38:戦いの始まり
それからしばらく、シュリスとゼルエダは大神殿とアルケーの森を行き来しながら過ごした。
魔王軍は徐々に東大陸を攻め上げてきているが、各地で魔物の数も増えている。修行も兼ねてそれらを討伐しに出かけたり、負傷した民間人の治療に回ったりと二人は忙しく日々を過ごした。
そうしてシュリスたちが間もなく十六歳を迎えるという頃、ついに魔王軍はセルバ王国へ侵攻を始めた。
シュリスは自分の体の成長具合から、もう半年もしないうちにゲームスタートの時期になるのではと考えていたから、やはりという気持ちでその知らせを聞く。
この時のために準備を続けてきた混成軍から要請を受け、二人は初めての戦場に立つ事となった。
「勇者のサビル様とゼルエダ様、聖女シュリス様だ。それから賢者エルメリーゼ様も我らの味方についてくれる。魔族の勝手を許すのもここまでだ。我らの力を見せつけるぞ!」
「おう!」
集められた数多の軍勢を前に、総大将が声を張り上げる。西と東、二つの大陸にある全ての国々から集まった人々の姿形は様々だ。
そんな彼らを前に紹介されたシュリスとゼルエダは、力強い声に圧倒されていた。
「すごいね」
「うん、これなら勝てるかな」
セルバ国の南端、国境線となっている山向こうを進んできている魔王軍の軍勢は、とんでもない数に膨れ上がっている。
あれがアルレクではセルバ国を蹂躙したのだと思うとシュリスは恐怖を感じるけれど、目の前にいる味方はアルレクでのセルバ侵攻時よりずっと多い。
この日のために集まった混成軍の中で最も数が多いのは、混血の兵士や冒険者たちだ。
大柄ではあるが何の特徴も持たない人型の彼らだが、その分、力のバランスは取れている。剣や弓、槍などそれぞれの獲物を手に集まっており、混成軍の盾にも剣にもなるだろう。
次に数が多いのは獣人族。彼らは言わずもがな、多種多様な肉食獣の特徴を持った者が集まっており、それぞれ眷属となる動物たちを引き連れている。
最も膂力のある彼らは塹壕や塀などの防衛準備にも大活躍してきたが、戦闘でも期待出来るだろう。
けれど鷲や鷹などの鳥獣人の多くは、物資の運搬を担う事になる。
代わりに空中戦を引き受けたのは竜人族だ。魔物のドラゴンと混同されがちな彼らだが、ドラゴンと違って彼らは瘴気を持たない。本来の姿は高位の竜なのだが、普段は魔法で人型を取って生活している。
何千年もの間その存在は目撃されておらず、伝説上の存在だった彼らが参戦したのは、シュリスがアルレクの知識を活用したからに他ならない。アルレクでは勇者が間を取り持つ事で、終盤になって協力してくれるようになるからだ。
数は少ないが、眷属の竜も引き連れているからその存在感はかなりのものだ。
次に目を引くのは、純粋な人族だ。獣人やハーフと比べると小柄な彼らの半数以上が魔法使いで、残りは魔法剣士が多い。
魔法が得意なエルフ族もかなりの数が集まっているから、彼らと協力して大規模な攻撃魔法で戦うはずだ。
他にもドワーフ族が鍛治士として武器防具はもちろん様々な防衛兵器を用意したし、ダービエ率いる神官たちが治療班として控えている。リーバルを通じて集めてもらった仲間たちも、混成軍に混ざって多数参戦している。
緊張で汗の滲んだ手を握るシュリスに、ゼルエダは勇気付けるように微笑んだ。
「きっと勝てるよ、大丈夫」
「うん……そうよね」
「何があっても、シュリスは僕が守るから」
「ありがとう」
力強いゼルエダの言葉が、シュリスの胸に沁み渡る。ガルニ村を出る時もその後も、何度となく同じ事を言われてきたけれど、厳しい修行を重ねてきた今のゼルエダには以前のような悲壮さはない。
肉体や技術的な強さだけでなく、精神面でも強くなったのだと思うと、同い年ながらシュリスは嬉しくなった。
「いつまでもイチャついてないで、そろそろ行くぞ」
「はい、ラルクスさん」
揶揄うようにラルクスに言われ、照れ臭さを感じながらも出撃の準備をする。今回の戦いでは、シュリスとゼルエダはラルクス、エルメリーゼと共に四人で敵陣の奥まで切り込む予定だ。同じようにサビルもリーバルたちと複数名で遊撃隊になる。
ゼルエダとサビルは黒髪で目立つ。魔族が彼らを狙っているのを逆手に取り、その意識を引き付けて本隊が有利に動けるようにするのだ。
戦場には事前にいくつか罠が仕掛けてあるが、その最たるものはもう一人の黒髪黒目の人物、六十代で魔法陣の研究ばかりしていた男性が作り上げた、広域の浄化魔法陣だろう。
魔物の力を奪って味方の被害を軽くするためのそれは、戦場となる予定の山の麓に広範囲に渡って設置されている。いつしか博士と呼ばれるようになった彼も、表には出てこないが立派に勇者の一人と言えた。
「頼りにしてるわよ、シュリス、ゼルエダ」
「はい、任せてください」
ラルクスとエルメリーゼまでシュリスたちに同行するのは、アルレクではこのセルバ滅亡戦でラルクスが死んでしまうからだ。
ゲームとは違う展開になっているが、どこか似たような結果になっている部分もあるため、念のためラルクスにはシュリスのそばにいてもらう事にした。いざとなれば、彼の生命が潰える前にシュリスが治癒魔法をかけるつもりだ。
国境線を越えて、黒く蠢く魔王軍の軍勢が姿を現す。アルレクではゲーム開始前の戦いだけれど、現実では間違いなくこれが魔王軍との戦いの始まりだとシュリスは気を引き締めた。




