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第3話 魔族の暮らし

 赤土色の屋根と白色の壁が並ぶ街並みに、行き交う大勢の人々。

 優しく吹き抜ける風と共に商売人の呼び込みの声や若者の談笑する声、遊び駆け回る子供たちの笑い声が聞こえてくる。


 ほど近い場所にある海を一望できる高台に位置するこの街は、魔族と呼ばれる者達がその昔、人間に追われ辿り着いた地を自力で築き上げた場所だ。


 かつては心に傷を持っていた者達も、人間に対する遺恨を残しながらも平和に生活することが出来ている。

 そんな暖かい空気に包まれた街中を、グリッチは一人歩いていた。


「お、グリッチさんじゃねえか! この間は店の相談に乗ってくれてありがとよ。焼きたてのパンがあるからもらってくれ」


「おや、ありがとうございます。あなたのお店のパンは絶品ですから、追加でいくつか買えるでしょうか」


「おうよ、今包むから待っててくれ」


「あ、グリッチさーん! さっき仕入れてきたばっかりの果物があるんだけど、おひとついかが?」


「いいですね、一つ頂きましょう。それと同じものを五箱ほど城までお願いしてもいいでしょうか。厨房には伝えておきますので」


「毎度あり! 料金も向こうで貰うね」


「はい、よろしくお願いします」


 商店街の方まで歩いていくと、グリッチは次々に声をかけられていく。グリッチの積み上げてきた人徳のなせる技ではあるが、グリッチ自身は、実は気前のいいカモとして見られている可能性もあるのではないか、と変に危惧する必要のないことまで思考が回ってしまう。

 ある意味、グリッチという者のご愛嬌というやつだ。


「やはり自分の足で歩いて街の様子を見るのは良いものですね。街の人たちの表情が明るいのは平和な証拠だ」


 街を歩き、人々と言葉を交わしながらも、グリッチの頭の中にあるのは今朝の会議に出た勇者のこと、これから始まるであろう戦のことばかりである。

 グリッチは願わくば、という言葉を思わずにはいられない。


 そんなこんなで視察の意味も含む街歩きは、商店街を過ぎる頃には大量の荷物を抱えるグリッチが出来上がるというのが、もはや視察の度に恒例行事のようになってしまっていた。


「うーん、またもや断れずにこうなってしまいましたか。街の皆さんの負担になっていなければいいのですが……ある程度は自制していただけるようにお願いしてみましょうか」


 純粋な好意を無下にするのは人心掌握にあたってあまり良くないことですし、と頭の中であれやこれやと理由付けをしていくが、いつもよりも自然な笑みが顔に出ていることは気づいていないようだ。


「まあ、この大量の荷物もいつも通り使わせてもらいましょう」


 そう言いながら、グリッチの足取りは変わることなく街中をさらに進んでいった。





 街の中心部からは少しだけ外れた場所、そこには広い敷地面積を持ち、一般の住居より一回りも二回りも大きい建物が建っていた。


 グリッチはそこの正門と思われる場所から未だに荷物を抱えたままの状態で入っていく。

 そのまま勝手知ったる我が家のように迷いなく建物へと進んでいった。


 そして、木々や茂みが密集している地点の近くを通り過ぎようという時。

 突然、茂みから影が飛び出し、グリッチに迫った。


「──ふむ、少し惜しかったですね」


「んにゃ!?」


 一つ呟き唐突に持っていた荷物を全て上へ投げたグリッチは、迫る影の腕を片方の手で掴んで関節を極め、落ちてきた荷物をもう片方の手で全て受け止めてみせた。


「あなたも懲りないですねぇ。諦めずに挑んでくるその姿勢は称賛しますが、前回指摘したところがまだ改善できていませんでしたよ」


「痛たたたたたたた! 痛い痛い!! 分かったから、手離してぇ!!」


 つらつらと相手の関節を極めながら話し出すグリッチに、半泣き声で助けを求める襲撃者。

 その声に思い出したようにグリッチが手を離し、襲撃者は肩の辺りを擦りながらのっそりと起き上がった。


「あーー、痛かった。グリッチさん容赦無さすぎでしょ! しかも、一切余裕な素振りを崩してないし」


 愚痴をこぼしながら体についた砂を払い、ジト目でグリッチを見やる。そんな相手にグリッチは一つ息を吐いた。


「襲ってくると分かっているのに容赦なんてするわけないでしょう、レオさん。それに、門を過ぎる前から襲おうとやる気に満ちている気配がひしひしと感じ取れましたし、慌てることもありません」


 やれやれといった雰囲気を出しているグリッチの言う言葉に、襲撃者、もといレオは拗ねて伏せていた猫耳を今度はピンと立てて驚いた。


「うっそ、あの距離から!? はあ、先輩のお墨付きをもらえたから、今度こそはいけると思ったのに…………くそ〜〜、悔しいぃ!」


 相当悔しかったらしく、レオは頭を抱えて唸りだし、何がいけなかったのかと必死に考え始めた。

 ちなみにレオの言う先輩とは、軍でレオが所属している師団の先輩のことである。レオは魔族の一人前の兵士の一人であり、グリッチの部下であった。


 レオはなぜか、初めて会ったときから腕試しにグリッチを使い、その度に返り討ちにされているのである。

 初めこそグリッチはレオに舐められまくっていたが、今では尊敬の念を感じるようにもなってきている。


 だというのに襲撃が止むことはなく、むしろ積極的になってきており、レオの昼夜問わずの襲撃はグリッチの悩みの種でもあった。


「レオさんの先輩のお墨付きですか。確かに、以前より気配の消し方は段違いに上達していましたね」


「でしょ!?」


 グリッチの言葉に飛びついてくるレオ。褒められたことが余程嬉しかったのか、先程までの悩んでいる顔を一転させて、目をキラキラさせて頬も蒸気している。

 そんなレオの様子にグリッチは苦笑混じりに指を一本立てて言った。


「ですが、殺気の消し方はまだまだです。レオさんの今後の目標は、襲う直前まで完全に殺気を消せるようになることですね」


 そう言うと、レオはまたも頭を抱え込んで悩み出す。そんな様子にグリッチは、向上心があることはいいことですねと思うと同時に、自分を使って試さないでほしいとも切に願うのだった。


 二人がそんな様子で立ち往生しているところに、建物内から声がかかった。


「レオにグリッチさん、いらっしゃい。フリューゲル孤児院へようこそ」

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