42:海底の神殿
日の光が届かないほど深い海の底を、人魚たちは魔法で照らし進んでいく。崩れた遺跡のようなものがチラホラと見え始めた先に、折り重なった岩の隙間から入れる海底洞窟があり、シュリスの指示で一行は中へ潜って行った。
洞窟の奥には空気溜まりがあり、そこで二人は水から上がった。ここまで送ってくれた人魚たちに感謝を告げて帰ってもらう。
彼らの帰り道も危険だろうが、ここまで送り届けてくれたのだから大丈夫だろう。あとはシュリスたちがローブを見つけ、転移魔法で地上へ戻るだけだ。
ゼルエダが灯してくれた魔法の明かりを頼りに、シュリスはしっとりと湿った窟内を歩き始めた。
「この洞窟って広いの?」
「うん、たぶん……」
アルケーの森を歩いた時にも思ったけれど、ゲームのフィールドより現実は広大だ。ある程度進む方向の目星はつくけれど、全ての道が分かるわけではない。
この洞窟の底にあるはずの海底神殿にたどり着くまで、どのぐらい歩かなければならないのか、シュリスにも分からなかった。
「他に分かってることは?」
「時々魔物は出るはずよ。ただ、魔族もここは知らないはずだから、追ってくる事はないと思う」
勇者の一人が海へ潜ったと魔族側も気付いたようで、ここへの移動中はかなりの魔物に追われる事になった。
けれどそれは全て水棲の魔物だ。人型をしているだけあって魔族も水中呼吸は出来ないのだろう、全く姿を現さなかった。
(魔族の設定って他にも何かあった気がするけれど、思い出せないのよね。まあそれを言い出したらキリがないんだけど。前世でどんな名前で生きてたのかも、まだ全然思い出せないわけだし)
アルレクの事を思い返しながら、シュリスは奥へ向かう。時折現れる魔物を二人で協力して倒し、歩き疲れたら聖結界を張って狭いその中で仮眠を取る。
ゼルエダと二人きりで肩を寄せ合い眠るのは、正直に言えばドキドキして仕方ない。けれど疲労が溜まっているからか眠れないという事はなく、ゼルエダの肩に頭を預けて目を閉じる。
怪我は魔法で治せるけれど、体力と魔力だけは眠らないと回復しない。持ち込んでいる魔法薬にも限りはあるし、緊急時に備えて温存しておくべきだ。
食事は出来立てを鍋ごとゼルエダが収納魔法で保管しているから、それを適宜取り出して食べた。
そうして二人は、入り組んだ洞窟を迷いながらも進んでいく。
エルメリーゼが作ったステータス表示の魔道具には、マッピング機能も付いている。歩いた場所が自動で書き込まれていくそれがなければ、いくらアルレクの知識があるとはいえ、永久に海底を彷徨う羽目になったかもしれない。
それぐらい洞窟は広く迷宮のようになっており、目的の海底神殿にたどり着くまでに十日近くかかってしまった。
「ようやく見つけた……」
「やっぱりあれなんだね。良かったよ、見つかって」
かつての島国の成れの果てと言える崩れた岩の隙間を延々と通り抜け、ようやくたどり着いた先にあったのは巨大な空洞だ。
壊れた壁と天井から海水が流れ込み、床は一面水浸しになっていて、その中央に斜めに傾いた神殿があった。
「あそこは外と繋がってないの? 水が入ってきてるあの穴」
「そこまでは分からないわ。でもどちらにせよ神殿の中には歩いて行かなきゃいけないから、人魚族には頼めなかったの。半分は水に浸かってるけど、ローブがある場所は違うから」
「なるほどね。逆に安心したよ。水に潜らないと探せないって言われたら、ちょっと困ったから」
ゼルエダの飛翔魔法でフワリと浮いて、二人は神殿の中へ入る。足元が斜めで危ないからと、ゼルエダはそのままシュリスを抱えて移動してくれた。
ギュッと抱き寄せられて、照れてる場合ではないというのにシュリスの頬が熱くなる。
「シュリス、ここが祭壇みたいだよ」
「え? あ、本当だ。ありがとう」
濡れた床へゆっくり下ろしてもらい、シュリスは祭壇に近づいた。ゼルエダは周囲を油断なく警戒している。つい惚けてしまった自分を気恥ずかしく思いつつ、しっかりしようと気合を入れ直す。
祭壇の上、神に祈りを捧げる場所には、神使のローブが落ちていた。そっと拾い上げると、その下から白骨が出てきたからシュリスは思わず悲鳴を上げた。
「キャア!」
「シュリス⁉︎ これは……」
アルレクでは、ただ落ちていたローブを拾うだけだった。けれど現実には前の持ち主がここで息絶えたのだろう。この神殿には、かつて確かに人が暮らしていたのだ。
魔族との戦いで無念ながらも散って行った人々が眠る場所に、自分たちは足を踏み入れただけでなく遺品まで剥ぎ取ってしまった。その事に気がついて身を震わせたシュリスの肩を、ゼルエダがそっと抱きしめた。
「ここで最期まで、祈ってたんだろうね。きっと」
「私、知らなくて……」
「そうだね。でもこれは必要なんでしょ? 僕たちで弔ってあげよう」
「……うん」
胸は痛むけれど、どうしたって神使のローブは必要だ。彼らの無念を晴らすためにも有効活用させてもらおうと、ゼルエダに宥められてシュリスは頷いた。




