第11話 仮面の使者※
きらびやかな装飾。
人々の楽しげながらも慎ましやかな笑い声。
勇者パーティに群がる貴族達。
世俗と切り離されているかのようなこの場所は、フランドール王国の王城にある、大広間の一つである。
勇者パーティの結成は、王族が二人も加わっていることによって国内の貴族だけでなく他国からも支援やあいさつを贈る使者たちが後を絶たずやって来ている。それはフランドール王国の国力の高さの裏付けでもあったが、連日連夜、数週間に渡る激励会の催しと挨拶回りは、精神的な疲労が蓄積されるものだ。
特にこのような場所とは無縁で生きてきた者にとっては。
「聖女様! 勇者パーティの選抜に選ばれたこと、誠に喜ばしく思います。どうぞ戦でも励んでください」
「はい、ありがとうございます。私に出来る限りのことはやり遂げるつもりです」
「おお…………聖女ダイアナ様……なんと神々しい!」
フランドール王国にやって来た使者がまた一人、勇者パーティの一員となった聖女ダイアナに激励を贈り、ダイアナは優雅に微笑んで返事をする。その様子に使者は感銘を受けたようで顔を輝かせて別れを告げた。
しかしダイアナは思う。──これっていつまで続くんだろう、と。
表面上は完璧な笑顔を見せながらも、その実瞳の奥は既に死んだ魚の目のように虚ろになっていた。
ダイアナは現在教会の回復術士、すなわちフランドール王国内にいる回復術士の中でも二番手の実力を誇る使い手である。多くの村々などに自ら赴き、率先して多くの命を救った者として聖女という称号まで得た彼女だが、出身はしがない平民の出であった。
幼い頃に回復魔法の才能があると分かり教会に引き抜かれたが、そうでなければ王城や勇者など、全く無縁の人生を歩んでいたに違いない。
自らを着飾っているドレスや宝石も不相応だと、ダイアナは感じずにはいられなかった。
「はぁ……ライトに会いたい……」
人の列が途絶えて気が抜けたのか、意図せず言葉をもらすダイアナ。
そんなダイアナに近づく者が一人。
「ダイアナ! パーティは楽しめているか? 今日はシェフがまた趣向を凝らして遠方の国の料理を作ったそうだぞ」
「あ、ヒースクリフ殿下。そうなのですね、後でいただきます」
「遠慮することはないぞ、使用人に持って来させよう」
「あっ、いえ、私はお腹いっぱいですので、お気遣いありがとうございます」
グラスを片手に現れたのは、第二王子のヒースクリフ、つまり勇者本人である。
自ら勇者に名乗り出るような者である、ダイアナを気遣っているようではあるが自分がしてあげたという事実を無意識に押しつけるような行動を取っている辺り、性根の底の浅さが見てとれる。
ダイアナが遠慮がちに断ったことにも不満げな顔をするが、特に何か言うこともなく楽しそうな笑顔に切り替わる。
ダイアナへの好意が隠す気もないほど見えていた。
時間は流れていき、パーティも終盤に差しかかる。
ダイアナが壁際で休憩を取っているときだった。
「勇者を名乗られたヒースクリフ殿下でしょうか。此度、挨拶に参りました」
「む、私がヒースクリフだが、そなたはどこから来られた者か」
広間にいた者たちの視線が自然と集まり、そして釘付けになる。
パーティの終わる頃に現れたという点でも妙なのだが、ヒースクリフに一礼して顔を上げたその人物は、燕尾服に顔の上半分を覆い隠す仮面を被っていたからだ。
不審な人物に訝しげな顔になりながらも応答をしっかりするヒースクリフは、腐っても王子、というやつなのだろうか。
仮面の人物はにこりと笑っている。
「私は西方より魔族の代表として話し合いをしにやって参りました、グリッチ·シュテルベンと申します」
「!?」
「魔族だと!?」
「殿下をお守りしろ!!」
人々の談笑が一気に困惑のざわめきへと変わる。
遠目で見ていたダイアナや正体を告げられたヒースクリフももちろん驚く。
すかさず衛兵が動きだして抜剣し、グリッチを包囲した。
一連の動きを見ていた剣を向けられている当の本人であるグリッチは、笑顔を崩さず微動だにしないまま立っていた。それがさらに不気味さを増している。
「勇者が現れたのを聞いてわざわざこのような場所に現れるとは……命が惜しくないようだな。貴様の首を手土産に魔族の元へ赴いてやろう」
ヒースクリフがグリッチを強く睨んで言葉を吐き捨てる。
そして近くの兵士から剣を受け取り、一歩グリッチに近づいた。
「どうかそう気を荒立てないでください。私は今回争いを取りやめるための話し合いをしに来ました。そして、その先に魔族との親睦を深めることを望みます」
グリッチが丁寧に、ゆっくりとした口調で広間にいる全員に聞こえるように語りかける。
「話し合い? 魔族との親睦? そんなことをしてどうする、貴様ら魔族は多くの人間を殺してきただろう。人間が魔族と手を取り合うことなどありえない!」
「私が単独でここまで話し合いをしに来たことを証明とするのは不可能でしょうか。魔族は、争いをしたいわけではないのです」
ヒースクリフの言い分に落ち着いて答えを返すグリッチ。
それに動揺し、ヒースクリフは言葉を詰まらせる。
沈黙が辺りを包んだとき、広間にヒールの音が鳴り響いた。
「これは何事ですか。その者は誰です?」
「王女殿下、お下がりください!」
豪奢な衣装を身にまとって現れたのは、この国の王女とそれを守る騎士であった。二人とも状況を呑み込めていないようで、困惑した顔をしている。
「勇者パーティのメンバーが全員集結とは、今回来て正解だったようですね」
グリッチが現れた二人の人物を見て言った。それに抜剣した騎士達がさらに身構える。
「ローザ、アレックス。こやつは魔族が使者として寄こした者だそうだ。しかも、話し合いを望んでいる」
ヒースクリフが助けを求めるように王女と騎士に言葉をかける。それにローザ王女がぴくりと眉を動かすと、一歩前に踏み出した。
「そのような者の話など聞く耳を持ってはなりません! 衛兵、私が許します! その者を即刻打ち倒しなさい!!」
『はっ!!!』
王女の命令に困惑を残しながらも体を動かす衛兵達。
その剣が標的を捉えたと思われた瞬間。
「ふむ、やはりすぐに話し合いをするのは難しいでしょうか」
「なっ、消えた!?」
剣を振り抜いた兵の一人が騒ぎだす。
そのまま波紋状にざわめきが大きくなっていく。
「う、上だ! 浮いてるぞ!」
誰が発したかも分からない言葉に全員が天井を見上げる。そこには先程と変わらない様子で空中に立っているグリッチの姿があった。
「今回はどうやら皆様方を刺激してしまったようですが、魔族が話し合いを求めているのは依然として変わりません。次こそは、腹を割って話せることを切に願います。僕は一旦これにて失礼しましょう。ではまた」
そう言い残し、グリッチは優雅にお辞儀をすると二階にある窓から去っていった。
しばらくは皆一様に呆然と見上げていたが、驚きから回復した兵士達が慌ただしく会場の外へ出る。
「やつを追え! 城壁の番兵に連絡を回せ! 決してやつを逃がすな!!」
騒然とするパーティ会場内で貴族達は急いで帰り支度をし始める。それに対応する臣下たちも動き回り、辺りはいっそう騒がしくなった。
「……魔族って、思ってたよりも怖くないんだな」
そんな中でぽつりと呟かれたダイアナの言葉は人々の声にかき消され、誰に届くこともなかった。