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44:失われたもの

 ローブの持ち主との不思議な邂逅は、エルメリーゼとラルクスに相談してみようとシュリスは思っていた。

 けれど地上へ戻ってみると、それ所ではなくなってしまった。


「あ、帰ってきた」

「シュリスちゃん、ゼルエダ!」


 二人が海へ潜った東大陸端の岩壁では、ソラとリーバルが待っていた。

 彼らはバスティアン王国奪還戦に参加しているはずなのにと、シュリスは首を傾げる。


「どうしたの、二人とも。もう戦いは終わったの?」

「いや、それがマズいことになったんだ。急いできてほしくて」


 シュリスたちは一度岩壁へ飛んだ後、奪還戦の要となるゲーベルン獣王国の港に転移するつもりでいたが、目的地は別にあるらしい。

 急ぐリーバルの様子に只事ではないと感じ、シュリスとゼルエダはそのままリーバルの魔法で転移した。


 四人がたどり着いたのは、奪還作戦の只中であるバスティアン王国の港だ。上陸は果たしたものの、戦況は芳しくない様子で負傷者の姿が目立つ。

 慌ただしく行き交う兵士たちは、ゼルエダとシュリスの姿を認めると一様にホッとした表情を浮かべていた。


「何があったの?」

「見れば分かるよ。こっちだ。ソラちゃんは知らせに行ってくれる?」

「ん」


 総大将にシュリスたちの帰還を伝えにソラが走って行く。その小さな背を見送りながら、リーバルは二人を救護所のテントへ連れて行った。


「この中だ」

「あれはまさか」

「師匠⁉︎」


 複数あるテントのうち、最も立派な中にサビルが横たわっていた。簡易ベッドに寝せられているサビルの顔色は土気色で、熱があるのか息が荒く額に汗も滲んでいる。

 ダービエとフィデスが二人がかりで治癒を施していたが、ダービエはゼルエダに場所を譲りシュリスに目を向けた。


「シュリス、戻ったか」

「はい、ダービエ様。無事戻りました」

「ローブは手に入ったようだね」

「はい、おかげさまで。それにしても酷い傷ですね。瘴気が深部まで入り込んでます。それで私を呼びに?」

「やはり分かるか。その通りだ」


 治癒魔法は、命さえあれば四肢の欠損ですら治す事が出来る。だというのにサビルの右腕はなく、ベッドの下には浄化魔法陣が描かれている。

 そこから分かるのは、サビルの傷が普通とは違うという事だ。傷口から入ったのであろう高濃度の瘴気がサビルを侵していた。


 苦痛に歪むサビルの顔を見つめ、ゼルエダが苦しげに問いかけた。


「師匠に何があったんですか」

「二日ほど前だ。順調に作戦は進んでいたんだが、島の半分まで取り戻した所で魔王軍の猛反撃に遭った。信じたくないことだが、そこにセアトロ様に化けていた魔族がいてね。賢者様の言は正しかったということだ」

「あの魔族が……」


 一年前、アルケーの森から大神殿へシュリスたちが戻った際、エルメリーゼとラルクスはある懸念を伝えていた。

 それがセアトロに成り済ましていた魔族が生存しているのでは、という話だった。ゼルエダが倒したと思われたが、セアトロの補佐を始めとした神官たちの魅了魔法が解けておらずサビルが解呪したと聞いて、賢者夫妻は疑念を抱いたのだ。


 サビルも健闘したものの、あの魔族はかなり高位の相手だったようで、その強さは他の魔族よりずっと上だった。瘴気を込めた一撃を受けて重傷を負ったサビルは、それでも最後の力を尽くしてどうにか件の魔族を撤退に追い込んだらしい。

 とはいえゼルエダとシュリスが不在の中、残る勇者のサビルが倒れた事で混成軍に動揺が走った。魔王軍の猛反撃は今も続いていて、エルメリーゼたちの頑張りで何とか持ち堪えているものの、島の奪還どころか戦線の維持で精一杯になってしまったという。

 一刻も早く、勇者の戦線復帰が望まれていた。


「シュリスには治癒を頼みたい。私たちでは悪化を遅らせることしか出来ず、これ以上は生命維持すら難しいんだ。そしてゼルエダには、奪還作戦の方に回ってほしい。サビルの努力を無駄にしないためにも」

「……分かりました。シュリス、師匠をお願い」

「うん、任せて。ゼルエダも気をつけてね」


 ゼルエダにとって、サビルは魔法の師匠というだけでなく自分と同じ黒髪黒目の人族だ。気持ち的にはルッツォに対していたのと同じように慕っていて、もはや曖昧な記憶となりつつある本当の父親の姿を重ねていた部分もある。

 そんな相手が治るのかと気が気ではないが、勇者として求められている事も分かる。苦しげに顔を歪めながらも、リーバルと共にテントを出て行く。


 シュリスはせめてもと、ゼルエダに出来得る限りの神聖魔法をかけて送り出した。サビルの治療を一刻も早く終えて追いたい所だが、正直に言ってかなり状態は悪い。

 神使のローブを手に入れた事で新しい神聖魔法も覚えたし魔力量も上がったが、それでも一朝一夕に治せるものではないと感じていた。


「出来る限りのことはしたいと思います。サポートをお願い出来ますか」

「ああ、分かってる。頼んだよ、シュリス」


 サビルの体内に深く浸食し、呪いのように絡み付いている瘴気を丁寧に剥がすべく、シュリスはいくつも呪文を唱えていく。

 ダービエとフィデスはこの二日間、不眠不休で治癒に当たっていたため疲労の色も濃かったが、サビルを救うために懸命に手を貸してくれた。


 そうしてシュリスは、三日かけてどうにかサビルの治癒を終える事が出来た。

 その頃にはゼルエダの鬼気迫る戦いぶりで魔王軍を追い詰め始めていた。シュリスが合流した事で、一気に島の奪還は進み、二人が帰還してから十日とかからずバスティアン王国を取り戻す。


 ただサビルを侵していた瘴気は全て浄化出来たわけでなく、一部は封じ込める事しか出来なかった。命は救えたものの、サビルの体に影響は残ってしまったため失った右腕は元に戻る事はない。

 島内を制圧後、救護所へ戻ってきたゼルエダは、未だ眠ったままのサビルの姿に人知れず悔し涙を滲ませた。




*ちょっとお知らせ*

クリスマスという事で、息抜きに書いていた現実恋愛を連載スタートさせました。


「クリスマスキャロルは甘い恋を運ぶ」R15作品

https://ncode.syosetu.com/n7503hj/


保険外交員のOLとカフェオーナーの大人向け現代恋愛モノです。

ストック投稿終了後は書き上げ次第の不定期更新となりますが、よろしければこちらもどうぞ。

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