40:大陸の端で
アルレクはゲームだったから、時間の経過は曖昧だった。フィールドの広さも違うし、サブクエストをどれだけこなすかはプレイヤー任せだ。
マップの隅々まで探索して、魔物図鑑やアイテム図鑑、各種イベントまでコンプリートしてからラスボスを目指すようなプレイヤーだったら、何百時間もプレイする必要があるわけで。そうなればゲーム内の時間も相当な日数が流れるはずだが、どれだけリアルに見えたとしてもゲームだからキャラクターが歳を取ったりはしない。朝昼夜と時が流れる演出はあったけれど、それで一日が過ぎたとされるわけでもなかった。
だから果たして、現実での戦況の変化がゲームより早いのか遅いのかは分からない。ただ言えるのは、確実にアルレクよりも味方が有利に進んでいるという事だ。
ゲーム的に言えば強くてニューゲームに近いだろうが、シュリスがもたらした神託を元に万全の態勢を整えて反撃に転じたのだから、当然の結果とも言える。
セルバ王国防衛戦で勝利を収めた混成軍は、そのまま破竹の勢いで攻め返した。蹂躙された町や村は魔族の手で瘴気に満たされていたが、幸いまだ年数は浅いため対処のしようがある。
混成軍は丁寧に浄化しながら進軍を続け、一年も経つ頃には東大陸の端にあるゲーベルン獣王国まで奪い返す事が出来た。
「ようやくここまで来れたね」
「うん。この海を越えなきゃいけないのかと思うと、うんざりしてくるけど」
シュリスとゼルエダのレベルは、この一年でかなり上がった。高レベルになれば上がり難くなるのはゲームと同じだったが、もう充分に魔大陸でも通用するだろう。
エルメリーゼの開発した解析魔法でのレベル表示だからアルレクと全く同じとは言えないものの、ある程度は似通っている。それで見れば、ラストダンジョン攻略の適正レベルには達しているのだ。
年齢も十七歳を迎え、ゼルエダは男らしい体つきになり、シュリスも完全に聖女と同じ姿形だ。二人の身長は僅かにゼルエダが高い程度だが、体の厚みの差はしっかり分かる。
戦いにもすっかり慣れて、戦場に来てからようやく顔合わせが出来た仲間たちとの連携も、阿吽の呼吸で出来るようになった。確かな手応えと成長を感じて、シュリスはかなり安堵している。
そんな二人は今、仲間たちと共に東大陸の端に立っていた。
崖下には荒々しい波が打ちつけ、遠目に辛うじてバスティアン王国の島陰が見える。そのさらに向こうには、魔大陸の存在を示す黒い靄が空を覆い尽くしている。
人の住む二つの大陸からすでに魔王軍は追い出した。魔物の数はまだ多いが、とりあえず魔族の影はない。残るは、魔大陸に一番近い島国のバスティアン王国だけだ。これを取り戻せば、人が住んでいた地は全て返ってくるが、地続きだったこれまでの戦場とは勝手が変わる。
それは迎え撃つ形となる魔王軍とて同じだろうが、綿密に作戦を練る必要があるだろう。
そこに本来なら、シュリスとゼルエダも加わるべきなのだが。今シュリスたちは混成軍とは別行動を取っている。
シュリスとゼルエダを除けば、切り立った岩壁にはエルメリーゼとラルクス、リーバル他三名という少数の姿しかなかった。
「シュリスちゃん、本当にゼルエダと二人で行くの? 転移魔法なら僕も使えるんだよ?」
「うん、そうなんだけどね……」
「心配しなくても、シュリスの事は僕が守るから。リーバルは師匠を手伝ってくれたらいい」
「そんな牽制しなくても、別に勇者様に力不足だなんて言う気はないよ? でもさ、たまには僕に譲ってもいいんじゃないかな」
睨むように言ったゼルエダに、リーバルは苦笑を浮かべるが尚も言い募る。
二人のやり取りを、エルメリーゼとラルクスが呆れたように見ているが、声を挟む様子はない。リーバルとの付き合いが長い二人は、リーバルがゼルエダを揶揄ってるだけだと知っているからだ。
その代わり、同行している他三人のうち、騎士服をきっちり着込んだ男が割って入った。
「リーバル、食い下がるのもいい加減にしろ。二人しか運べないと言われたんだから、ゼルエダが行って当たり前だ。勇者と聖女を引き離そうとするな」
「さすがトリスタンは真面目だなぁ」
「文句があるのか?」
「まさか。騎士団長してるだけあるなって思っただけだよ」
騎士服の男、トリスタンはセルバ王国の騎士団長だ。アルレクでは隻眼の剣士として、メインストーリーで仲間になっていたキャラクターだが、セルバ滅亡を回避したおかげで両眼とも無事だ。
肩をすくめたリーバルを、トリスタンは睨みつける。そんな二人の様子に、虎族の男が豪快に笑った。
「リーバルはエルフ族にしては軽すぎるがな。人魚族のお嬢さん方と知り合いたいからって、必死すぎるぞ」
「いや、そういうわけじゃないんだって、レグルス」
「そうなのか? 他に理由があるなら気兼ねなく言ってくれ」
「あーもう、本当違うんだけどな」
真っ白な虎耳を持つ男レグルスは白虎の獣人で、アルレクでは虎族の熱血武闘家として仲間になるキャラクターだ。ゲーベルン獣王国の王子だが、国を取り戻した今も魔王討伐に参加する意欲は消えていない。
レグルスに小突かれて、リーバルは困惑して口籠る。権力に無頓着なエルフ族らしく、普段リーバルは相手が王子だろうと気兼ねしないのだが、真っ直ぐにぶつかられるのには弱かった。
そんな彼らのやり取りをシュリスは黙って見守っていたのだが、クイとローブを引かれて視線を落とした。
「シュリス、みんな準備出来たって言ってる」
「分かった。ありがとう、ソラ」
「ん」
フサフサと狐の尻尾を機嫌良さげに揺らす少女は、トリスタンやレグルスと同じく、アルレクのメインストーリーで仲間となるロリ狐暗殺者のソラだ。
まだ成人前とはいえ、成長の早い獣人族としても小柄と言えるソラは、ハーフのシュリスの半分程度しか身長がない。その可愛さからアルレクでもファンが多かったのだが、孤児として暗殺集団に拾われて以降あらゆる毒に慣らされてきたために背が伸びなかったという設定を知るシュリスとしては、実際に出会ってしまうと何とも不憫に感じてしまう。
セルバ王国防衛戦の時には、まだ見つかっていなかった彼女だが、その後進軍する中で出会う事が出来た。それ以来、シュリスが可愛がっているからか、姉のように慕ってくれている。
普段無口なソラが示してくれた通り、目を向けた先では荒波の合間から人魚族が顔を出していた。それを認めて、未だ戯れあっているリーバルたちは無視して、シュリスは賢者夫妻に声をかけた。
「じゃあ、私たちは行ってきますね。みんなのこと、よろしくお願いします」
「ああ、気をつけてな。こっちは任せてくれ」
「ゼルエダ、いざという時は途中でも帰ってきなさい。私たちも手を貸すから」
「はい」
皆に見送られ、シュリスとゼルエダは手を繋ぎ海へ向かって飛び降りる。リーバルが大袈裟に「シュリスちゃーん!」と叫び、レグルスが楽しげに笑う声が響いた。
ゲームにも出てきた彼らだけれど、現実で仲間になるとこんなにも生き生きとした交流があって、シュリスはつい笑ってしまう。戦いは凄惨な時もままあるのに、それでも穏やかでいられるのは彼らのおかげだろう。
自分たちが戻るまでどうか無事でいてほしいと願いつつ、シュリスはとある事をするためにゼルエダと二人で海底を目指した。




