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53:魂の会話

 突然現れた黒髪の青年からの攻撃をゼルエダの代わりに受け止めたシュリスは、腹部に強い衝撃を感じると共に深い闇に意識を沈ませていた。

 傷から入り込んだ瘴気がシュリスの肉体だけでなく精神までも侵そうとしているようで、不快な感覚が腹から広がる。その苦痛に顔を歪めて薄らと目を開いたけれど、シュリスの目には暗闇しか映らない。

 月も星もない深い闇の中、上も下も分からない状態で漂っている事に気付き、どうやらここは魔王城ではないと分かった。


(何これ……どうなって……)


 自分がどこいるのか分からないが、とにかく瘴気の浸食を防がなければならない。必死に呪文を唱えようとするけれど、口も手も足も何一つ動かない。

 ゼルエダや仲間たちの気配も感じられず、このままでは危険だと焦りを感じていると、不意に暗闇が切り裂かれ光が差した。


「見つけた……! 大丈夫か?」


 光の中から現れたのは、先ほどの詰襟を着た高校生の青年だ。シュリスは一瞬警戒したが、手を伸ばす彼が光に包まれ声も明瞭になり、目の焦点もきちんとシュリスに向けられている事から警戒を解いた。


(……あなたは?)

「ああ、喋れないんだな。ごめん、俺のせいで」


 青年は「回復はあまり得意じゃないんだけど」と言いながらシュリスの腹に手をかざす。すると青年の手から光が溢れて、シュリスを侵していた瘴気は消えてしまった。


「良かった。まだチートは使えた」

「チートって……やっぱり日本人なの?」

「えっ、もしかして君も神に呼ばれた系? 日本人には見えないけど」

「ええと、私は前世の記憶があって」

「あー、転生した感じなのか。それで聖女になったの?」

「なったっていうか、聖女に生まれ変わってたから。アルレクは知らないの?」

「アルレク?」

「この世界は私が前世でやってたゲームにそっくりなの。私はそのゲームで聖女だったキャラに生まれ変わっていたから、魔王を倒しに行ったの。そうしたら、突然あなたが出てきた。こんなこと、ゲームにはなかったわ。あなたは何者なの?」


 こんな意味不明な場所で呑気に話している場合ではないと思うが、目の前の青年は魔王から出てきたのだ。何があって、あんな風に正気を失っていたのかもきちんと聞かなければならない。そしてここがどこで、彼がどうやって来たのかも。

 動くようになった体を起こし、真っ直ぐに青年を見つめ問いかけると、青年は困ったように眉根を寄せた。


「この世界がゲームとか、そういうのは俺は分からないんだ。ただ俺は、ある日突然この世界の神だっていう人に呼ばれたんだよ。それで勇者になった」

「神に呼ばれた? 召喚されたわけじゃなく?」

「違うよ。いわゆる神隠しってやつになるのかな。まあ同意の上だし、チートももらったわけだけど」


 青年は高宮龍一と名乗った。龍一は幼い頃に家族を亡くしており、児童養護施設から高校に通っていたという。

 平和に暮らしながらも寂しさを抱えつつ高校二年になったある日、この世界の神に助けを請われ、自分が役に立てるのならとそれまでの生活を捨てて世界を渡ってきたのだと話した。


「この世界の人間じゃ、魔王を倒すどころか魔族になってしまうって言われてさ。異世界人の力が必要だって言われて、勇者になったんだけど……結局ダメだったんだ。ファルテが死んだと思ったら、俺も瘴気に飲まれてしまった。情けないよな」


 龍一がこの世界にやって来たのは、魔王との戦いが千年に及ぼうという時だった。長い戦いで当時の人々はどの種族も数を著しく減らしており、これ以上負ければもう後はないという状況だったという。

 そうまで負け続けたのは、魔大陸の瘴気があまりに濃かったためだ。濃い瘴気に侵され正気を失う者が続出し、その中でも人族は魔族へと変えられてしまう。

 それをどうにかするために、神は勇者として異世界から龍一を招いた。神聖魔法を得意とするファルテという女性神官に聖女となって勇者を支えるよう御告げを下し、二人に勇者の剣と神使のローブを授けたのだ。


 けれど魔王との戦いの最中、前の聖女ファルテは倒れてしまった。旅の中でファルテと恋仲になっていた龍一は、それを見て取り乱した。その結果、魔王討伐は果たせなくなってしまったという。


「じゃあ、あなたも魔族になって、新しい魔王になってたってこと?」

「いや、俺は異世界人だから魔族にはならなかった。でも歴代の魔王は、前の魔王を倒しに来た人族がなっていたらしい。俺は正気を失って魔王に操られる所だった。でもそれを仲間たちが魔王ごと封印してくれた。それが魔王が死んで解けたから、俺は表に出て来れたんだ」


 封印はされても、龍一の中から瘴気が消える事はなかった。むしろ魔王と共に封じられた事で、魔王には龍一の魔力が。龍一には魔王から瘴気が流れ込んでいた状態だったという。

 だから復活した魔王は、自身の中に龍一を閉じ込め続け利用していたのだ。そして魔王が死んだ事で龍一も外へ出れたが、その身には膨大な瘴気が宿っていた。


「勇者の剣で斬ってもらえなかったら、俺は今もまだ狂っていたかもしれない」


 苦笑を浮かべた龍一の言葉に、シュリスはハッとした。


「そうだ、ゼルエダは? ゼルエダは無事なの?」

「ゼルエダって、君の勇者のことだよね? ごめん、無事とは言えないんだ。このままだと彼が次の魔王になる」


 シュリスはここで初めて、自分が倒れた事でゼルエダに異変が起きていると知った。


「じゃあ早く帰らないと! ねえ、ここはどこなの? あなたはどうやってここに来たの?」

「俺もハッキリとは分からないけど、たぶん精神世界といえる場所なんだと思う。俺はもう実体はなくて、魂だけみたいな存在なんだ。だから、あの世とこの世の狭間みたいな、そんな感じ」

「そんな……じゃあ、どうやって戻れば……」

「それが俺にも分からないんだよね。君を瘴気から解き放ったら、元に戻れるんじゃないかと思ったんだけど」


 二人が困惑していると、どこからか風が吹いた。柔らかなそれにシュリスの神使のローブがフワリと揺れて、リン……とどこからか鈴の音のような音が響いた。


 ――……イチ。リューイチ。


「……ファルテ? ファルテなのか⁉︎」


 続く鈴の音の合間に微かに混じる少女の声に、龍一は辺りを見回す。すると今度は強い風が吹いて、瞬きの間にシュリスがローブを手に入れた時に見た少女が現れた。


「リューイチ!」

「ファルテ!」


 涙を流して強く抱きしめ合う二人に、シュリスは戸惑った。やはりここは死後の世界と繋がっているのだと感じ、どうにかして戻らなくてはと焦りが募る。

 ゼルエダ一人を残しておけない。自分が死ぬ事でゼルエダが魔族になるなんて耐えられない。今なら、ファルテが泣いていた気持ちが痛いほど分かった。


「リューイチ、少し待って。神から御告げを預かってきたから」

「御告げ?」

「私たちには、まだ役目があるのよ」


 龍一を宥めるようにして手を離し、ファルテはシュリスに向き直る。その真剣な眼差しを、シュリスは縋るような思いで見つめた。


「聖女シュリス。勇者ゼルエダを助けてあげて。私とリューイチで、彼のところまで案内するから」

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