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43:少女の願い

 他にも遺骨があったら共に弔おうと、念のため神殿内を隅々まで見て回ったけれど、残念ながら何も見つからなかった。

 三千年前に島が沈んだ時、他の人たちは避難させてローブの持ち主だけ残ったのか。それとも、神使のローブが特別な力を持っているからこの人物だけ骨が残っていたのか。その辺りは分からない。


 それでも、たった一人残された遺骨が万が一にも瘴気の影響で魔物化したりしないよう、浄化の炎で灰になるまで焼き尽くし、祈りを捧げた。


「このローブは大事に使わせて頂きます。きっと世界に平和を取り戻すから」


 決意を胸に、シュリスはローブに袖を通した。胸元をきちんと留めた瞬間、不意にシュリスの視界が白に染まる。


 ――助けて……。


(な、何⁉︎)


 気が付けば、ゼルエダも祭壇もシュリスの視界から消えていた。その代わりに白一色の世界で、美しい少女が涙を流している。


 ――どうしてあの人が、どうして……。


(これは……誰かの記憶?)


 少女の周りには戦士や魔法使い、エルフなど何人かの人がいたけれど、彼らはやがて消えていき、一人泣く少女だけがその場に残った。

 不思議な現象に驚いてしまったけれど、シュリスはすぐにこれが現実に起きているのではないと気がついた。それはまるで、シュリスが前世の記憶を夢に見ている時のような感覚だったから。


(あのローブ……。そうか、あの子がローブの持ち主なんだ)


 よく見れば泣き濡れる少女は、神使のローブを纏っている。弔った遺骨は彼女だったのかと思うと、シュリスの胸は切なく痛んだ。


 ――あなたは……これからあの場所へ行くの?


(え……こっちを見た?)


 じっと少女を見ていると、不意に少女はシュリスに目を向けた。赤く泣き腫らした顔で、彼女はコクリと頷いた。


 ――そうよ、あなたに聞いてるの。


(え……えぇ⁉︎)


 これは幽霊というものなのだろうか。ローブに残っていた前の持ち主の記憶かと思っていたけれど、どうやら違うらしい。

 唖然とするシュリスに、少女は涙を流しながら懇願した。


 ――お願い。そのローブも私の力もあげるから、あそこへ行くならあの人を助けて。


(あの人? 助けるってどういうこと?)


 ――解放してくれればいいわ。そうしたらあの人の魂も生命の輪に還れるから。ただ、気をつけて。私たちと同じには……。


 何かを伝えようと少女はパクパクと口を動かすけれど、それは声にならない。気が付けば少女の姿は半透明になり、指先からキラキラと光の粒子に変わっていく。


(ちょっと待って! 何を言ってるのか分からないんだけど!)


 あの人を助けて、とそれだけしか唇の動きからは読み取れない。シュリスが手を伸ばした先で、少女の姿は消えてしまい、代わりに残った光の粒子が一気にシュリスに流れ込んできた。




「……リス、シュリス!」

「んん……ゼルエダ?」

「シュリス、良かった!」


 シュリスが目を開けると、ゼルエダが涙目で見つめていた。神使のローブを着込んだシュリスが唐突に動きを止め、そのまま頽れてしまったから、ゼルエダは慌てて抱き止めたのだ。

 必死に声をかけても、シュリスはピクリとも動かない。ローブが原因かと脱がせようとしたが、何らかの力が働いているのを感じて、下手に脱がせて問題があったらと手を出せずにいた所、ようやくシュリスが目を覚ましたのだった。


「ごめんね、心配かけた?」

「当たり前だよ! このまま目を覚さなかったらって思って、怖くて……!」


 シュリスの存在を確かめるように、ゼルエダはギュウと抱きしめる。

 戦いを続ける中で成長したゼルエダは、シュリスの感じていた通り少しずつ自信を付けてきた。告白こそしていないが、シュリスへの想いを我慢しようという気は今はない。

 相応しくないとか自分なんかとか、そんな卑屈な思いもほぼ消え去って、魔王と決着がついたら真っ先に気持ちを伝えようとすら思っている。


 そんな中で、今回久しぶりにシュリスと二人きりの時間を過ごす事が出来た。常に警戒は絶やさなかったし、何のためにこうしているのかも忘れた事はなかったが、この十日間は幸せで堪らなかった。

 肩を寄せ合い眠る時、照れるシュリスを見て、一応男として見てもらえているのかもしれないと淡い期待だって持った。シュリスへの想いは高まるばかりだと、改めて感じていたのだ。

 それなのに、その大切な人が倒れてしまった。何も出来ない自分に絶望すら感じて、久しぶりに弱気なゼルエダが顔を出していた。


「本当にごめんね。ローブの持ち主に話しかけられたの」

「ローブの持ち主?」

「幽霊だったのかな。よく分からないけど」


 震えるゼルエダの肩を、シュリスは宥めるように抱きしめ返した。

 昔からゼルエダは自分に懐いてくれているけれど、こんなにも大切に思われているのかと改めて実感する。ゼルエダの涙を見たのなんて、ルッツォが死んだ時以来だ。常々守ると言ってくれているけれど、そこにどれだけの覚悟が込められているのか、初めて分かったような気がした。


 もうこんな思いをゼルエダにさせたくないと、シュリスは思う。魔大陸に上陸すればより一層危険は増すから、今まで以上に注意しなくてはならない。

 もちろんこれまでも回復役として倒れるわけにはいかないと重々気をつけてきたけれど、それだけでは不充分に思えた。二度とゼルエダを泣かせたくないから。


 そう思いつつ、ゼルエダの黒髪をシュリスは優しく何度も撫でた。しばらくして落ち着きを取り戻したゼルエダは、ゆっくり顔を上げた。


「幽霊って、どんな人だったの?」

「女の子だったわ。最初は泣いてたんだけど、私にローブをくれるって言って」


 アルレクでは神使のローブの持ち主と会話するなどというイベントはなかった。けれど先ほどの邂逅が、夢や幻で片付けていいものではないのは分かる。


(あ、もしかして……)


 少女はローブだけでなく、力もあげると言っていなかっただろうか。ふと思い立って腕輪に指を触れステータス表示をしてみると、レベルは変わらないのに魔力量が大幅に増えていた。


「本当にくれたのね……」


 目的としていた魔法も、不思議と脳裏に呪文が浮かんだ。ゲームと違って現実ではどうやって新たな魔法を覚えるのかと思っていたが、いつの間にか覚えていたようだ。


「シュリス?」

「何でもないの。もう大丈夫よ」


 少女が訴えていた内容は気になるが、とりあえず目的は果たした。いつまでも海の底にいる必要はない。

 心配そうに見つめるゼルエダに、シュリスは地上へ戻ろうと促す。ゼルエダは渋々ながらも、皆と別れた東大陸の端まで転移した。

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