第14話 二度目の邂逅
昼下がりの森の中。
木漏れ日が草花の生えた地面を柔らかく照らし、辺りは先程までの戦闘の気配があった時とは一変して静けさが広がっている。
それを破るまいとしているのか、ライト達は少しも動かない。
否、動けない。
その沈黙を破るように軽い足取りでその人物は歩いてくる。
「勇者殿と聖女殿は数日ぶり……あの夜会ぶりですね。そちらの冒険者のお二方は、はじめまして。僕はグリッチと言います、どうぞよろしく」
右手を胸元に持っていき、左手を後ろに動かしながら、グリッチは優雅にお辞儀した。
顔にはいつも通りの笑顔と、仮面がある。
ライト達はそろって呆然と口を開けて、盗賊が吹っ飛んでいった先の方を見ていたが、グリッチの登場にそれぞれ気を引き締めた。
グリッチを知らないライトとシルトの二人にとっても、仮面で顔を隠した燕尾服の男など、盗賊に襲われたばかりですぐに信用することなどできない。ついでに言うと笑顔が胡散臭い。
その場にいる全員に警戒されながら、グリッチはというと全く関係ないことを考えていた。
(まさかライトさん達との再会がこのような形になるとは思いませんでした。今回も仮面を持ってきて良かったですね。他の冒険者達よりも早く勇者と聖女を見つけ出すとは、やはり聖女殿とライトさんとシルトさんが幼なじみだからでしょうか。昔からの関係が今に活きているとはすばらしいことです)
少しは関係ある内容ではあったが、やはりこの場面で考えることではない。
グリッチが三人の関係性を知っているのはもちろん、冒険者のレイとしてあの日、本人達に直接話を聞いた結果である。
いらぬことを色々考えながら、グリッチが勇者達との接し方を考えあぐねていると、勇者──ヒースクリフ王子が突然痛みに顔をしかめ、呻き声をあげた。
「ヒースクリフ殿下! 今傷を治します!」
「いや、傷は浅いから治癒は後に。それよりも──」
駆け寄ってきた聖女、ダイアナを片手で制し、ヒースクリフは傷口を押さえながらゆっくりと体を起こす。
「グリッチ、だったな。貴様は……魔族である貴様が勇者を名乗った私を助けたと言うのか?」
それから、敵に向ける鋭い視線をグリッチに向けて言い放った。その瞳には若干の困惑も見られる。
「魔族!?」
「王城に現れたって噂は本当だったのか!」
傍らで聞いていたライトとシルトがヒースクリフの言葉に素早く剣をかまえる。
そんな様子の二人にグリッチは両手を上げながら言い聞かせるように言った。
「どうか落ち着いてください。確かに僕は王城に出向きましたが、つい先程勇者殿を助けたのも確かに僕ですよ」
剣を向けられているのにも関わらず笑顔で平然と言ってのけたグリッチの様子に、ライト達は迷いながらも剣を下ろした。
「グリッチ、貴様はなぜ私を助けた。貴様は魔族であろう!」
不安を払拭できないため、だんだん声を荒らげて問いただすヒースクリフ。
そんなヒースクリフに対しても、グリッチは悠然とした態度で答える。
「簡単なことです。助けられそうだったから助けたというだけ。何も特別なことはしていません。僕なりの、魔族との話し合いをできるようにするための、誠意の一つだとでも受け取ってください」
グリッチがにこりと笑う。
その言葉にヒースクリフは考え込み、その場にいる全員が黙り込んでしまった。
「…………貴様は……魔族は、本当に──」
「クリフーーー!!」
ヒースクリフが何かを言おうとした時、割って入るように大声で誰かを呼ぶ声が聞こえた。
「姉上?」
「おや、ローザ王女や他の方々があなた達を探しているようですね。どうやら他の場所での戦いも終わったようですし、僕は一旦帰りましょうか。まだ時間はありますから、ゆっくり考えてください。あなた達の旅は、まだ始まったばかりなのですから」
グリッチが四人に背を向け、森の奥へと歩き出す。
「待て、グリッチ! まだ話は済んでない!!」
慌ててライトがグリッチの背に向けて言葉を発し、グリッチは立ち止まった。
「……僕達には、時間が必要だと思うんです。決断を勇者殿だけに任せることはありません。人間として、あなた達がそれぞれ考えてほしいのです。ライトさん達とも、次はもっと落ち着いた出会い方をしたいものですね」
グリッチは言うだけ言うと、また歩き出し、森に溶け込むように姿を消した。
ライト達はしばらく呆然とする。
「うぐっ」
「あ、殿下! 今治療するので横になってください!」
「あ、ああ、頼む」
ダイアナとヒースクリフが白い温かい光に包まれ、ヒースクリフの傷が癒えていく。
その光景をぼーっと見つめながら、ライトは思わず言葉をこぼした。
「……あいつ、なんで俺の名前知ってたんだろう」
「クリフーー! ヒースクリフ!!」
騒がしい声が近づいてきて、ライトの思考は強制的に切り替えられたが、胸に小さい引っ掛かりを残してそのまま時間が過ぎていった。
「──ふぅ、今回の接触はかなり良かったのではないでしょうか」
グリッチが木の上に姿を現し、一息つく。
グリッチは今、勇者達から数キロ離れた場所から身を隠しながら勇者達の動向を見ていた。
「盗賊を装った者達が勇者を襲う算段をしていることが事前に分かって、利用できたのは僥倖でしたね。王城に行ったとき色々情報を得られて良かったです」
グリッチがニコニコしながらフランドール王国の王城で見つけた犯罪の一部であろう情報、ついでのように見つけてしまったので誰かに見つかりやすいように元に戻しておいた物を思い出した。
「フランドール王国内もきな臭いことが多いようですが、勇者パーティの中の要注意人物……あの人物には特に気をつけなければなりませんね」
談笑している勇者パーティの面々やライト達を見つめ、目を細める。
今の彼らには特に異常などは無いように見える。
「……何やら胸騒ぎがしますね。アギルマール様、また何かやらかしたんでしょうか。急いで帰りましょう、ハリーさん!」
「ワフッ、おう!」
グリッチはいつの間にか来ていたハリーの背に木の上からひらりと飛び降りてそのまま乗り、魔族の街へと駆け出していった。
彼の地に思いを馳せながら。
そうして一人と一匹の影は森の奥へと消えていった。
○○○
魔族の街、そこを囲うように守る城壁と城。
魔族の城は人間の国から自分達の住処を守る盾のように高台に佇んでいる。
そんな城の執務室に軽いノックの音が響く。
「入れ。……ああ、お前か。一体どうし──っ!?」
書類に目を通しながら返事をし、顔を上げたアギルマールは突如驚きに目を見開き、数瞬の間の後椅子に崩れ落ちるようにもたれかかった。
反動で机に置いてあった書類の山が雪崩のように床に散らばる。
執務室には、静かにアギルマールを見下ろす人物の影が一つ、悠然と佇んでいた。