7:ゲームそっくりの世界
「おーい、特報だ! ついに魔王が復活したらしい。魔大陸から魔物が溢れて、バスティアン王国が飲まれたってよ!」
大鷲族のロッチェが大声を張り上げながら村へ飛んで来たのは、薪を届けにいくついでにとゼルエダに家まで送ってもらっている時だった。
「魔王が復活?」
「バスティアン王国ってどこだ?」
「東の大陸のそのまた向こう、魔大陸に一番近い島国だってさ。それで次は大陸上陸を狙うはずだからって、島に一番近いゲーベルン獣王国が傭兵を集めているらしい」
魔物の上位種と言われている魔族は、魔王復活を狙って近年活動を活発化させていると噂だった。
その魔王が復活したのだから大事件といえる内容なのだが、町から知らせを持ち帰ったロッチェもそれを聞く村人たちもどこか他人事だ。
ガルニ村はのんびりとした田舎の村だ。ルッツォの死もあったため、村人たちも魔物の脅威は理解しているが魔王については話を聞いてもピンと来ない。
ここレカルド王国は、人の住む二つの大陸のうち魔大陸から離れた西大陸の片隅にあるから、余計に身近な事として捉えられないのだろう。
それでもこうした珍しい出来事は一種の娯楽のようなものにもなるから、大人たちは仕事の手を止めてロッチェを囲んでいた。
そしてその話は、シュリスにも遠い世界の出来事に思えた。
「魔王だなんて、まるでゲームみたいね」
思わずポロリとこぼれた言葉に、ゼルエダが目を瞬かせる。
「シュリス、ゲームって何?」
「え? えっと……何かしら?」
「何って、シュリスが言ったんだよ?」
「そうよね、あはは」
苦笑したゼルエダに、シュリスは曖昧に笑って誤魔化した。前世の記憶があるなんて話は、これまで誰にもしていない。どうせ話した所で信じてもらえないだろうから。
それよりも、ふと思い出したゲームについてシュリスは考え、ハッとした。
(うーん、困ったわね。今頃こんなことを思い出すなんて……)
獣人族やエルフ族、魔物もいるし魔法もある。前世を思い出してからというもの、この世界はずいぶんファンタジーで物語のようだとは常々思っていた。
けれど魔王が復活したと聞いて、さらにいえば魔大陸やバスティアン王国、ゲーベルン獣王国という地名を聞いて、初めて思い出したのだ。
そんな世界で魔王を倒すゲームがあった事を。
(まさか、ここってアルレクの世界なの?)
王道RPG「最後の鎮魂歌」――通称アルレク。
復活した魔王から世界を救うため、プレイヤーは召喚された勇者となって世界中にいる仲間を集めて戦いを挑むというVRRPGだ。
王道とはよく言ったもので、メインストーリーは何番煎じかと言われるようなありきたりなものだし、ソロプレイしか出来ない据え置き型の家庭用ゲームだった。
けれど現実と見紛う美麗なグラフィックに、脳波と連動させる事で座ったまま足先から指先の動きまで細かくコントロール出来る新型VRの操作性。
仲間はもちろん町や村のモブでさえ自律型のAIを搭載し、ストーリー展開に合わせてリアルな会話を楽しむ事が出来ると評判で。
さらにその自律AIを活用したサブ要素で仲間との恋愛シミュレーションまで楽しめると話題を呼び、ラノベなどで描かれるVRMMOの実現に限りなく近づいたと言われるゲームだった。
そんな大人から子どもまで世界中を巻き込んで大人気となったこのゲームを、前世のシュリスも楽しんでいたのだ。
けれどそれだけなら、ゲームの世界に転生してしまったのかと思うだけで済んだだろう。問題は、この所既視感を覚えていた自身についてだった。
(私が聖女様でヒロインの一人とか……。ないわ)
なぜ今まで気が付かなかったのか、思い出さなかったのか。いや、思い出した所でどうしようもないのだけれど、現実逃避もしたくなる。
けれどレカルド王国出身のシュリスという名の聖女が、確実にアルレクには出てきたのだ。どれだけ考えても、パッケージに描かれていた聖女の顔はもう少し大人になった自分自身だ。
そして村を見渡してみれば、聖女のサブクエストで訪ねた彼女の故郷そのままで。シュリスは内心、頭を抱えた。
「シュリス、どうしたの? 具合悪い?」
「あ……ううん、大丈夫」
「もしかして、さっきの話で怖くなった?」
シュリスはうっかりしていたが、今はゼルエダと歩いていたのだ。自然と足が遅くなり、顔まで青ざめているシュリスの様子を見て、ゼルエダは心配そうにシュリスの両手を握った。
「シュリス。僕も村を守れるように頑張るから、安心して」
「ゼルエダ……」
「僕なんかじゃ頼りないと思うけど……。あの時より、少しは強くなってるはずなんだ」
一年前のあの一件以来、たった一名だけとはいえ村長は常駐の兵士を雇うようにしたし、森の魔物を間引くよう時折冒険者へ依頼も出している。
けれど、ルッツォを救えなかった事を今も悔いているゼルエダは、木こりの仕事をしながら魔法の練習を続けていた。誰に言われたわけでもないのに、もしまた同じ事が起きても対処出来るようにと努力を続けているのだ。
「ううん、頼りないなんてことないよ。ありがとう、ゼルエダ」
「うん……」
シュリスとしては、あまりゼルエダが無理をするのも心配だ。それでもこうして気遣ってもらえるのは嬉しくて、素直に礼を言う。
ただ胸の内では、どうにも嫌な予感が拭えなかった。
(聖女シュリスって、どうして聖女になったんだった? 聖女の故郷にゼルエダみたいな人はいた……?)
思い出せる前世の記憶は断片的で、肝心な所が分からない。前世の自分はアルレクを相当やり込んでいたはずなのに。
(とにかく思い出した事は全部書き出しておくべきよね。ゲームが始まるまでは、まだ時間がありそうだし)
自分の成長具合から考えて、早くて二年、遅くて三年ぐらいはゲーム開始まで余裕がありそうだ。
そう考えながら、聖女になるのなら自分はそう遠くないうちにこの村を出る事になるのかもしれないと、シュリスは思った。