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55:瘴気の中で

 濃密な瘴気の嵐は視界を暗闇で遮り手足を絡め取って、容赦なく息の根を止めようとしてくる。何の対策も取らない生身では、とても生きていられないだろう。


 聖結界に入れず吹き飛ばされた仲間たちには、魔王戦の最中に瘴気を弾く神聖魔法をかけてあったが、それが切れるのも時間の問題だ。彼らの姿は見えないけれど、その神聖魔法の名残を頼りにシュリスは魔法をかけ直しつつ前へ進む。

 足下の石床は激しい戦いで損傷している上に、瘴気が絡み付いてくるから一歩一歩は遅い。体全体に強い圧もかかっているから、シュリスでなければ動けないだろう。それでも彼らの生命を最低限守る事は出来るはずだ。


 なぜこんな中でもシュリスが動けるのかといえば、神使のローブを通して三千年前の聖女ファルテが力を貸してくれているからだ。そして三千年前の勇者である龍一は、ゼルエダの持つ勇者の剣を通して力を貸してくれている。

 約束通り、龍一とファルテはゼルエダの元へシュリスを導こうとしている。瘴気嵐の向こう側に確かに見える勇者の剣の強い光を頼りに、シュリスはとにかく足を進めた。




 一方その頃ゼルエダは、深い絶望に囚われていた。自分の目の前でシュリスが倒れ、怒りのままに元凶となった青年を叩き斬ったが、それでもゼルエダの心は何一つ晴れなかったのだ。


(僕はどうしていつも守れないんだ……)


 ゼルエダの心を埋め尽くすのは、自身に対する怒りと嘆きだった。思い出したくもないのに、ゼルエダの脳裏には辛く悲しい出来事が浮かび上がる。


 黒髪黒目の自分を両親は愛してくれたけれど、自分がいたから愛する両親は行商人として放浪の生活を余儀なくされた。その上、彼らは盗賊からゼルエダを守って死んでしまった。自分さえいなければと、ゼルエダが一番最初に思ったのはこの時だった。


 そして養父ルッツォの元で育ててもらったのに、彼もまた魔物に襲われゼルエダの目の前で死んでいった。狩りの仕方も覚え始め、それなりに自信をつけ始めた矢先に起きたそれは、ゼルエダが自身の無力さを痛感する出来事だった。


 そんな自分にも役割が出来たと思ったのが、ダービエたちに神託を告げられた時だった。両親と養父の命を犠牲にして生き残った理由を、ゼルエダは見出して身を委ねる事にしたのだ。

 それが本当は生贄なのだとシュリスに教えられ、泣いて引き止められた事は自分が求められているようで嬉しかったけれど、その時のゼルエダは自分にそこまでの価値があるとは思えなかった。だから自分に出来る形で、シュリスのために身を捧げようと決めた。


 そうして村を飛び出した結果、シュリスまで付いてきてしまった。その後は生贄が必要がないと分かり、勇者とまで呼ばれるようになって少しずつ自信がつき始めた。

 生きていてもいいと、ようやく自分で許す事が出来るようになったのだ。シュリスとの未来だって夢に見るようになった。


 けれど結果は、シュリスまで失う事になった。自分にもっと力があれば、こんな事にはならなかった。

 なぜ自分は勇者などと浮かれてこの場へ来てしまったのか。ゼルエダの後悔は止まらない。


 そもそも魔王との戦いにシュリスを連れてくるべきではなかった。自分が村を出ようとしなければ、シュリスは今でも村にいたのではないか。

 シュリスがいなければ魔王城までたどり着く事すら出来なかったのかもしれないけれど、混成軍と賢者はいたのだ。無理に村を出なくても、いつか誰かが魔王を止めてくれたかもしれない。

 だとすれば、シュリスが村を出るきっかけを作った自分が全ての元凶だ。自分さえいなければ、シュリスは死ななかった。両親もルッツォも、みんな元気で生きていられた。


 そんな取り留めもない思いがゼルエダを固く縛り付けていく。それを見たくなくて無我夢中で剣を振るったりもしたけれど、何をしても冷え切った心は戻らなくて、体中を無数の棘が刺し貫いていくような感覚に囚われていた。


 何度となく絶叫を上げて、夢だ、嘘だと思い込もうとしても、いつしか耳鳴りのように「お前のせいで死んだ。お前などいなければ良かったのに」と恨み声まで響いてくる。

 ガラガラと何もかもが崩れていくような、そんな感覚に押し潰されていく。


 絶望に塗り潰された先で、どこからか響く「明け渡せ」と言い募る声。


 ――手放せば楽になれる。


 ――何もかも忘れて眠れ。


 どこか遠くで「その声に耳を傾けるな」という声も微かに聞こえる気がするけれど。

 もう限界だと、それらに身を委ねてしまおうかと、そう思った時だった。


「……エダ! ゼルエダ!」


 真っ暗な闇の中、ぼんやりと光る愛しい人の影に、けれどゼルエダは恐怖を感じて後退った。


「来ちゃダメだ。僕はまた傷つける……!」


 愛しい彼女はもういない。きっとこれは幻だ。けれどもしこれが本物なら、また自分のそばにいたら壊れてしまう。

 だから決して触れたくないのに、彼女の影はゼルエダに手を伸ばす。


「大丈夫だから! しっかりして、ゼルエダ!」

「嫌だ! もう誰も失いたくないんだ! 僕なんか、僕なんかいなければ!」


 半狂乱になって剣を振り回そうとするけれど、不思議とゼルエダの腕は動かない。そんなゼルエダの体を、彼女はギュッと抱きしめてきた。


「ちゃんと見てゼルエダ! 私はここにいるわ! いなくなったりしないの!」

「やめろ! 離してくれ! 頼むから……っ!」


 頬を思い切り掴まれ、せめて視界からだけでも追い出そうと目を閉じると、次の瞬間にふわりと温もりが唇に触れた。


 驚いて目を見開いたゼルエダの眼前には、瞼を伏せたシュリスの顔があり、唇を通して清らかな息吹が吹き込まれる。

 それと同時にあれほどゼルエダを苛んでいた絶望が、内側から浄化されるように消えていく。


(シュリス……? 生きてた?)


 呆然として動きを止めたゼルエダの目の前で。ゆっくりと開いた優しい榛色の瞳には、ハッキリと生命の光が宿って見えて、ゼルエダの瞳から涙が溢れた。

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