第2話 舐められるのはいざこざの元
「どうしましょうかね〜」
会議室に一人残り資料の片付けをしていたグリッチは、ニコニコとした顔の眉毛だけ困らせながら、先程の会議について考えをめぐらせていた。
魔王曰く、今の弱い勇者達の動向を探るなら、同じく幹部の中では最弱なグリッチが適任だろう、とのこと。仮に殺されるようなことがあったとしても、グリッチであれば問題はないから。
全く困った話である。
なにせ、勇者達は弱いと言っても四人のパーティを組んでおり、そもグリッチは武力を振るうよりは頭を使う方が得意なのである。もちろん、実力主義の魔族の幹部になれるほどある程度実力はあるつもりだが、グリッチの実力を言ってしまえば器用貧乏というやつなのだ。
訓練された人間の兵士に負ける気はしないが、初めから高い身体能力が備わっている上に鍛えている獣人には負けてしまう。
多少腕に覚えのある程度の魔法使いに手数で負けることはないが、手練の魔法使いの大技一発でもお見舞されれば、完全にお手上げである。
故にグリッチはそれぞれが抜きん出た才を持つ幹部達と比べれば、器用貧乏な自分は最弱だと割り切っているのだ。
それにしても、アギルマールの何かあったとしても何とかなるだろ、という丸投げ発言には、王とはいえ根底が脳筋なのだという感想を持たずにはいられなかったが。
そこまで思考が回ったところで、さすがに不敬だっただろうかと思い至るが、そんなこともないかと思い直すグリッチ。誠に不敬である。
そんなグリッチのもとに足音が一つ近づいてきた。
「おや、どうしましたか。ディートバルト殿」
作業する手を止めて見上げたグリッチの視線の先にいたのは、仏頂面で扉の傍に佇むディートバルトだった。心做しかグリッチを見るディートバルトの目つきは険しいもののように思える。
そんな視線を受けているグリッチはと言えば、相変わらず笑顔のままだが。
「……はあ、割と本気の殺気を飛ばしていたはずだが、なんの反応もなしとは。まさか、気づいていなかったわけではないだろう」
言いながら少し脱力して見せるディートバルト。しかしその目は、依然としてグリッチを見据えたままだった。
「もちろん、あれほどの殺気を受けて気づかない者の方がいないでしょう。その上で、何故このようなことをしたのか、理由を聞かせてもらっても?」
対するグリッチは手を後ろで組み、ディートバルトに真っ直ぐ向き直った。
「…………いいぜ、それならはっきり言っておいてやる。実力で決まる幹部の席を、あんたどうやって手に入れた?俺から見てもあんたは幹部の中、いや、軍の中でもそこまで強い部類ではないだろう。あんたが纏う気配を見れば大体分かる。しかもアギルマール様とはやけに仲がいい。例外はいるが、あんたの若さで幹部を務めてるなんて、おかしいだろう?」
ディートバルトが捲し立てて言った言葉にうんうんと頷くと、一拍置いてグリッチが言う。
「ふむ。つまりディートバルト殿が言いたいのは、若すぎて実力も伴っていないのに幹部の座に居座っている、加えてアギルマール様と仲が良すぎる様に見えるのが不自然であるので、何か怪しいこと、具体的には賄賂などが行われた可能性を危惧されている、というところでしょうか」
「あ、ああ……」
グリッチがあまりにも具体的なことを言い出したので、不正を言及しようとしたディートバルトの方が若干気後れして、言葉を詰まらせる。
「言いたいことは十分理解できましたが、現在の魔族軍、それも、アギルマール様に限ってそれはありえないですね。それと、そのような疑いを僕にかけるということは、必然的にアギルマール様をも疑っていると言外に言っているようなものですが」
「そ、そんなことは決してない!」
グリッチの発言に慌てだしたディートバルトだが、次の発言で思考停止することになる。
「それと、仲が良いことに関しては、数十年の付き合いなのでそう見えたのだろうとしか言えませんね」
「……………………は?」
たっぷりの間を置いて出てきた言葉がこれだけである。それだけ見た目から想像することは困難な事実であるということは、想像に難くなかった。
「さて、これで疑問は解決できましたか? ああ、それと」
グリッチが後ろ手に組んでいた腕の片方をおもむろに動かすと、ディートバルトに向かって何かが巻き付いていく。
「なっ!? 小細工か!」
数本に絡め取られながらも素早く逃げ出したディートバルトが見たものは、黒く塗られた丈夫そうな糸であった。
「さすがは獣人族ですね。あの数を一瞬の内に気づき見切って、数本からも脱出とは。まあ、先輩として舐められっぱなしは良くないので、この位はご容赦ください。では、私は仕事が残っているのでこれで失礼しますね」
笑顔をより一層ニコニコさせて言うだけ言い、早足にグリッチはディートバルトの横を通り過ぎる。
それを口を開けて見るしかできないディートバルトに、グリッチは追加で何か言うこともなく歩いていった。
「…………ハッ! 待て、この巻きついてるやつどうにかし、てくれ! おい!!」
さっさとどこかへ行ってしまったグリッチに、今更ながら下手に出て助けを乞うディートバルト。彼が叫んでもグリッチは意にも介さず、といったふうに去っていってしまった。
「……あいつ、何者なんだ…………」
一人残されたディートバルトは誰に向けたでもない言葉をこぼす。
尚、ディートバルトが糸から抜け出せたのは、グリッチが去ってから小一時間経った頃だった。