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6:二人の想い

 前世の記憶があっても、シュリスに出来る事は驚くほど少なかった。断片的にしか思い出せないとはいえ日本がどれだけ高度な文明を持っていたかは分かるのに、どうやらシュリスの前世は医者でも看護師でもなかったようで、ルッツォのために何も出来なかった事が悔しい。

 とはいえどれだけ嘆いても、死者を生き返らせる事は出来ない。シュリスに出来るのは、憔悴するゼルエダに寄り添う事だけだった。


 ルッツォの死と魔物の襲撃は、村民たちにも衝撃を与えた。シュリスの父はすぐに領主と連絡を取り、森の異変について調べを進めていった。

 領主が派遣してくれた騎士たちと町の冒険者ギルドからやって来た上級冒険者たちの調査の結果、見慣れない魔物は魔族が連れてきたものではないかと結論付けられた。


「最近は魔族の被害がどんどん増えているそうだ。この村が助かったのは、ゼルエダとルッツォのおかげだよ」


 ルッツォの葬儀は村人総出で行われた。ゼルエダにとっては何の慰めにもならなかったが、この一件で身体を張って村を救った事から、ゼルエダに対して拒否感を露わにする者は村から消えた。

 むしろ大人たちの中には、積極的にゼルエダを手助けするような者も出てきた。


 ゼルエダはまだ十二歳の人族で、早めに成長期が来ているもののハーフや獣人族の村人たちからすればまだまだ小さい。

 それでもゼルエダにも生活があり、木こりだったルッツォの仕事を引き継ぐ必要がある。支えてくれるという村人たちの申し出は、ゼルエダにとって有難いものだった。


 ルッツォを失った悲しみは未だ癒えていないものの、ゼルエダは少しずつ動き出す。そうしてシュリスや友人たちの慰めもあり、ゼルエダは仕事に打ち込む事で辛さを克服していった。




 ゼルエダが本格的に木こりとして働き始めると、シュリスと遊ぶ時間はほとんどなくなってしまった。けれどシュリスは変わらずにゼルエダの家を訪ね、料理を作ったり掃除をしたりと細かな世話を焼く。

 この頃のシュリスは、ゼルエダに対して友情以上の気持ちを抱いていると自覚し始めていた。


 日本を思い出させるゼルエダの黒髪黒目はもちろん好きだけれど、物静かで努力家な所は凄いと思うし、悲しみを乗り越え一人で立とうとする姿には胸を打たれる。

 辛い事をあまり口に出さないのを見ていると、自分にぐらい甘えてくれてもいいのにと思う。

 前世の記憶がある分、精神年齢が上だからそんな事を思うのかと考えたけれど、村の少年たちはただ馬鹿っぽいとしか思えないから、きっとこの庇護欲のような母性本能をくすぐられる気持ちはゼルエダ限定だろう。


 日本と違ってこちらの世界では、十六歳で成人となる。結婚はそこからさらに数年経ち、仕事に慣れてからする者が多いとはいえ、十歳を過ぎれば結婚を意識して相手を探し始めるのが普通だ。

 必要に駆られて村内へ行くようになったゼルエダは、未だ全身をローブで覆っているが、その素顔がかなりの美形である事をシュリスは知っている。

 その上、今のゼルエダは村の英雄になっているのだ。他の少女たちに目をつけられる前に、少しでも自分を売り込んでおこうと考えていた。


 一方でゼルエダは、そんなシュリスの思惑など関係なく淡い恋心を温めていた。

 ゼルエダにとって、シュリスは最初から親しくしてくれた特別な相手だ。シュリスがわざわざ家事の手伝いなどしなくても、とっくの昔に意識している。

 台所に立つシュリスの姿を見て、毎日彼女がこの家にいてくれたらどれだけ幸せかとゼルエダは思う。けれど、決してそれを口にはしない。


 今でこそ村人たちは自分を受け入れてくれているが、それがいつまで続くのかは分からない。ルッツォを助けたくて暴走してしまった魔力は、森の一部を削り取ってしまった。

 調べが終わるまで付近は立ち入り禁止になっていたから、様変わりした光景がゼルエダの手によるものだと村人たちは知らない。

 もしあれを自分がしたのだと知られたら怯えられないだろうか。シュリスはきっと変わらずに親しくしてくれるだろうが、彼女は次期村長となる身だ。自分がシュリスのそばにいてもいいものなのか、ゼルエダには分からない。


 ただそれでも、ゼルエダはシュリスと共にいたいと思った。どんな形でもいいから、彼女の役に立ちたいと願った。

 そもそも、木こりを継ぐと決めたのも少しでもシュリスと共にいるためなのだ。魔物の襲撃を退けた事で、騎士や冒険者たちから共に行かないかと誘いも受けたけれど、ゼルエダはそれを断ってガルニ村に残っていた。


 そんな口に出せない二人の想いは、本人たちは必死に隠していたけれど、側から見れば明らかで相思相愛に他ならない。

 シュリスの両親や親しい友人たちは、さっさとくっ付いてしまえばいいのにと思ったりもしたが、他人が口を挟むのは野暮というものだろう。

 幸い二人はまだ十二歳で成人まで時間はある。ゆっくり気持ちを深めていけばいいと、皆はただ黙って見守る事にした。まさかシュリスたちの成人を待てなくなるとは、この時は誰も思わなかったから。




 それから一年が経ち、シュリスとゼルエダが十三歳を過ぎた頃。シュリスは鏡に映る自分の姿がどうにも気になっていた。

 成長と共に体は女性らしい丸みを帯び始め、顔つきも幼さから抜け出しつつあるその姿に不思議と既視感を感じるのだ。

 生まれてからずっと付き合ってる顔と体なのだから覚えがあって当然だと思うけれど、自分の姿として知っているのではなく全く違う何かと同じように見える、という不思議な感覚に囚われていた。


 その奇妙な既視感の正体は、魔王復活の知らせが村に飛び込んで来た事でハッキリと分かった。

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