第1話 はじまりはじまり
暗雲が立ち込める中に佇む魔王城。
その城のおよそ中心部にある玉座の間で、拮抗していた力が動き出した。
「はあああああああ!! 魔王、これで終わりだ!!」
「グッ!?」
「俺たちが、勝つ!!!」
勇者の咆哮と共に放たれた剣戟は破壊の力を持って魔王へと到達しようとしている。対する魔王も自身の力を練り上げ、勇者に向けて放った。
広間に響く破壊の音。
そして、長いような、短いような静寂の後、崩れ落ちる人影。
この日、人間と魔族の戦いはひとつの区切りを迎えた。
それは誰が望んだことだったのか。
ことの起こりは、少し前まで遡る。
○○○
「人間どもが勇者なる者達を寄越してくるようだ。数は四人だがどんなことを仕掛けてくるか分からん。よって、様子を見ながらの対処とする。殺してはならん」
魔王が発した言葉に、円卓のある会議室には驚きが広がる。
対する魔王、アギルマール自身は今ここに集っている幹部達がどういう考えを持つか把握しているので、悠然と構えたままだった。
いや、一人だけ笑顔を崩さぬまま幹部達へお茶くみをしている者がいた。
「……おい、仮にも幹部の席の一つを担っているのに何故お茶くみなどしているのだ、グリッチ殿」
誰も何も言わないのを見かねてか、眉をひそめながらそう漏らしたのは、幹部の中でも一番の若手であり獣人族筆頭のディートバルトである。
彼は自慢の毛並みを持つ自身の狼の耳と尻尾を不機嫌そうに揺らしながら、ちょうどお茶をくみ終えたグリッチを見やった。
「ディートバルト殿は円卓会議は初参加でしたね。見ての通り、と言ってはなんですが、この会議では雑務も僕が請け負っているんですよ。僕がいる場合だけですが」
「……半分嘘、自分から進んで勝手にやってる」
にこやかに説明を終えたグリッチにボソボソと物申したのは、全身黒ずくめの服を着て常に俯いているリアンである。グリッチが言った「請け負う」が役割を任されているというような意味に取れるので口出ししたようだ。
当然ながら、ディートバルトはさらに怪訝な顔をすることになった。
当のグリッチは手厳しいですね、などと言って笑っているが、周りがそれ以上突っ込もうとしないのでやけに空回ってしまっている。哀れなり。
「コホン、少々脱線してしまいましたね。申し訳ありません、アギルマール様」
「いい。勇者についての資料を配れ」
「はい」
微塵も気にしていないという素振りを見せながら、指示は出していくアギルマール。
対するグリッチも会議のために先程よりも慇懃な態度へと切り替え、手早く仕事を済ませる。
ディートバルトはここでも思うところがあるようでピクリと耳を動かすが、自分が一番若輩者であることを認識し直し、今度は押し黙った。
「資料の通り、勇者達の情報は最新の物が一週間ほど前の物で、主に武力的なことに関してをまとめてあります。端的に言って、現在の勇者達は──」
弱い。
と、会議に参加している誰もが感じたことだろう。
それこそ、何故勇者などに選ばれたのか分からない程にだ。
密かに強敵との戦いを期待していた者達は急激に冷めた気配を出す。幹部のほとんどは戦闘好きの脳筋どもの集まりであった。
「皆さんが落胆してしまうのも分からない訳ではありませんが、人間側にとってはどうやら秘策の一つらしいので、警戒は怠らないでください」
役目を一つ終えたグリッチが少し息をつくと、幹部達は揃って興味を失った色を明確に露わにしていた。一人、グリッチだけは終始笑顔を絶やしていないので、何を考えているのか皆目見当もつかないが。
「勇者と魔王、というわけか」
『!!』
「まるで何かのおとぎ話のようですよね〜」
ポロッとこぼした魔王の言葉に室内の空気が一瞬凍りつくが、そんなのお構いなしにグリッチは爆弾発言を続けた。
こいつ空気読めないのか、と全く違う性格の幹部達もこの時ばかりは考えが揃ってしまう。
「魔王……世間一般でのおとぎ話の悪役は、大抵残虐で冷酷な魔王が務めると相場が決まっているが…………魔族の王を魔王と称するとは、いつの時代から始まったのだろうな」
魔王、アギルマールが自嘲気味に笑い、金色の目を細めると、そうだ、と次の瞬間には良いことを思いついた、というような顔をして言い放った。
「グリッチ、お前が勇者の様子を直接見てこい。幹部内最弱のお前ならピッタリだろう?」
そうして、意地悪く笑うのだ。
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