51:魔王城へ
魔大陸には太古の昔から動き続けている活火山があり、山頂部分に巨大な火口を開いている。その溶岩湖の中央に禍々しい魔王城はあった。
魔大陸特有の重い黒雲が空に渦巻き、時折走る雷光と足下のマグマに照らされて、漆黒の魔王城は鈍い光を放っている。
その光景をシュリスは確かにアルレクで見た記憶があるのに、実際に目にするとゲームの比ではない圧を感じる。
山を登る時から気付いていたが魔王城に漂う瘴気はあまりに濃く、火口付近はマグマの熱気も相まって立っているだけで呼吸が辛くなる。
これまで使ってきた安全地帯を作る浄化魔法も禍々しい気配が強すぎるのか、ゲームと同じくこの火山一帯では使えない。従来通り瘴気を弾く浄化魔法を個人にかけるしかないから、城内部にはシュリスたちを始めとする少数精鋭で挑まなくてはならない。
けれどゲームと違い、パーティーメンバーに制限がないのは救いだろう。
混成軍本隊が火山の麓で魔物の大群と戦う中、アルレクにも登場した総勢五十名を越える仲間たちが切り開かれた道を通って山頂まで登ってきた。
ダービエやフィデスといったゲームに登場しなかった神官たちも複数おり、回復役となる神官を必ず一人含め数班に分かれて魔王城攻略に向かう事となる。
勇者を含めて、たった六人までしか戦えなかったアルレクの勇者パーティーとは雲泥の差だ。
魔王のいる玉座の間へたどり着くためにはギミックをいくつか解除しなければならないが、彼らがいるおかげで勇者パーティーのみで城内を何度も行き来する必要もない。
城には魔王を守る魔族が数回ボスとして現れるが、シュリスたちはそれの撃破だけに集中すればいいのだ。その分、ラスボス戦にも余裕を持って挑めるはずだ。
これならきっと勝てると、シュリスは自身に言い聞かせた。
「みんな、これが最後の戦いだ」
火口全体を見下ろせる巨岩の裏側で、ゼルエダが勇者として仲間たちの前に立つ。
敵に見つかるわけにはいかないからその声は決して大きいわけではないが、集まった全員の耳には充分届いていた。
「城にいる魔族は、魔王を守るために死力を尽くして抗うだろう。戦いは決して楽とは言えないはずだ。それでも僕は、誰一人欠けることなく共に生きて帰りたい。僕たちが力を合わせれば無理な話ではないと思う。だからみんなの力を貸して欲しい。世界に平和を取り戻そう。魔王を倒して、僕たちの未来を掴むんだ」
一人一人の顔を見つめ話すゼルエダの表情は真剣そのものだ。それを見る仲間たちの顔も、やる気に漲っている。
彼らの力強い視線を受けてゼルエダは勇者の剣を抜き、正面に掲げた。
「魔王との長きに渡る戦いに終止符を。失われたたくさんの生命に、僕らの手で最後の鎮魂歌を捧げよう! 行くぞ!」
「おう!」
――最後の鎮魂歌。
それはまさしくこの世界と酷似したゲームのタイトル、アルティメット・レクイエムを現す言葉だ。
誰も教えていないのに、アルレクに繋がるような事を言われてシュリスの鼓動がドキリと跳ねた。ゼルエダはまさしくこの世界の勇者なのだろうと改めて思う。
ゼルエダに鼓舞されて、仲間たちも力強い声を上げた。自分に自信のなかった幼いゼルエダの姿からは想像も出来ない成長ぶりだ。魔族が勇者召喚の生贄などと偽って、事前に殺そうとしたのも頷ける。
ゲームと違いゼルエダは召喚された勇者ではないが、必ず魔王を倒すだろう。今はその事に、何の不安も感じられなかった。
ゼルエダが空に剣を突き上げたのを合図に、皆一斉に走り出す。魔法使いたちが飛翔魔法を唱え、皆で溶岩湖を越えて魔王城へ突入した。
シュリスの知る城内の見取り図は事前に共有してあるし、ギミックを守るボスにはそれぞれ特攻出来る仲間の班を割り当ててある。
皆が方々に散るのを横目に、シュリスもゼルエダと共に事前に決めていたルートを辿って玉座の間を目指す。
二人と行動を共にするのは、神殿跡地に向かった時と同じメンバーだ。今回はエルメリーゼたち三人も別行動にはならないから、より力強く感じる。
ゼルエダが勇者の剣を手に入れた事もあり、魔王城攻略は面白いほど簡単に進んでいく。魔族は元々人だったと聞いても、ゼルエダの剣筋に一切の迷いはなかった。
立ち塞がるボスとの連戦も、ラルクスというイレギュラーな仲間がいる事もあって苦戦せずに倒していく。
他の仲間たちも順調にギミックを解除しているようで、シュリスたちの足は止まらない。
城へ突入してから半日も経つ頃には、目指す玉座の間へたどり着いた。
「シュリス、あの扉?」
「ええ、そうよ。もう一度魔法をかけておくわね」
大きな扉を視界に入れ足を止めたゼルエダに、シュリスは頷きを返す。
最後に息を整えようと、ラルクスが皆に水と飴のような携帯食を配った。
「いよいよだな。とりあえずこれを食っとけ。体力強化の魔法を仕込んである。少しは底上げになるはずだ」
「みんな、ポーションは足りてる? 必要なら出せるけど」
「僕は平気だよ。ソラちゃんは?」
「ん、大丈夫」
「賢者殿、悪いがトリスタンの籠手を見てやってくれ。さっきから動きがおかしい」
「気づかれていたか。だがレグルス王子、あなたも少し血が出ている。シュリスに治してもらった方がいい」
全ての準備を整え、シュリスたちは意を決して玉座の間に向かう。低い音を立てて扉が開くと、内側から濃密な瘴気が漏れ出した。
「よくここまで来たな」
巨大な玉座にゆったりと腰を下ろしている魔王は、圧倒的な存在感を放っていた。
これまで戦ったどの魔族より大きな体と、頭には四本の角が生えている。それはまさしくアルレクで見たラスボスの姿で、シュリスは緊張から唾を飲み込む。
けれどゼルエダは一歩踏み出し、怯む事なく睨み付けた。




