張孔堂奇聞・番外編!の巻! 2
元日の昼下がり、七郎は屋敷の庭に出た。左手には愛刀の三池典太を鞘ごと握っている。
庭に立てた巻藁を前に、七郎は身構えた。次の瞬間には抜刀して逆袈裟に斬り上げていた。
七郎の一刀は巻藁を袈裟に切断していた。見る者を戦慄させる静かながら鮮やかな剣技である。
(浅い…… 甘い……)
七郎は左の隻眼を閉じた。脳裏に浮かぶは父の技、恩師の声だ。二人に比べれば七郎など比ではない。
ましてや視力に不安のある七郎だ。勝機は一瞬の中にしかない。
――武の深奥とは、一瞬で敵を制する事なり。
父の声が、技が七郎の魂に思い返される。
――刀を使おうと槍を用いようと、一刀にて敵を仕留めるが故に、我が流派は一刀流というのだ。
恩師の教えもまた懐かしい。今では命のやり取りに及んだ者ですらが、懐かしく思われた。
「――うむ」
心身に気力をみなぎらせた七郎は、庭の木の前に立つ。庭の木には胴着を着せ、帯も巻きつけている。
「――ふ」
七郎は左手一本で胴着の右袖を握り、無心に何度も技をしかけた。それは後世の柔道における体落の変形だ。
七郎の父は、左手一本での体落を得意技の一つとしており、組みついたと見えた瞬間に、対手を転がせてしまう。
(あの最高の一瞬を!)
七郎は何度も何度も同じ技を繰り返す。
視力に不安のある七郎だが、組み合えばほとんど関係ない。
だからこそ七郎は剣よりも組討の技を、無刀取りを練磨した。
そして脳裏に浮かぶのは、かつての死闘だ。その中で、敵を瞬時に制した闘いを繰り返し頭に思い浮かべた。
最高の一瞬を思い出し、技をしかけていく七郎の魂は天地宇宙に調和し、研ぎ澄まされていく……
「――む?」
ふと気づけば、七郎は屋敷の庭に現れた緑色の生物を見つめていた。
それは江戸に現れる遊魔の血河童豚ではないか。
「ふほおおお!?」
恐怖に駆られた七郎の行動は早かった。
殺られる前に殺れ。
正にそれだ。
「おりやああ!」
七郎は素早く踏みこみ、中段蹴りを放った。
人間が無意識に放てる最も重い攻撃の一つは、利き脚での中段蹴りである。
――チュパカ……!
チュパカブラ、いや血河童豚はうめいた。その隙を衝き、七郎は右肘を血河童豚の頬へ炸裂させた。
「どりやあああ~!」
更に七郎は血河童豚へ組みつき、首相撲からの膝蹴りを血河童豚の鳩尾へ叩きこんだ。
その闘いぶりはムエタイに似た。その原点は、敵国からの脱出だったという。
五体を武器とし、無駄なく多数を倒す技術――
七郎は今それを、なんとな~く理解できた。
「しゃおらあ!」
とどめとばかりに、七郎は血河童豚へ組みつき、背負って投げた。
血河童豚は七郎の背負投で頭から大地へ叩きつけられた。頭頂の皿を割られた血河童豚は、力尽きて大地に横たわった。
「なんぼのもんじゃーい!」
七郎は拳を青空へ衝き出した。
アドレナリンにドーパミン、更に脳内麻薬エンドルフィンまで分泌された七郎は、ブロッ○ンJr.ばりの「最高の充実」を得ていた。
しかし、闘いは終わらぬ。
屋敷の上空に浮かぶ謎の飛行物体からは、鎧を着こんだ艶かしい肢体が光輪に乗って降りていく。
かつて七郎の祖父は天狗と戦ったという。その正体は異星からやってきた捕食動物だったかもしれない。
――フォー、フォー、フォ~……
円盤から舞い降りた不敵な女戦士は、浮かれている七郎の後ろ姿を眺めて、愉しげに笑っていた。
お わ れ




