8:アルレクの聖女
断片的な前世の記憶は、日中のふとした瞬間に思い出したり夢に見たりと様々だ。魔王復活の知らせを聞いた時はほんの一部しか思い出せなかったけれど、最後の鎮魂歌をプレイした記憶を、シュリスはそれから度々思い出すようになった。
アルレクでプレイヤーが操作する勇者は、男女どちらでも選べた。
魔王討伐の仲間であり恋愛対象となるキャラクターは総勢五十名を超える男女が個性豊かに取り揃えられていて、サブクエストさえこなせば何人でも仲間に出来たし戦闘パーティにも随時入れ替え可能。
さらに、ジェンダーレスな価値観に配慮したのか勇者の性別関係なしに男女どちらも恋愛攻略が可能だった。
その中でもメインストーリーで必ず仲間になるのが、男三人女三人の計六名だ。
男性は少し陰のある隻眼剣士と虎族の熱血武闘家、チャラいエルフの弓使い。女性がツンデレ賢者とロリ狐族の暗殺者、そして正統派聖女のシュリス。
聖女シュリスは神殿に属する神官で、回復魔法の使い手だ。一番最初に仲間になり、召喚されたばかりの勇者をチュートリアルからサポートしてくれる。
死者復活がなく、仲間が死んだら二度と復帰出来ない。プレイヤーが死んだら直前セーブから完全リスタートとなるアルレクで、瀕死の時にすかさず助けてくれる聖女シュリスは救いの神にも等しい。
髪や肌を隠す聖衣を身に纏い、励ましと共に向けられる優しい笑みは慈愛に溢れていて、男女問わずプレイヤーたちの心を奪ったものだ。
ゲームの世界に生まれ変わったなんて最初はなかなか受け入れられず、やっぱり勘違いではないかと思う事もあった。でも新たに記憶を思い出す度にアルレクの世界と酷似した部分に気づいてしまい、間違いないのだと認めざるを得ない。
そうして聖女に生まれ変わったのだと認めても、どうしてもシュリスは首を傾げてしまう。自分が正統派聖女だなんて到底思えない。特別な力はないし性格だって違うのに、と。
ハーフだから獣人族より魔力はあるはずだけれど、ハッキリ調べた事はないから分からない。神官になるだけで回復魔法を使えるようになるものなの? どのぐらい練習したら凄い怪我を一瞬で治せるようになるのかしら。
そもそも神官になるつもりなんて今の自分には全くないのに。そんな力はルッツォが死ぬ前に欲しかった。今頃聖女になれると気付いても遅すぎる。
もしゲーム通りに進むのだとしたら、ゲーム開始前のどこかの時点で神殿に行く事になるのだろうか。聖女シュリスのサブクエストで神殿に上がった経緯が話されていたはずだけれど、まだその記憶が出てこないから予測出来ない。
そして何より、ゼルエダがこの村にいたかどうか思い出せなくて不安に思う。勇者と同じ黒髪黒目のゼルエダがゲームにいたなら話題になりそうなのに。それともここはアルレクによく似ているだけであって、実は全く違う世界なのかしら?
ぐるぐる考えは巡るけれど、何一つ答えが出せない。
そもそも魔王討伐なんて過酷な旅に自分は付いていけるのだろうか。死んだらおしまいで、帰って来られないかもしれないのに。それを考えるとゾッとして身が竦んでしまう。
それに恋愛パートまで本当にあったら困った事になる。現実に召喚される勇者がどんな相手であれ靡くつもりはないけれど、言い寄られたら面倒だ。シュリスはゼルエダが好きなのだから。
けれどどんなに嫌でも自分がアルレクの聖女シュリスなら、ゲーム通りに進めないと魔王を倒せないのでは、とも思う。世界が滅ぼされたら元も子もないから、面倒でも怖くても行かなければならないだろう。
何せ五十人も仲間になるキャラがいるのに、回復魔法を使えるのは聖女シュリスだけなのだ。全く自覚はないし、仮に今すぐ神官になった所でそうなれる自信もないけれど。
そんな事を考えている間も日々は過ぎて。半年足らずで魔の軍勢は東の大陸へ上陸を果たし、その後ゲーベルン獣王国を攻め落とした。
人族や獣人族、エルフ族など全ての種族が集まった混成軍が、それ以上進ませないように応戦しているけれど、少しずつ押されているらしい。
その様はアルレクで描かれていた魔王軍との戦いの軌跡そのもので、ゆっくりではあるもののゲーム開始となるセルバ王国滅亡までジワジワと時が進んでいるように感じられる。
それでもまだ別大陸の話だからか、村人たちは対岸の火事を見るような気でいる。
対して町では、危機感を感じた国が兵を募り始めた事もあり様子が変わってきているのだろう、知らせを届けるロッチェだけは顔色が悪くなりつつある。
そうしてその様子を見ているシュリスも悩むのだ。
聖女になるために、今すぐにでも神殿へ行くべきか。ゲームの記憶を自分が持っているのは、何か意味があるのではないか。村娘として、黙ってのんびり過ごしていていいのだろうか。
そんな風だから、ゼルエダに気持ちを伝えようなんてシュリスは考える余裕がなかった。
二人の関係に何の進展もないままシュリスとゼルエダは十四歳となり、村に神官たちがやって来た。