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9:神官の来訪

 その日、旅人など滅多に訪れる事のないガルニ村に、珍しい客人がやって来た。華美ではないものの見るからに上質な四人乗りの馬車と、その横にピタリと付いている白銀の鎧を纏った二人の騎馬兵の姿に、村人たちは何者なのかと顔を出す。

 馬車と護衛の鎧には神殿を現す紋章が描かれており、村長宅に馬車が止まると中から二人の神官が降りて来た。


「これはこれは、神官様。ようこそお越し下さいました」


 先触れもなく突然やって来た神官と神殿騎士を、シュリスの父はにこやかに迎える。

 この世界を作ったと言われる唯一神は種族関係なしに敬われる存在だ。神官は治癒魔法を使う事も出来るから、辺境の村に来てくれただけで有難い。


「すまないが、人を探していてね」

「私どもで良ければ、いくらでも協力致しましょう」


 父親に案内されて応接室へ向かう一行を、シュリスは緊張の面持ちで見守る。

 彼らが探しているのは自分の事ではないのか、これが聖女となるきっかけなのではと思ったからだ。


 けれどその予想は、当たらずとも遠からずといった所だった。


「君、ちょっと待ちたまえ」

「はい、何でしょうか」

「少し手を貸してもらえないか」

「構いませんが」


 一行にお茶を出したシュリスが、話の内容が気になりつつも退出しようとすると、年若い神官が呼び止めた。

 不思議に思いながらシュリスが手を差し出すと神官はその手を握り、もう一人の年嵩の神官に目配せする。その年嵩の神官もシュリスの手を握ると、何かに納得した様子で小さく頷いた。


「村長、この娘さんには神に仕える素質がある。神殿に預けてもらえないか」

「え……?」

「いや何、すぐに決めなくていい。我々は探している人物を見つけるまで、この村には留まらなければならないからね」


 思った通り、彼らの訪問が聖女になるきっかけではあったようだが、目的は別にあるらしい。

 即答出来ない父親は、困惑した気持ちを落ち着けようと先に用件を聞き出した。


「その探している人物とは、どのような?」

「髪も目も黒い人物を探しているんだが、この村にいると聞いたんだ。心当たりはないだろうか」


 神官の言葉にシュリスはドキリとした。彼らはなぜゼルエダを探しに来たのだろうか。


「おりますが、理由を伺っても?」

「神託を賜ったからだ。黒髪黒目の人物が魔王討伐の鍵を握ると」

「なんと! そうでしたか!」


 それは召喚される勇者の事ではないのか、とシュリスは思う。

 けれどシュリスの父には納得出来る話だった。何せゼルエダは、魔力暴走の結果とはいえ魔物を一掃した実績があるのだから。


「すぐに呼びましょう。きっとゼルエダが御告げの子です。シュリス、ゼルエダを連れてきなさい」

「……はい」


 きっと人違いです、それは勇者の事だと思います、なんて言えるはずもなく。シュリスは仕方なしにゼルエダの家へ向かう。

 人違いであっても、確かにゼルエダは強いし戦力にはなるだろう。でも戦地へ行ったら、無事に帰って来れる保証はない。ゼルエダが断ってくれないかと、シュリスはそれだけを願っていた。だが。


「君がゼルエダか」

「本当に真っ黒だな」


 自分の口からはとても詳細を言えず、ゼルエダにお客様が来ているとだけ告げて、シュリスはゼルエダを連れてきた。

 ローブを脱いで気まずげに佇むゼルエダに、神官たちは穏やかに語りかけた。


「ゼルエダ、君に頼みがある。世界を救ってくれないか」


 神官から神託の内容を聞いた瞬間のゼルエダを、シュリスは一生忘れないだろう。まるで何か希望を見出したかのように、ゼルエダの瞳に力がこもったように見えた。


「僕が役に立てるんですか。みんなを助けられるんですか」

「神の御告げに間違いはない。きっと君なのだと私たちは思っている」

「ま、待ってください!」


 このままでは、ゼルエダが連れて行かれてしまう。必死の思いで、シュリスは声を挟んだ。


「黒い髪と目の人が、他にもいないって言えるんですか? 絶対にゼルエダなんですか?」

「我々は御告げの子を世界中で探している。他にも見つかってる可能性はあるが、どちらにせよ見分けは付かないから彼にも来てもらいたい」

「でも、ゼルエダがいなくなったら村が困るんです。木こりがいなくなっちゃうし」


 言い募るシュリスを、村長が静かに嗜めた。


「シュリス、その心配は必要ない。次の木こりは早めに決めるし、それまでしばらくは村の者たちで手分けして薪を集めればいいんだから」

「でも」

「御告げには何を置いても従うべきだ。ゼルエダだってやる気なんだから、心配なのは分かるが聞き分けなさい」


 村長の言葉に、ゼルエダは真顔で頷く。シュリスが縋るように見つめても、ゼルエダの決意は変わらなかった。

 神官は柔和な笑みを浮かべて、シュリスに語りかけた。


「心配なら、シュリス。君も来るといい。さっきも言ったが、君には神に仕える素質がある。我々神官が使う神聖な魔法は知ってるかな。治癒魔法と呼ばれているが」

「知っています」

「それを君も使えるようになれば、ゼルエダを助けられる。それに魔王軍との戦いは厳しいのが現状でね。少しでも治癒魔法の使い手を増やしたいんだ。君も力を貸してくれないか」


 これが聖女になるきっかけなのかと、シュリスは苦々しく思った。きっとアルレクでも、ゼルエダは戦地へ向かったのだろう。その先でどうなったのかは、分からないけれど。

 だとしたら、やはり自分は行くべきなのかもしれない。そうすれば、ゼルエダが死なないようにする事も出来るはずだ。


 そうシュリスは思ったけれど、シュリスが答える前に村長とゼルエダが異を唱えた。


「神官様、申し訳ないが娘については少し考えさせていただけませんか」

「シュリスはダメなんです。シュリスがいなくなったら、次の村長がいなくなるから」

「えっ! 待って、わたし」

「シュリス、お前は黙っていなさい」


 ゼルエダがシュリスの口を塞ぎ、村長が遮るように声を挟んだ。


「神官様、実はゼルエダの言う通りなんです。この子はうちの一人娘でして」

「そうか。それなら仕方ない」


 結局、シュリスの意向を確認する事なく、ゼルエダだけが翌日に出発する事になった。村の皆に別れの挨拶をするよう村長に促され、ゼルエダはシュリスを連れて部屋を出る。

 自分は聖女になるはずなのに、ゼルエダだけが行くなんてどういう事なのか。シュリスはムッとして、ゼルエダと向かい合った。

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