64:帰郷
今後どうするかをしっかり話し合ったシュリスとゼルエダは、仲間たちとセルバ王国で別れ、一度故郷のガルニ村へ帰る事にした。
馬や船を使えば半年もかかる道のりだけれど、今は転移魔法がある。魔王も倒したゼルエダの魔力量は凄まじく増えており、シュリスと二人だけなら国を跨いだ長距離転移も可能だ。西大陸の端まで行けば、東大陸との間を隔てる広大な海ですら一度で飛ぶ事が出来た。
そうしてセルバを出て僅か数日で、二人はガルニ村の端にあるゼルエダの家の前に立った。
無人のまま二年近く放置されていたはずだから、どんな風に荒れているかと心配だったけれどそれは杞憂に終わり、代わりに予想外の出来事に驚いてしまう。
丸太作りの小さな家の玄関扉は開け放たれていて、中で掃除をしていた大鷲族のロッチェが、突然現れた二人を見て箒を投げ出し奇声を上げたから。
「うわっ! お前ら、何だ⁉︎ ……って、シュリスとゼルエダ? 俺は幻覚でも見てるのか……?」
尻餅までついて、大きな翼をピルピルと震わせているロッチェに、ゼルエダは苦笑しながら手を差し出した。
「ううん、僕たちは本物だよ。久しぶり、ロッチェ」
「あ、ああ……」
村にいた頃のゼルエダは積極的にロッチェと関わろうとしなかったのに、今は真っ直ぐにロッチェを見つめて手を掴み、引き上げる。
その力強い手の感触にハッとした様子で、ロッチェが気まずげに目を逸らした。
「帰ってきたのか……」
「うん。魔王も倒したから」
「知ってるよ。俺が村のみんなに知らせてたんだから。お告げ通りお前が勇者で、シュリスも聖女になったんだろ? お前ら、あの時言ってたこと本当にやり切ったんだな」
顔は悔しげに歪められているけれど、どこかホッとした様子でロッチェは言った。
シュリスがゼルエダを追いかけて村を出た際、ロッチェは隣町まで追いかけてきた。三人が会ったのはその時以来だが、最後に話した時の事をロッチェはしっかり覚えていたらしい。
その時、ロッチェはシュリスだけを連れ帰ろうとしていたのに、わざわざゼルエダの家を掃除しているとは思わなかった。
「僕の家、見ていてくれたの? ありがとう」
「べ、別に俺がしたくてしていたわけじゃねえよ! ただお前らは魔王を倒したし、そのうち帰ってくるだろうからって村長が」
「そっか。村長のおかげなんだ。でも、ありがとう。大変だったでしょ?」
「そうでもねえよ。こんな小さな家、どうってことない」
ロッチェはこんな事を言ったが、家の周りの雑草も綺麗に取り除かれているし、昔シュリスがゼルエダのためにと植えた花なども元気に咲いている。家の中も埃ひとつないから、ロッチェが定期的に手を入れていた事は明白だ。
けれどそれに言及する必要はないだろう。ロッチェが照れ隠しに濁そうとしているのも丸分かりなのだから。
「村長に会いに行ってやれよ。待ってるぞ、シュリスのこと」
「そうね。ありがとう」
ゼルエダには憎まれ口を叩いていたロッチェも、シュリスには柔らかな笑みを向けていた。そこには昔あったような好意の色は微塵も感じられず、代わりに確かな感心と尊敬の念が込められている。
小さな頃はゼルエダを虐めていた事もあったロッチェだから、その気持ちを素直に表に出したりはしないが、魔王討伐を果たした二人の事をきちんと認めてくれたのだろう。
本音を言えばもう少しロッチェと話していたかったけれど、片付けを終えたら自分も行くとロッチェは言うから、二人は先にシュリスの家へ向かう。これも転移魔法で一瞬だから、村の誰の目にも止まらない。
懐かしい家の前で、シュリスは一つ深呼吸して扉を叩く。程なくして出てきた母親が、シュリスを見て歓声を上げた。
「シュリス! あなた、シュリスよ!」
「シュリス……! よく帰ってきたな!」
置き手紙だけを残して出ていったのだから、シュリスは叱責される事も覚悟していたのだが。二人は娘の無事を心から喜んで抱擁を交わし、魔王を倒したゼルエダの事も歓迎した。
「ゼルエダも、本当にありがとう。お前たちは村の誇りだ」
「そうよ。帰ってくるのをみんな待ってたのよ」
ロッチェの言う通り、村のみんなには勇者と聖女の活躍が知れ渡っているようだ。しかしその内容は端的なものでしかなく、実際にどうだったのかを二人は聞きたがった。
居間に通され、二年ぶりに母親の手作りお菓子やお茶を口にしながら、これまでの様々な話をシュリスたちは語る。
一通り話し終えたシュリスは、ニコニコと笑みを浮かべる両親に緊張した面持ちで本題を切り出した。
「あのね、お父さん、お母さん。実は話したいことがあるの」
頬をほんのりと染める娘の姿に、感じるものがあったのだろう。少しの期待に目を輝かせる村長夫妻を前に、ゼルエダが神妙に口を開いた。
「村長、奥様。実は僕たちは今、お付き合いをさせてもらっています。シュリスとの結婚をお許し頂けませんか」
「もちろん許すよ。ゼルエダなら、シュリスだけでなく村のことも安心して任せられる」
満面の笑みを浮かべ、村長は頷く。
これまでも村長はゼルエダを蔑ろにしたりはしなかったが、特別良く思っていたわけでもなく、シュリスが気に入っているから見守っていただけだった。だが、ゼルエダが勇者となった事でその評価も大きく変わった。
シュリスがいなくなった後、親戚から跡取りとして養子を迎える事も考えたが、シュリスたちの活躍を聞くようになり思い留まっていた。いつか二人が帰ってきたら、きっとゼルエダを婿に迎える事になると確信していたからだ。
けれど、ここからがシュリスとゼルエダの一番話したかった事だった。
「お父さん、それなんだけど。私とゼルエダは、村には戻らないことにしたの」




