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勇者召喚の生贄〜転生聖女は幼馴染を救いたい  作者: 春日千夜
最終章 愛し愛される者
65/66

65:二人の選択

「村に戻らない? なぜそんな……」


 村長は顔を顰めたが、ハッとした様子で言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。


「……ゼルエダのためか?」


 苦しげに顔を歪め村長がボソリと呟くと、シュリスの母親は青ざめた顔でゼルエダに問いかけた。


「そんなにこの村が嫌なの?」

「いえ、そういうわけではなく……」

「お母さん、私が嫌なのよ」


 シュリスはゼルエダを庇って声を挟む。実際ゼルエダは、大神殿に後ろ盾に付いてもらってガルニ村で暮らそうかと言ってくれたが、それをシュリスは止めていた。


「魔王を倒してから、どこに行ってもみんなゼルエダを異様に歓迎するわ。前とは真逆で気持ち悪いぐらいに」


 黒髪黒目を理由に忌避される事はなくなったけれど、今度は擦り寄る者ばかりになった。純粋な尊敬を向けてくれるなら良いけれど、ほとんどはゼルエダの力を目当てに近づこうとする者ばかりだ。

 そんな人々の事が、シュリスはどうしても許せなかった。


「村のみんなも、今ならゼルエダと親しくしてくれると思う。でも私はそれが嫌なの。ゼルエダを利用するようなことを、誰にも許したくないのよ」


 勇者と聖女がいるとなれば、きっとガルニ村は発展していくだろう。けれどそこには楽しい事ばかりではなく、面倒な事や嫌な事もたくさんあるはずだ。

 特にゼルエダは、少しでも期待と違う事があればまた手のひらを返される可能性だってある。勇者という存在もまた、普通とは違う異質なものなのだから。

 そんな事を我慢してまで留まる価値がこの村にあるとは、シュリスにはどうしても思えない。


 そうシュリスが話すと、母親はショックを受けた様子でフラついた。その肩を支えながら、村長は苦しげに声を漏らした。


「しかし……村を出てどうするつもりなんだ」

「もう一度魔大陸へ行くつもりよ。まだまだやることはたくさんあるもの」


 魔王と魔族を倒した事で、混成軍の多くは魔大陸から引き上げ始めている。まだ残る瘴気の浄化には神官たちが派遣される事になっているが、その護衛や魔物討伐は冒険者たちが携わる事になるだろう。けれどそれでは、もう一度人が住めるようになるまで何十年かかるか分からない。

 それに、魔族はもう生まれないと神は約束してくれたが、瘴気は人の欲望や負の感情で出来ている。平和になったはずの世界で、今後もし人同士の争いが起きたとしたら、魔大陸の瘴気に影響が出ないとも限らない。


 神使のローブを失った事で、シュリスに出来る事はずっと少なくなってしまったけれど、それでも魔大陸で戦えるだけの力はある。

 魔王を倒して聖女とまで呼ばれるのなら、最後まで責任を持って魔大陸浄化に携わり、少しでも早く清らかな大地を取り戻したいとシュリスは思っていた。


 けれど、やはりというべきか村長は反対の声を上げた。


「せっかく帰ってきたのに、また危険な場所に行くなんて許せるはずがないだろう! ゼルエダ、君もなぜ止めてくれないんだ!」

「すみません、村長。でも、僕はいつだってシュリスの味方でいたいんです」


 ゼルエダはシュリスの想いに賛同してくれていた。シュリスがしたい事に全面的に協力すると、どこに行くにも一緒だと言ってくれた。

 大神殿は後ろ盾に付いてくれるだろうが、魔大陸なら他国の思惑など関係ない。今のゼルエダにとって魔物を倒すのは雑作もない事だし、余計な事に煩わされる心配もないから、反対する理由もなかった。


「お父さんたちに反対されても、私は村に残らないわ。もう決めたの」

「シュリス!」


 シュリスと両親の気持ちは平行線で、このまま喧嘩別れになるかもしれないとシュリスは覚悟していた。

 そんな中、不意に部屋の扉が叩かれ、唐突に開かれた。


「村長、勝手にお邪魔してすみません。ゼルエダの家の掃除終わりました」

「ロッチェ……」


 一応玄関でノックをしたが、誰も出てこない上に言い争う声が聞こえたから、勝手に入ったのだとロッチェは肩をすくめた。気まずい空気が流れ、睨み合いは一時中断となる。

 漏れ聞こえた声で話の内容も概ね分かっているだろうに、ロッチェは飄々とした態度だ。そんなロッチェを村長はさっさと帰そうとしたが、ロッチェは食い下がった。


「俺が邪魔なのは分かってるんですけど、せっかくなので俺も一言いいですか?」

「なんだ?」

「シュリスたちの自由にしてやった方がいいですよ。どうせシュリスは、何を言っても聞かないのは村長だって知ってますよね?」


 すでに一度、書き置き一つ残して家を出たシュリスだ。嫌でも分かる話に村長は顔を歪める。


「それに俺が言うのもなんですが、二人が村にいたくないって気持ちも分かるんです。今はみんな浮かれてゼルエダを村の誇りだとか言ってますけど、村の連中は調子が良い奴ばかりだ。不安に思われて当然じゃないですか。だから責めるなら、ゼルエダじゃなく俺たちにしてください。ゼルエダを追い詰めたのは、俺たち村の人間なので」


 ロッチェの真摯な言葉に、シュリスの母親はさめざめと泣き出し、村長は苦しげに口を閉じた。


 昔からロッチェがゼルエダを虐めていた事を二人も知っていた。村から孤立していた事も知っていたが、村長夫妻は積極的に介入しようとはしなかった。養父となったルッツォに全て丸投げして、お節介を焼くシュリスを黙認していただけだ。

 ダービエたちが御告げを理由にゼルエダを連れて行こうとした時も、二度と帰ってこないかもしれないと思いつつ一度も引き止めようとしなかった。むしろゼルエダからシュリスを引き離す良い機会だとすら考えていた。


 そんな自分たちの所業が、どれだけゼルエダを傷付けシュリスを怒らせたのか。それを薄々感じていた二人は、ロッチェの言葉を無視出来なかった。


「……分かった」

「お父さん?」

「溢れた水は戻せない。私たちに出来るのは、見送ることだけなんだな」


 痛いほどの沈黙は、ため息と共に吐き出された村長の呟きで破られた。

 母親のすすり泣きが一層酷くなり、その背を宥めつつ村長は諦念の目をゼルエダに向けた。


「ゼルエダ。シュリスのことを頼めるかな」

「はい。もちろんです」

「必ず幸せにしてやってほしい」


 じっと見つめる村長に、ゼルエダは微笑んで頷いた。


「はい、約束します。ただ、たまには顔を出してもいいですか?」

「……顔を出す?」

「僕たちは魔大陸に行きますけど、二度と帰らないわけじゃないんです。いつでも来れるので」


 魔大陸とガルニ村は普通なら行き来に一年かかるほど距離が離れているが、ゼルエダの転移魔法なら十日とかからない。

 そう話したゼルエダに、シュリスも頬を染めて言葉を継いだ。


「孫だってちゃんと見せに来るわ。ただ、この村に住む気はないの。それだけよ」


 魔大陸の浄化に目処が付けば、ゼルエダとシュリスは結婚するのだからいずれ子を授かる事だってあるだろう。

 シュリスがそう言うと母親の涙の種類が変わり、村長は目を見開いた。


「また帰ってきてくれるのか……」

「当たり前でしょう? 家族なんだから。それとも、お父さんたちはこんな家出娘なんてもう嫌になった?」

「そんなこと、あるわけないだろう! シュリス、ゼルエダ……本当に済まなかった。またいつでも帰ってきてくれ。シュリスの部屋もゼルエダの家も、ちゃんと残しておくから」

「お父さん……ありがとう」


 涙を滲ませた父親の姿に、シュリスはホッとして微笑んだ。

 そんな二人を柔らかな瞳で眺めつつ、ゼルエダはロッチェに声をかけた。


「ロッチェ、ありがとう」

「礼なんか言うなよ。気持ち悪い」

「うん、でもありがとう。それに僕、そこまでロッチェや村のみんなのこと嫌いじゃなかったよ」

「……馬鹿じゃねえの? そんなお人好しで、シュリスに迷惑かけるなよ」

「分かってる。シュリスはちゃんと守るよ」


 シュリスとゼルエダは旅立つ前、ルッツォの墓に立ち寄って結婚の報告をした。

 同行した村長夫妻とロッチェは初めて経験する転移魔法に驚き、ゼルエダの力の大きさを改めて実感した様子だった。これなら娘も安全に里帰り出来ると、村長夫妻は安堵の表情を浮かべる。


 そうして三人に見送られ、シュリスたちはまた転移魔法で村を後にした。

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