59:目覚めた後
「んん……」
「シュリス! 気が付いた⁉︎」
シュリスが目を覚ますと、目の前に窶れたゼルエダの顔があった。今にも泣きそうなその顔を見て、前にもこんな事があったなと思い出す。
海底神殿で倒れた時、もう二度とゼルエダを泣かせたくないと思ったのに、魔王城では龍一の攻撃を代わりに受けてしまい、ゼルエダを危うく魔族にしてしまう所だった。
そして今は、魔力が枯渇したとはいえ再び倒れてしまったのだ。心配をかけてしまったと、シュリスはそっとゼルエダの頭を抱きしめた。
「えっ……シュリス⁉︎」
「大丈夫よ、私は大丈夫。ごめんね、心配かけて」
「……っ、うん」
固まってしまったゼルエダの頭をそっと撫でつつ辺りを見てみれば、いつの間にやら魔王城ではない場所に運ばれていた事に気が付いた。
どこか安全な部屋にいるようで、自分が寝ているのも硬い床などではなく柔らかなベッドだ。ふと目を落とせば黒髪から覗くゼルエダの耳が真っ赤に染まっていて、自分の行動が女性として些か問題がある事に思い至った。
「あっ、ごめんっ!」
「……ううん。その、僕こそごめん」
「えっと……ここってどこなの?」
「バスティアン王国の神殿だよ。みんなはまだ魔王城の周りで残党狩りに加わってる」
互いに気恥ずかしく思いながらも、ゼルエダはベッドそばの椅子に腰を下ろし、シュリスはそのまま上体を起こす。
ゼルエダはシュリスから目を逸らしたまま、現状を話してくれた。
気を失い倒れたシュリスを見て、ゼルエダはまたしても不安に駆られたが、もう勘違いはしないと決めたから取り乱す事はなかった。
エルメリーゼが魔力枯渇で倒れただけだと判断したものの、一度受けていた怪我もある。念のためにと、皆に後処理を任せてゼルエダはシュリスをこの神殿まで運んだらしい。
シュリスたちが魔大陸攻略を進める間、前線基地となっていたバスティアン王国は急ピッチで復旧が進められており、負傷兵の治療を担う神殿の補修も最優先で行われていた。
そのためこれだけしっかりとした部屋で、シュリスを寝かせる事が出来たというわけだ。
けれど、外傷は見当たらないのにシュリスはいつまでも目を覚さない。体温も魔力枯渇を示すように低いままで、魔力を回復させる魔法薬も使われたが、改善は見られなかった。
そんなシュリスの事がゼルエダは心配で堪らず、ずっとシュリスの手を握り、自分の魔力を与え続けていたらしい。
「もうあれから三日も経ってるんだ。全然目を覚さないから、本当に心配したよ」
「それは……ごめんね。実は神様と会ってきたの」
「神様?」
ポカンとするゼルエダにシュリスは話をしようとしたが、眠り続けていた体はさすがに乾いていた。小さく咳き込んだシュリスにハッとして、ゼルエダは立ち上がった。
「とりあえず水を飲んで。食事もちゃんと取って、あと神官にも見てもらおう」
結局、ゼルエダときちんと話が出来たのは、次の日になってからだった。互いにきちんと身なりを整えて、二人はバスティアン王国の端、海の向こうに魔大陸を見渡せる海岸の岩場に並んで腰を下ろす。
数ヶ月前、バスティアン王国を解放した時には禍々しい黒雲に覆われていた魔大陸は、今は清々しいほどの青空の下にある。その清涼な風景に、本当に魔王を倒せたのだと実感が込み上げた。
「ちゃんと終わったのね」
「うん。魔王城には、もう魔物もいないって。あの火山近辺も、今は浄化魔法陣を敷けたらしいよ。みんなも今夜辺り帰ってくるんじゃないかな」
「そうなのね」
「それで、神様って?」
神との対話について全てを語るとなると、シュリスの前世についても言わなくてはならない。これまでそれをゼルエダに告げずにいたのは最初は信じてもらえないと思ったからだが、魔王討伐に出かける事になってからは余計な心配をかけたくなかったからでもある。
けれど、ゼルエダは真の勇者だったと分かり魔王も消えた今、もう何の心配もいらないだろう。
そもそもは、神が異世界人に伝えたイメージが元で、アルレクは作られていたのだ。この世界が似ているのではなく、アルレクの方が似せて作られた物語だった。その内容を知られたとしても、アルレクに登場しなかったゼルエダの存在を否定する事にはならないから。
「この世界を作った神様から、全ての話を聞いてきたの。魔王や魔物、瘴気のことも、勇者や聖女のことも」
シュリスは神から聞いた話を包み隠さずゼルエダに話した。元は自分が異世界人だった事や、転生した事も含めて全てだ。
ゼルエダがどんな反応を示すのか、こんな突拍子もない話を信じてもらえるのか。ほんの少し怖くもあったけれど、それは杞憂に終わった。
「シュリスは辛くなかった?」
「え?」
「違う世界で死んだ記憶があるんだよね? 前の人生での家族や友人の記憶もあるなら、寂しくなったりしなかった?」
何よりもシュリスの事を考えて、ゼルエダは心配そうに顔を歪める。それが嬉しくて胸が痛くて、シュリスは微笑んで頭を振った。




