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第12話 噂の事件

 フランドール王国の相も変わらず人々が賑やかな街の中、しかしその賑やかさは昨日までとは一風変わったものだった。


「ねえ、あの話聞いた?」


「えっ、あれデマじゃなかったの!?」


 明るく活気のある街の中で、どこか影を落とすような話がそこかしこで噂されている。

 半信半疑の人々により誇張された話が彼らにも伝わっていた。


「グリッチさん、住人からの噂話はだいぶ尾ひれも背びれもついてすごいことになってるよ。聞く?」


「調べたことは細かいことでも報告してください。それで、どうなってましたか?」


 宿の一室にレオが静かに入り、ベッドに座りこみながらグリッチに問う。グリッチは部屋の窓から通りを見下ろしていた。


「グリッチさんが想像してた通り、街中の巡回はあまり変わってなくて城壁の守りと街への出入りの審査がやたら厳しくなってたよ。グリッチさんはもう城壁の外に逃げたと思い込んでるみたいだ」


「油断させようとしているかもしれないので気は抜けませんがね。続けてください」


「おう、住人達は魔族が侵入したことを断定できてはいないみたいだけど、勇者を狙った暗殺者が現れたとか、そいつが城の兵士達を千人返り討ちにしたとか、言いたい放題だったよ」


 レオは最初こそ真面目な顔で報告していたが、噂話の報告になると苦笑いして言った。


「千人ですか……それはまた随分と誇張されたものですね」


 この国の兵士の水準だと無傷では無理でしょうね、と続けてグリッチは言う。

 それって倒せはするってこと!?と聞きたくなったレオだが、すんでのところで言わないことにした。


「?まだ何か報告がありましたか?」


「あ、いや、何もないよ。うん」


 グリッチが不思議そうな顔をし、レオは目を泳がせる。

 自分では最弱って言ってるけど、こういうことをサラッと言っちゃうのが幹部って感じだよなあ、とレオは遠い目をして思う。


「まあ、噂の方は放っておいても大丈夫でしょう。問題は次の勇者との接触をどうするかです」


「どういうこと?グリッチさんなら勇者が何人に護衛されていようと近づくくらいなら訳ないんでしょ?」


 グリッチが顎に指を当てながら言葉をもらすと、レオが疑問を投げかけてくる。


「前回より幾分か難しくはなってくるでしょうが、確かに近づくだけなら問題はないです。ただ、僕らの任務の最終目的としては勇者に、人間側に話し合いをしようという気を持たせることです。つまり、人間と魔族が対等な立場にあると示すこと。そして、僕らの誠意を理解させることが必要になってきます」


「……それって、超難しくない?」


「そうなんですよね……そもそもこういうのは一朝一夕でやるような事じゃないんですよ。もっと下積みから入念にやって土台をキッチリさせてからやらないと必ずどこかで綻びが出るんです。それをアギルマール様は……おっと、失礼しました」


 グリッチの真剣な物言いにレオが相槌を打つと、グリッチは笑顔を深めながら早口で不満を言い始める。

 突然様子の変わったグリッチにレオは驚いて体を硬直させた。途中でそれに気づいたグリッチは謝罪をするが、不満の矛先のアギルマールに対しては一切悪びれていない様子だった。


「なんというか、グリッチさんも愚痴言ったりするんだね」


「……忘れてください。今のは失言でした」


 居心地悪そうに頬をかくグリッチに、レオは含み笑いをする。


「でもそうなると、よっぽどのことがないと話し合いなんてできっこないね。魔族との話し合いをすぐ受け入れてくれるような人間なんていないだろうし、それこそ、勇者の命を救うぐらいのことをしないと」


 レオがベッドに仰向けに寝転がって言う。


「……ふむ、それは使えるかもしれませんね」


「え?」



 ○○○



 裏通りにひっそりと隠れるようにある酒場。

 そこはフランドール王国のいわゆる汚点、ならず者共が集う秘密の場所である。


 そのような場所に、一人の男が大慌てで駆け込んできた。


「旦那っ!旦那はいるかい!?大変なんだ!」


「うるせぇなあ、騒ぐんじゃねぇ。どうしたんだ」


「ああ、旦那。いてくれて良かった、大変なんスよぉ」


「話がさっきから進んでねぇよ、落ち着いてしゃべれ。あとさっきも言ったが騒ぐな、唾が飛んできたねぇんだよ」


 駆け込んできた男はみすぼらしい格好をしており、裏通りのチンピラのようだった。

 対する旦那と呼ばれた男の方は小綺麗な格好の人物で、酒場のカウンター席でひっそりと安い酒を飲んでいたところだ。

 チンピラは諫められて思わず背筋を伸ばす。


「す、すまねぇ……。実は、秘密裏に進めてた王宮との裏取引が、急に明るみにされて計画が全部おじゃんになっちまったんスよ」


「何……?」


 チンピラが声を落として話をすると、話を聞いた男が青筋を立てて怒りをあらわにし、チンピラはそれに青ざめる。どうやらチンピラはただのチンピラではなかったようだ。


「なんでも、この前王宮への魔族の侵入があったとかで王宮内部から城壁まで取り調べされて、たまたま取引の証拠の方が見つかっちまったみたいなんス」


「魔族……あの噂は本当だったのか。というかそんな簡単に見つかるような場所に証拠を隠してたのか?あいつらは間抜けか?…………で?」


 男の怒りがさらに増し、チンピラが息を飲む。


「は、はい、こっちの被害はそんなに多くはないッス。現物を押さえられたりしたけどルートは調べられる前にもみ消したので、こっちまでたどり着くことはないはずッスね」


 チンピラが冷や汗を大量に流しながら答える。

 ここまで来るとチンピラが不憫に見えてくる。


「……はあ、ここ数日は上手くいかないことばかりだ。ガキのスリには遭うし、表の方も面倒な奴らばかり来る。挙げ句の果てには取引もパアだ」


 男が淡々とした口調でここ最近の出来事を口に出す。一見怒りが収まったかのようにも見えるがチンピラは先程よりもビクビクしていた。


「あ、その、旦那の言ってたスられたものは、もう見つかったんスよね?」


 チンピラがおずおずといったふうに質問する。


「もちろんその日に取り返したさ。持ってたのは貧相な体した乞食だったから、その場で殴り殺したよ。ああいう奴なら殺してもさして影響はないからな」


 男が酒の入ったグラスを揺らして冷たく笑う。チンピラは顔がひきつるのを感じた。


「ああ、もう時間だ。表の仕事に行ってくる。再三言うが、その身なりで表にいるときの私に声をかけるなよ?貴族様方の信用は確保しなければいけないからな。次の計画の決行は勇者様の旅立ちの時だ。忘れるなよ」


「はい、分かったッス」


 男はそれでは、と笑顔を作って言うと、酒場の外へと出ていった。チンピラはその姿を見送ると、数秒経ってからふっと糸が切れた人形のように酒場の席に座り込む。


「はあ〜、あんなのが教会で聖者のように振舞ってるなんて。……いや、表じゃ聖者なのか。全く、物腰が柔らかくて表向きは常に笑顔なやつなんて、大抵信用ならねぇよなあ」


 チンピラが冷や汗を服の裾で拭って、ため息を吐くように言葉をもらした。


 来たる勇者の旅立ちの日、様々な思惑を持った者達が動き出す。

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