧聖堂に歩きだした。
「タカヒコっ! 魔槍師でもなんだってっ、命は1つだからさっ!! 気を付けなよっ?!」
「わかった。ありがとう」
タカヒコが笑って一度振り返るのを確認すると、マリカは来た道を逆に全速で走りだした。
「さてと」
タカヒコは炎を振り払い、横笛を吹いた。物悲しくも厳しさのある曲調の音が響き、タカヒコを含む旧聖堂の周囲を取り囲む形で緑色の炎の円陣が起こり、そこから半球形の障壁が発生し、建物を包み込んだ。
「・・やるか」
吹き終わった横笛を緑色の炎と共に業火の槍に変化させ、閉められた旧聖堂の門を飛び越えていった。
敷地に入ると身体を異様に折り曲げ前身の血管を浮き上がらせ、体液を垂れ流した2人の助祭が現れ、その皮と衣服を弾き飛ばして合わせて6体の乾燥帯種の『鰐人』が正体を表した。
それぞれ斧で武装している。
「こうなると露骨だな」
「ザァアアァァーーッ!!!」
鰐人が吠え、斧を構えて襲い掛かってきた。
タカヒコは穂先に緑色の炎を灯した槍を使い、踊るような身のこなしで無毛犬人6体の間を掛け抜け、全員に一太刀ずつ浴びせた。
「っ?!」
傷口が燃え上がり、鰐人達は斧のみ残し、一瞬で緑色の炎に焼き尽くされた。
「よし。久し振りにチョコ食べたからなんか調子いい」
タカヒコは軽く言って内部に突入していった。
・・内陣の間は旧聖堂の奥にあり、徐々に争いの音が近付く中、教書を持った司祭は祭壇で、翼を持つ女神像を見上げていた。
像は横笛を吹きながら落涙しているが、表情は刃物のように冷たい。額の第3の瞳は一滴も涙を溢していなかった。
司祭は皮肉げに口の端を歪めた。その時、内陣の間の扉が緑色の炎と共に突き破られた。鰐人を初めとした魔物達の残骸が中に転がったが、それらはすぐに燃え尽きた。
タカヒコは緑色の炎を灯した槍を担いで部屋に入ってきた。
司祭は振り返り、教書を掲げた。
「人の信仰とは滑稽だ。神等とうの昔にバラバラになって、ほれ、そこに一部があるような有り様なのに。馬鹿馬鹿しいではないか?」
教書でタカヒコの担ぐ業火の槍を差す司祭。
「それなら正に、今ここに『神』がいる。ってことじゃないか? よっ! とっ」
槍を振るって緑色の炎を放つタカヒコ。司祭の衣服と教書が燃え上がる。
「教書を焼くとはぁああーーっ?!! バチ当たりなヤツだなぁあっ!!! ハハハハァッッ!!!!」
司祭は笑いながら、緑色の炎の中で本性を露とした。身体が膨張し、床を踏み割り、神像と祭壇を打ち壊し、肥え太った鰐のごとき竜の姿と成った。
「ダイエットを勧めるぜ?!」
タカヒコが飛び込むのと鰐のごとき竜が右腕を打ち下ろすのは同時だった。
打ち下ろしは避けられ、鰐のごときは顔と右目をタカヒコに斬り付けられ傷口を焼かれたが、その一撃は床を崩落させた。
地下へと落ちてゆくタカヒコと鰐のごとき竜。
地下にはかなり古い時代の無数の白骨死体が山積みとなっていた。
「大昔、ここで内戦があってなっ!! 勝ってこのシェルターを占領したヤツらがっ、教会の防空壕に逃げ込んだ者達をどうしたと思う?!」
鰐のごとき竜は鉤爪と尾でタカヒコに襲い掛かりながら喚いた。
「見た通りだろ?」
タカヒコは避け、打ち払いながら反撃を繰り返していた。業火の槍で斬られ、刺された傷は燃え上がり、その炎は消えなかった。
「ハハッ!! その通りっ! ヤツら、出口を全部塞ぎやがったのさっ。御丁寧に空気穴だけ残してなっ!! その所業をした者達の子孫が今のイーストブロウの住人どもだっ!!!」
「歴史は汚点の繰り返しさ。というか、よく喋るな、説法が癖になったか?」
タカヒコは鰐のごとき竜の攻撃を柄で受け流し、反動で鋭い突きを放って鰐のごとき竜の左腕を吹き飛ばした。
「痛ぇええーーッッ!!! ハハハハッ!!!」
吹き飛んだ左腕の付け根を激しく緑色の炎で焼かれながらも飛び退いて笑う鰐のごとき竜。
「なんてなぁっ!!」
鰐のごとき竜は背から数十本の管のような器官を出し、それを周囲の骨の山に深々と突き刺して『何か』をドクドクと吸い上げだした。
見る間に全身の傷の炎が消え、傷その物が塞がり、失った左腕も生えた。
「はぁああ~~利くぅううぅ~~。敗残者どもの恨みがぁああっ!! 私はここで力を蓄えるぞっ?! 魔槍師ぃっ!! ひっそりやってたがっ、もう台無しだっ! ドカンっ! とやってやるっ。ドカンっ!!! だっ!!」
全身に力を漲らせ、身体中から突起を露出させ管を骨を山から抜き、鰐のごとき竜は猛烈な勢いでタカヒコに突進してきた。
緑色の炎で小さな爆発を起こし、その勢いで回避するタカヒコ。鰐のごとき竜は骨の山を粉砕しながら通り過ぎていった。
「切り離したかったが・・コイツ『重い』」
タカヒコは燃える業火の槍を旋回させ、炎の勢いを際限無く高めていった。
「あっ?」
骨の山から顔を上げて、戸惑う鰐のごとき竜。
「業火で申し訳ないが、火葬させてもらう」
「お前っ?!! やめっ」
放たれた業火は防空壕の全ての骨の山を飲み込んだ。
ゴォオオオオォォォーーーーッ!!!!
旧聖堂の屋根から業火が吹き出し、その緑色の炎と共にタカヒコと、背に数十本の管に加えて翼も生やした鰐のごとき竜も飛び出してきた。
互いに業火で炎上する旧聖堂の別々の尖塔の上に降り立つタカヒコと鰐のごとき竜。
「やりやがったなっ?! 魔槍師ぃっ!! らぁああっ!!!」
背中の管をタカヒコにけしかける鰐のごとき竜。
タカヒコは業火で燃える槍でそれらを斬り払いながら、燃え残る屋根の足場を駆け抜け、鰐のごとき竜に迫った。
「あと少しで『男爵級』竜に『進化』できたというのにっ!!!」
管を全て焼き斬られ、翼を拡げ中空を突進して鉤爪で襲い掛かる鰐のごとき竜。それを躱し、擦れ違い様に竜の両足と尾を切断するタカヒコ。
「がぁああぁーーーっ?!! お前ぇええーーっ!!!」
切断した傷口を焼かれ空中でもがき苦しむ鰐のごとき竜。
「竜が出世してもロクなことにならないぞ?」
「黙れぇっ!!!」
口から火球を放つ鰐のごとき竜。タカヒコはそれを穂先で受け、槍を1回転させて炎を巻き取り、業火の勢いを激しく増させた。
「おおっ???」
唖然とする鰐のごとき竜。
「『火』じゃ無理だな」
タカヒコは槍を振るい、強化された業火で鰐のごとき竜を薙ぎ払った。
「熱っっっっ?!!!!」
全身を焼かれ、焼け爛れた鰐のごとき竜は燃え残った翼を羽ばたかせ、屋根のタカヒコに背を向けて旧聖堂を覆う半球状の障壁へと向かいだした。
「っ!」
タカヒコも槍の柄に乗って追いだす。
鰐のごとき竜は渾身の右腕の一撃で障壁に穴を空けた。
竜の右腕も消し飛んだが、構わず空いた穴から飛び出す鰐のごとき竜。しかし、
「?!」
下方からの銃弾の乱打が鰐のごとき竜を襲った。
旧聖堂近くの3棟の5階建て程度のビルの屋上に、それぞれロケットランチャーやライフルで武装した警備局の者達が待ち構え、まずライフル隊が射撃していた。
内、1棟の部隊の中にはワンピースのまま警備局のヘルメットを被り、防護ベストを着たマリカもランチャーを構えている。
支え切れない前提で、ビルの守衛らしい初老の男性が冷や汗をかきながらマリカの腰を支えていた。
「撃てぇっ!!!」
旧聖堂区の警備局分隊長の号令で一斉に各隊のロケットランチャーが放たれた。マリカも守衛の男性に支えられながらロケット弾を放った。
「あばぶぅぶぅぶぶぶッッ??!!!!」
まともに喰らい、さらに上空へ吹っ飛ばされる鰐のごとき竜。
吹き飛ばされた先に業火に燃える槍に乗ったタカヒコがいた。
「非道な者達の子孫かもしれないが、逞しいな。お前も2年は見てきたんだろう?」
「・・度し難い」
タカヒコは業火の爆発で加速し、炎の穂先で鰐のごとき竜の胴に大穴を空けて打ち抜き、焼き滅ぼした。
「許してやれ、とは言えないか」
タカヒコは呟いて槍の柄に乗り直し、屋上で手を振る警備局員達とマリカの元へ降りていった。
夕暮れのイーストブロウシェルターの障壁の外まで、マリカは自前のオフロード三輪原付でただ一人見送りに来ていた。
ゴーグル付きのヘルメットを抱え、煤だらけになった顔とワンピースで目を閉じる。
その前に立つタカヒコは、横笛にした業火の槍を口に当て物悲しいが柔らかい曲を長過ぎない程度に演奏した。
吹き終わり、やや照れ臭そうな顔でタカヒコが笛から口を離すと、目を開けたマリカは微笑んだ。
「魔法みたいなことを起こさずにも吹けるんだね」
「一応、『笛』だから。純粋に演奏する音楽家には叶わないけどさ」
タカヒコは横笛を業火と共に槍に戻して浮かせ、身軽に飛び乗った。
「聖堂は焼けちゃったけど、ターミナルシェルターが元に戻ったら、もっと西の人達と交易できるようになってイーストブロウ・・ううん、西部全体もっと栄えるかな?」
タカヒコは少し複雑な表情をした。
「この辺りのシェルターが栄えたら、今のようなシンプルな暮らしはもうできないかもしれないぞ?」
「あー、そっかぁ。・・でもこの辺りのフードプラントもエタノールプラントも障壁装置も、他のいろんな設備も、どんどん劣化してる。足りない物も増えて、仕事も足りない。私の代はギリ持つかもしれないけれど、このままだと次の代はもうダメだと思う」
マリカはヘルメットに貼られた旧聖堂近くのゴミ箱と同じ『良い夢を!』というロゴの羊のキャラクターのステッカーを見詰めた。
「何もしないでゆっくり取り返しがつかなくなってゆくくらいなら、私はリスクがあっても、生きてゆけそうな明日がいいよ」
顔を上げたマリカを、タカヒコは少しの間見詰めた。
「そうか。なら、俺も頑張らないとな」
タカヒコは業火の槍の穂先に緑色の炎を灯し、徐々に上昇し始めた。
「じゃあなっ、マリカっ!」
「うん・・・さよならっ! タカヒコっ」
手を振るマリカに軽く手を上げて応え、タカヒコは炎の帯を引いて飛び去っていった。
夕日の中、西へとタカヒコは飛行を続けていた。暫くすると、穂先から粉雪を散らして飛行する魔槍に乗った人物がタカヒコに近付いてきた。
「お~いっ! タカヒコせんぱーいっ!!」
白を基調としたダボっと緩い旅装束を着た10代後半くらいの娘で、粉雪と小妖精の装飾が施された魔槍に乗っていた。
「なんだ、ヴァル公か」
「その呼び方やめて下さいっ! ヴァルシャーベですっ!!」
タカヒコは懐から棒状糧食を1本取り、ヴァルシャーベの方に差し出した。
「糧食1つやるからどっかいけよ」
「人を犬っころみたいに言わないで下さいっ!!」
「どうせパーティー組んでた外の魔槍師に切られたけどソロじゃおっかないから絡んできてんだろ? 俺は知らないぜ?」
差し出した糧食を自分で噛りだすタカヒコ。
「いーじゃないですかぁっ?! ソロで弱い竜ばっかり狩ってると私の槍、機嫌悪くなって不安定化するんですよぉ?」
「お前の『粉雪』の魔槍、お前を選んだワリにやたら好戦的だよな・・」
ヴァルシャーベが乗る槍の装飾の小妖精はよく見るとふてぶてしい面構えであった。
「パーティー組みましょうよぉ? タカヒコせんぱーいっ!」
「この辺りなら今、アマガミが来てるだろ? 同じ『凍結系』で同性だ。そっちいけよ」
「アマガミさん超怖いじゃないですかぁっ?! 無理ですっ」
「・・・」
「・・・」
タカヒコは棒状糧食を食べ終え、食べカスを両手をはたいて払い、
「・・っ!」
突然槍の火力を上げて速度を増し、ヴァルシャーベを引き離しにかかった。
「ちょっ?! せんぱーいっ! なんッスかそれぇっ?!!」
慌てて自分も速度を増して後を追うヴァルシャーベ。
「なんらかのハラスメントですよこれはっ?!『後輩スルー』ハラスメントですっ!!」
「御守りはごめんだねっ!!」
タカヒコは雪を撒くヴァルシャーベに追われながら業火を纏って、西へと、加速していった。
甲殻類等からエタノールを生産する技術がある世界ですが、文明は徐々に後退していっています。化石燃料もエリアによっては活用されている感じです。