張孔堂奇聞・番外編!の巻!
――わふわふ~
さかりのついた雄犬が遠吠えする。
江戸も夕暮れ時だ。
「若、あんまり評判よろしくないんじゃね?」
うどんの屋台引きの源は、席についた七郎に言った。
「そうかね。こう、笑いというか軽さを押さえてだな、鋭角な切れ味で物語展開しているつもりなんだが」
「笑いと色気がねえと、女性読者つきやせんぜ~」
商人風の小男、政は七郎の隣で酒を飲む。
源も政も江戸城御庭番の忍びだ。
世をあざむき、浪人の動向を探っているのだ。
「あー、嫁さんが欲しいなー」
「言うんじゃねえよ、寂しくならあ」
源も政も口が軽い。
あるいは、それが本性かもしれない。
「……言うんじゃない! 男は…… 男塾を読めばいい!」
七郎は涙をこらえて叫んだ。
江戸の男女比は男7:女3。
七郎でなくとも寂しいのだ。
「「「……夕陽のバッキャロー!」」」
初冬の風は、男の一人身には寒すぎた。
**
――チュパカ~!
江戸の夜空に謎の妖魔(※ゆうま=UMAと読む)である「血河童豚」の遠吠えが響いた。
「――というわけで、こちらはまどか嬢だ」
七郎は源の引くうどん屋の屋台にいた。政も床几に腰かけて目を見張っていた。
「はじめまして~」
少し垂れ目の(だが、それがいい!)美少女まどかが源と政に挨拶した。
「か、かわいい!」
「べ、べっぴんさんじゃねえか!」
源と政の手放しの賛辞に、まどかは真っ赤になってにやけていた。
「ま、まさか!」
うどん屋の店主の源は、七郎に尋ねた。
「若の嫁さんですかあ!?」
政は嫉妬と殺気をこめ、血涙を流した瞳で七郎をにらんだ。
「お、お嫁さんだなんて…… そんなあ……」
耳まで真っ赤になるまどか。どうやら七郎は、まんざらな相手でもないらしい。
「ち、違うぞ!」
七郎は源と政の耳元にささやいた。
まどかは松平伊豆守信綱の――
いわゆる「知恵伊豆」の遠縁のご令嬢であると。
才色兼備にして弓の達人、更には妖魔に詳しい。
そんなまどかは、七郎が妖魔に詳しいと聞いて、彼女自ら赴いてきたのだ。
「きっといます、河童も天狗もツチノコも…… 血河童豚だって!」
まどかの笑顔が、世に汚れた七郎と源と政にまぶしい。
彼女に手を出せば、市中引き回しの末に磔だろう。
それでも女っ気のない三人には、天女が舞い降りてきたような感動であった……