第10話 不思議な出会い※
皮の装備を着込んだ剣士や歩きにくくないのか疑問を持つような裾の長いローブを身にまとった魔法使いなど、色々な人間が行き交い、己の仕事を探している場所。
ここ、冒険者ギルドは街のお祭り騒ぎとは関係なく忙しない者達でいっぱいだった。
そんな冒険者ギルドの昼下がり、共用の椅子に座り込んで放心している冒険者達がいた。
ライトとシルトである。
「……いや〜、こんなことになるとはね。人生何が起こるか分かったもんじゃないな」
「全くだ。これを幸運と片付けるにはいささか色々ありすぎたな」
ライトが感慨深げにこぼした言葉に、シルトが遠い目をして答える。
二人は勇者の護衛任務の前準備として、資金面を安定させるために高額な依頼を受けようと考えた結果、初心者冒険者のダンジョンの付き添いという依頼を受けることにした。
勇者の護衛任務をするにも、経験を多く積めていい事づくめだと考えたからだ。
数日ダンジョンに赴くことになり、結果として今までそのダンジョンには確認されなかった高レベルの魔物が出現。
ライト達は初心者を守りながら激闘を繰り広げ、五体満足で勝利し、昨日街に帰ってきたばかりなのである。
二人はこれ以上本命の任務の前に依頼を受けないことを固く誓いながらも、手持ち無沙汰となったため流れでギルドまで足を運んだというわけだ。
「ま、過ぎたことはいいとして、今後のことを考えようぜ。今回の依頼でこれももらえたしな」
シルトが気持ちを切り替えるように大きめの声を出し、一枚の丈夫そうな紙を懐から出す。
「ああ、A級冒険者への推薦状……もう少し先の話だと思ってたけど、ここまで来たって感じがするな」
ライトがしみじみ言う。
シルトも満足気に頷き、勢いで乾杯などしているところに、誰かが近づいてきた。
「盛り上がっているところに水を差すようで悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「別にいいけど……あなたは?」
突然の来訪者に答えたのはライトだった。
声をかけてきたのはライト達とそう年齢も変わらなそうに見える青年で、連れにフードを被った少年がいる。
初めて見る顔の青年は笑顔で気さくそうな雰囲気があり、優しそうな人だなとライトは思った。
「ありがとう。いきなりですまないけど、君達が勇者の護衛任務を受けていると聞いて、話を聞きに来たんだ。間が悪いようなら別の機会でもいいんだけど、どうかな?」
青年の申し出にライトは数回瞬きし、シルトと目を合わせる。ライトの視線を受けて今度はシルトが口を開いた。
「別に嫌がる理由もないが、俺達のことを誰から聞いたかは教えてくれないか?」
どうやらシルトは初対面の青年のことを少し警戒しているようである。
情報が早い一部の冒険者の中には、A級冒険者候補にゴマをするために来る者がいることも考えられるからだ。そのような者達の相手をいちいち丁寧にしていたらキリがないので、先に白黒はっきりつける気でいるのである。
「ああ、君達については今カウンターに座っているあの受付嬢から聞いたよ」
得心した青年が半身振り返って指し示すと、視線に気づいた受付嬢が軽くお辞儀をした。その受付嬢はライト達と仲が良く、A級冒険者の専属受付嬢としても指名した人物で、ライトとシルトは今度こそ安心した顔つきになった。
「色々勘繰って悪かった。俺はシルトでこっちがライト。二人ともB級冒険者だ」
シルトの紹介にライトがよろしく、と一言添える。そのままシルトに促されて、青年達はライト達の向かいの席に座った。
「話を承けてくれてありがとう。僕はレイ、一応B級冒険者だよ。こっちは──」
「……レオ」
「と、慣れない場所で落ち着かないみたいだから、そっとしておいてあげてくれ。どうぞよろしく」
レイが爽やかに笑っているのと対照的に、レオは俯いてずっと何かを耐えてるような表情をしていた。ライトがその様子を不思議に思っていると、今度はレイから話を切り出してくる。
「早速だけど、勇者についていくつか質問してもいいかな?」
「ああ、もちろん。というか、護衛任務じゃなくて勇者についてを聞きたいのか?」
「うん、任務については自分でも調べていたからね。護衛対象がどういう人物かを知っておきたいと思ったんだ」
ライトの疑問に素直に答えたレイに納得すると、ライト達の会話は弾んでいった。
「そんなことまで知ってるなんて、レイさんはすごいな!」
「レイでいいよ。僕は19歳なんだ、見たところ君達もそんなに年は変わらないだろう?」
「思ったよりも若いな! あ、老けて見えるってわけじゃなくてな。俺らのことも呼び捨てでいいぜ、俺が18でライトは17だからそんなに差もないしな」
「……」
上からライト、レイ、シルト、レオの言葉だが、出会ってから数十分しない内に最初の警戒はどこに行ったのか、ライト達はすっかり打ち解けていた。
そこから会話は広がり、もう何時間も話し込んでいるようである。
窓から差し込む陽光は徐々に少なくなっていき、冒険者達が各々の仕事を終えてギルドに報告をしに訪れる時間帯になっていた。
見かねたギルド職員の人が声をかけたところで、やっとライト達のギルドでの雑談はお開きとなった。
「長く引き止めちゃってごめん、レイ。レオ君も」
「時間あるなら話の続きをどっかでしないか? ちょうど近くに俺らの行きつけの店があるんだ。つっても、ただの酒場だけどな」
シルトが機嫌良く大声で笑う。
ライトとシルトの二人は終始楽しそうに話をしていたのでこのまま別れるのが名残惜しそうであった。
「すまない、この後はまだ用事があるんだ。折角のお誘いだけど、またの機会にさせてもらうよ。今日は話を聞かせてくれてありがとう」
「そうか……まだこの街にはいるんだろ? 今度会ったら何か奢らせてくれよ」
「今日は楽しかったよ。またどこかで」
レイの返答に心底残念そうにしながらも、ライト達は手を振ってレイ達を見送った。
レイもそれに応えて手を振ると、人混みの中へとレオと共に消えていく。
「レイは本当に楽しい人だったな。……冒険者なんて身を危険に晒す仕事をやってるけど、あの人とはまたどこかで会えそうな気がするよ」
「そうだな、ライトの勘は割と当たるからな」
「割とってなんだよ、割とって」
「ははは」
楽しげな声を響かせ、ライト達も歩き出していった。
○○○
辺りが暗くなり始め、家に帰る者、これから店を開ける者など、行き交う人が多くなってきている街の中。彼らも例にもれず、といったところか。
「……レオさん、いつまで笑っているんですか」
「……っ…………くっ……だって、ふふっ……」
「笑いすぎですよ。僕はB級冒険者のレイでもあるんだから、慣れてもらわないと困るよ」
「ぶふっ! くくっ……なんか、ツボに入っちゃって……グリッチさんの、レイのときのしゃべり方、ふ…………っ」
笑いを堪えようとして話せなくなったレオにため息を吐き、グリッチは今日冒険者ギルドで出会った人達の顔を思い浮かべる。
「ライトさんとシルトさん、ですか……いい人達でしたね」
誰にともなくつぶやいて、グリッチ達は宿へと歩いていった。