全て愛のために!の巻!
ライブハウスの地下室に熱気が満ちた。
世間から見れば無名に等しい女性ボーカルの歌に、集まった客は聞き惚れる。
力強い歌詞、洗練されたメロディー、そして女性ボーカルから滲み出る生命力……
彼女は誰かに恋しているのだ。
だからこそ輝いていた。その輝きは歌に乗り、多くの人々の心を救う……
そして天機星「知多星」ゴヨウは、出口にほど近い最後列からライブを眺めていた。
「いい歌じゃないか」
天機星「知多星」ゴヨウは、傍らの青年に話しかけたが、聞こえるとも思えない。
青年は女性ボーカルの歌を聴きながら泣いていた。その感動は何を意味しているのか。
純朴な青年に思えるが、彼からは強い混沌の波動を感じる。ゴヨウが討たねばならぬ相手だ。
「外に出よう」
青年はそう言ってライブハウスの外へゴヨウを誘った。
青年には、己の人生の終焉を覚悟している、そんな潔さがある。
討つべき者だが、ゴヨウはその点には感心した。
「――ここで」
青年はライブハウス近くの、夜の公園へゴヨウを連れてきた。
「何か言い残す事は?」
ゴヨウは青年に言った。頼りない、どこかオタク臭すら漂わせたゴヨウ。
だが彼は「百八の魔星」の一人だ。筆頭軍師の天機星「知多星」ゴヨウだ。
情けなく見えても、それは虚であり、真実の彼は冷酷な暗殺者でもある。
「早くやってくれ……」
青年は上着の前を開いた。ゴヨウは目をみはった。青年の胸から腹へは、異界に通ずる暗黒洞が生じていた。
今も異界の――これは餓鬼道畜生道の飢えた化物だ――怪物が、この1999年の東京に溢れ出ようとしていた。
それを抑えているのは青年だ。彼は憧れの女性のライブに参加できた事で満足し、一時的ながら混沌の波動をはね退けているのだ。
「は、早く俺を殺せ!」
青年の悲痛な叫びと共に、ゴヨウも右手を高く掲げた。
「速き風よ!」
ゴヨウの右手に風と光が収束していく。
「光と共に解放されよー!」
ゴヨウは右手を突き出した。
吹き荒れる聖なる風が、青年の体を分子レベルにまで粉砕し、東京の町中をも揺らした。
「――眠らない街か」
ゴヨウは静かにつぶやいた。彼には青年の気持ちがわかった。
青年の魂は混沌に浸食されてしまったが、彼の絶望と憎悪は女性ボーカルの歌に払拭された。
青年が守ろうとしていたのは、この世界ではなく、あの女性ボーカルの「未来」だった。
「――ゴヨウよ」
いつの間にか夜の公園には、百八の魔星の守護神「托塔天王」チョウガイが現れていた。
「我々にできる事は…… 愛する者がいるのなら、せめてそのためだけにでも戦わなくてはならんという事だ」
「うん、わかってるよ……」
ゴヨウはチョウガイの言に父親のような厳しさを感じつつ、夜空を見上げた。
未来を守るために戦う。
そのために彼らは1999年の東京へ来たのだ。