52:魔王との戦い
あっさりな描写ではありますが、一応流血注意です。
「お前が魔王か」
「いかにもそうだ。お前が勇者のようだな。そっちが聖女か」
城内では残った魔族相手に仲間たちが暴れているし、魔物の軍勢は城の外へ出たままだ。誰も助けは来ないというのに、よほど自信があるのか魔王はゆったりと構えたままだ。
何を仕掛けてくる気なのか分からず、シュリスたちも様子を見つつ警戒は解かない。いつでも動けるように気を張って、ゼルエダと魔王のやり取りを見守った。
「お前はなかなか強い力を持っているようだ。我々の仲間になる気はないか? 今なら聖女のことも悪いようにはしない」
「馬鹿なことを。そんな提案、受け入れるわけがないだろう!」
「断るか。結果は変わらないというのに、愚かだな」
魔王が愉快げに笑うと同時、一気に殺気と瘴気が膨れ上がり、エルメリーゼとラルクスが巨大な防御結界を張って一撃目を防ぐ。
その間にシュリスも自身を守る聖結界を作り、ゼルエダとトリスタン、レグルス、ソラが駆け出して、リーバルが弓を構えた。
「一人残らず飲み込んでやろう!」
「お前は僕たちが倒す!」
ゼルエダたちの攻撃を、魔王は魔法や尻尾も使って防ぎつつ反撃してくる。賢者夫妻も攻撃に回り、シュリスは全員の状況をよく見極めて次々に補助や治癒の神聖魔法を放つ。
魔王一人に対して七人での総攻撃は同士討ちの危険もありそうなものだが、いくつもの戦いを潜り抜けてきただけあって連携は完璧だ。
戦いが進むうちに、魔王は第二形態、第三形態と姿を変えたが、魔王の攻撃パターンについてシュリスは仲間たちに事前にしっかり教えていた。
魔王の変化にも動揺する事なく、皆はきちんとそれを活かして攻撃を仕掛けていく。勇者の剣もしっかり効いているようで、魔王は少しずつ押されていく。
そうして傷だらけになった魔王を、ついにゼルエダが正面から叩き斬った。
「グギャァァァァ!」
「やった……!」
「よっしゃ、勝ったぁ!」
力を無くして倒れた魔王を見て、ゼルエダがホッと息を吐きリーバルが喜びの声を上げた。レグルスも嬉しげに雄叫びをあげて、賢者夫妻は抱き合って健闘を讃え合い、トリスタンとソラは微笑み合う。
色々心配していたがどうにか無事に終わったと思い、シュリスも肩の力を抜いたのだが。
「ゼルエダ!」
「え? ……っ!」
倒れた魔王の体からこれまで以上に膨大な瘴気が溢れ出し、気を抜いていた皆が吹き飛ばされる。
神使のローブのおかげでその一撃をどうにか耐えたシュリスは、濃密な瘴気の直撃を受けてグッタリしている皆に急いで神聖魔法をかけようとした。
けれど、魔王のいたはずの場所からゆらりと立ち上がった人物の姿に唖然として、思わず詠唱を止めた。
「うそ……高校生?」
その人物は黒い詰襟の学生服を着た十七歳程度に見える青年で、まるで魔王の体から抜け出るかのようにして現れていた。青年は黒髪を揺らして立ち上がり、足元に倒れている魔王の体を無造作に蹴り転がすとゆっくり顔を上げる。
その顔立ちはどう見ても鼻の低い典型的な日本人の顔で、けれど顔色は青白く瞳の焦点は合っていない。それなのに真っ直ぐシュリスの方を見ると、ほんのりと口の端を上げた。
『無事だったんだね……俺の聖女』
「な、なに……? どういうこと?」
『これからはずっと一緒にいよう、ファルテ。約束通りに』
ガラガラに掠れた声で言いながら伸ばされた手に、シュリスは震えながら後退る。
こんな展開は、アルレクにはなかった。魔王を倒して世界に平和は戻るはずだったのだ。
するとゼルエダが剣を支えに立ち上がり、声を振り絞った。
「シュリスから離れろ!」
『何、おまえ。ジャマダ……』
青年は瞳をドロリと濁らせ、手のひらをゼルエダに向ける。シュリスは咄嗟に駆け出していた。
「なにするの! やめて……っ!」
「シュリス!」
ゼルエダと青年の間に割り込むように立ち塞がったシュリスの腹に、青年の手から放たれた瘴気のこもった一撃が撃ち込まれる。
口から血を吐いて倒れ伏したシュリスに、ゼルエダは慌てて駆け寄った。
「シュリス、しっかりして! シュリス!」
『ファルテ……ナゼ、ナゼ……アァァァァ!』
錯乱した青年からまた瘴気が溢れ出し、ゼルエダはシュリスを庇った。けれどシュリスは一向に目を覚さない。
回復の魔法薬を飲ませたくてもこの瘴気の中ではままならず、焦るゼルエダは叫び続ける青年の声に怒りを感じた。
「なぜじゃない! お前がやったんだろう!」
『カエセ、オレのせイジョ』
ゼルエダの怒りは魔力の渦となって青年の瘴気を押し返す。それでもなおシュリスに近づこうとする青年に、ゼルエダは勇者の剣を手に斬りかかった。
「うるさい、黙れぇぇぇ!」
『ギャァァァァ!』
断末魔の声を上げて、青年は膝を折る。けれどその体からは血は出ずに、ただ青年の体が光に包まれた。
「うぁ……俺は……ファルテ……」
正気の光を取り戻した青年の瞳から涙が一筋零れ落ちる。怒りに満ちた目で睨みつけるゼルエダを見て、青年は苦しげに顔を歪めた。
「ごめん。俺は君の聖女を……でも怒りに飲まれるな。このままじゃ、君も」
「うるさい! うるさい!」
先程までの掠れ声とは違う綺麗な低音で謝罪の言葉を述べながら、青年は消えていく。
それでもゼルエダは狂ったように勇者の剣を振り回し、いつの間にか辺りに漂っていた瘴気がゼルエダの体に纏わりついていた。
お正月なのに今話はシリアスですみません。
一、二話程度でシリアスは終わる予定なので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。




