57:最後の戦い
「僕はどうしたらいい? 必要なことは何でもするよ」
シュリスの言葉を聞いて、ゼルエダは誓いを告げるように繋いだ手にギュッと力を込めた。先ほどまで絶望に囚われていたゼルエダの姿は、もうどこにもない。
ゼルエダ自身、全て自分のせいだという後ろ向きな考えは瘴気に侵されていたから陥っていたのだと、今なら分かる。シュリスが死んだと思い込み揺らいでしまったが、この二年近くの経験はきちんとゼルエダの糧になっていたのだ。
とはいえ心の隙間につけ込まれてしまったのは事実で、愚かだったと思う。もう何があっても諦めないし、魔の囁きに堕ちたりもしない。二度と同じ轍は踏まないと、ゼルエダはこれまで以上に強くあろうと心に決めていた。
そんなゼルエダの覚悟を見てとって、シュリスは頼もしく思った。
「ゼルエダは魔王の成れの果てを勇者の剣で斬って。龍一さんも手伝ってくれるはずだから」
「リューイチ?」
「龍一さんは、前の勇者よ。前の聖女も私に手を貸してくれるの。……みんなはその援護を。私は魔王ごと、この城を浄化します」
「分かった」
ファルテから伝えられた神託は、全てに決着を付ける方法だった。
瘴気があまりに濃すぎる魔王城では、浄化の魔法陣も神聖結界も長くは持たない。そのため特別な魔法を、ファルテと協力して使うよう神は授けてきた。
神の力を直接借り受けて行使するその魔法は、たった一度しか使う事が出来ない。タイミングを見誤らないよう注意する必要があるが、ゼルエダや皆がいるからきっと出来るとシュリスは自身に喝を入れた。
前の勇者と聖女という突然の話にゼルエダは驚いたものの、手にした剣から感じる物があったから素直に頷いた。
話を聞いていた仲間たちも、一様に頷いた。
「よし、周りの魔物は俺たちに任せろ」
「ああ、一匹残らず消してやる」
「ん、ソラも頑張る」
「ありがとう、みんな。今度こそ、魔王を倒そう!」
「おう!」
勇者の剣を構え、ゼルエダが駆け出していく。レグルスとトリスタン、ソラがそれぞれに武器を手にし周囲から襲い来る魔物たちに向かっていく。
リーバルも瞳に闘志を滾らせて化け物となった魔王の成れの果てを見据え、弓を引き絞る。エルメリーゼが皆に補助魔法を重ねがけし、ラルクスは剣を手に攻撃に加わった。
シュリスも補助や治癒の神聖魔法で仲間たちを援護しつつ見守るが、魔物をどれだけ倒しても魔王の元へはなかなか近づけない様子だ。
魔王は濃密な瘴気で何重にも障壁を作り、遠隔攻撃を受け付けない。そして手前には、無数の魔物が常に生み出されている上に、魔王自身が触手を伸ばし瘴気を纏った一撃を叩き込んで来るのだ。
「困ったわね。さっきより強くなってるんじゃないかしら」
シュリスと共に結界内に留まり、攻撃魔法を放つエルメリーゼが顔を顰める。
すると不意にリーバルの弓が、キラリと光った。
「これは……ラルク!」
「精霊か⁉︎ エル、俺たちに合わせろ! 道を開く!」
「了解!」
リーバルの弓には精霊の加護が宿っており、エルフ族には精霊の姿が見える。リーバルとラルクスの目には、弓から現れた精霊の光が、障壁の細かな穴を指し示す様が見えていた。
エルフ二人と賢者の合わせ技で、精霊の示した箇所へ強烈な一撃を叩き込むと一気に障壁が砕け散る。
その瞬間、ゼルエダは飛び出していた。
「これで終わりだぁぁぁ! ――神威降臨斬!」
魔王の成れの果てとの距離を詰め、ゼルエダは思い切り勇者の剣を振り下ろす。その一撃は、剣に宿る前の勇者龍一と力を合わせたものだ。
同時に凄まじい光が玉座の間に走り、それに合わせてシュリスも両手を組み、全ての魔力を放出した。
「聞け、縁を失いし魔の者たちよ。我は神に代わり力を行使する者。嘆きと悲しみに満ちた苦難の時は今この時、神の復活と共に終わりを告げる。解放の時は来たれり。この地にある全ての者に赦しと安らぎを――天上の鎮魂歌!」
神使のローブに宿る前聖女ファルテと力を合わせて放たれた、膨大な光の渦が魔王城全体を包み込む。
ゼルエダが叩き斬った魔王の成れの果てはもちろん、無数の魔物たちも瘴気ごと光は全てを飲み込み、跡形もなく消し去っていった。
シュリスは真白に染まる視界の中で、龍一とファルテの魂が笑顔で手を振って消えていったような気がした。




