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37:旗頭として

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 この場でだけは、聞かれたくなかったなとシュリスは思う。何せ今ここにはゼルエダがいる。

 ゼルエダは何も知らないのだ。シュリスに前世の記憶がある事はもちろん、それを元にリーバルが色々と動いている事も。


 とはいえ、尋ねられてしまったのだから仕方ない。隣に座るゼルエダの強い視線を感じつつ、シュリスは慎重に口を開く。

 伝えるのは、リーバルに教えてあるのと同じ内容だ。魔王軍がどういった経路で攻めてくるのかの、ざっくりとした順番や場所。魔王討伐戦で活躍する者たちと彼らが使う武器や防具の存在。これらを夢などで時折見るのだと話す。


 リーバルも、シュリスの情報が合っている事を証言した。話を聞いたクラールは、納得した様子で頷いた。


「そこまでハッキリと分かるとは。シュリスは私たちより神との繋がりが深いのかもしれん」

「いえ、さすがに時期までは分からないのですが」

「それでも充分過ぎる。先ほども話したが、私が神から受け取るものはもっと曖昧なものだからの。やはりシュリスが、神の落とした乙女なのだろうな」


 クラールの言葉に、シュリスはドキリとした。同席しているダービエたちからも、期待を含んだ熱い視線が注がれる。

 クラールは厳かに言葉を継いだ。


「シュリスよ。お主には聖女として立ってもらいたい」

「……聖女とは何ですか? 初めて聞くのですが」

「聞き覚えがなくていいのだよ。新しく作った称号だからのう」


 アルレクの知識で言えば、自分がいずれ聖女となるのは分かっていた。それでもまさかこんな形で言われるようになるとは思わず念のため確認してみたものの、どうやらこれはすでに決定事項らしい。

 クラールに促され、ダービエが詳しい説明を始めた。


「神殿内から魔族の手の者は一掃したが、どこから漏れたのか世界を救う勇者が召喚されるという話だけは広がってしまっているんだ。それがどうやら混成軍にまで広まっているようで、勇者はまだかと期待が高まっているらしい。そこでこの際、神託を広く伝えてはという話になった。士気を高めるためにね」


 曖昧な表現の神託をそのまま伝えて、おかしな解釈をされても困ってしまう。そこで元々広まっていた勇者の噂を用いて、神託を端的な表現に変える事にした。

 その内容は「勇者と聖女が魔王を倒し、世界に平和が訪れる」というものだ。


 魔族はセアトロに化けて神殿内部に入り込み、勇者召喚の生贄として黒髪黒目の人物を集めて消そうとしていた。これはつまり、魔族側としても本当の神託を看過出来なかったという事だろう。

 となれば、そうまでして狙われた黒髪黒目の人物たちこそが、魔族にとって致命的な相手となる勇者だと解釈すべきだろう。だから表現の変更を、クラールも大神官として受け入れた。

 ただその場合、神託に出てくるもう一つの存在にも何らかの呼び名が必要だ。そこで神の落とした乙女を、聖女と呼ぶ事にしたそうだ。


「神託を広めるだけでなく、同時に旗頭となる人物が必要なんだ。勇者は黒髪黒目だからサビルやゼルエダに頼めばいいとして、聖女に相応しい女性神官を選ぶ必要があった。それをシュリスに頼みたいんだよ」


 シュリスとゼルエダ、サビルは、偽のセアトロを退け、クラールを助け出した功労者でもある。そのため他の上位神官たちからも、異存はないという。


 アルレクでも、こういった経緯で聖女と名乗る事になったのだろうか? 分からないが、自分にその役割があるのだという事を、シュリスはゲームに生まれ変わったと気付いた時から覚悟してきた。だからそれについては断る事もない。

 ただ、召喚されない勇者の代わりにゼルエダやサビルが勇者となるのは、少し怖いなと思う。細かな違いはたくさんあるのに、結局はゲームと同じように進むのかと感じてしまうから。


「……分かりました。神託の聖女として、魔王討伐に向かえばいいんですね」

「もちろん君たちだけを行かせるわけではないよ。混成軍の旗頭となってもらうのが一番だから」


 今、混成軍は魔王軍を一気に押し返す機会を狙って力を溜めている。その時期が来たら、勇者と聖女としてシュリスたちを派遣する事になるらしい。

 同席していたエルメリーゼたちも、その時は共に戦うと約束してくれた。クラールたちは安堵の表情を浮かべ、シュリスは気を引き締める。


 そんな中で、ゼルエダだけはモヤモヤとした気持ちを抱えていた。


(せっかく死なずに済むと思ったけれど、またシュリスは遠くに行ってしまう……)


 生贄が必要ないと分かって喜ぶはずだったが、そんな気持ちには到底なれなかった。

 自分が戦場へ行くのは構わないが、シュリスも行く事になってしまった。それも、聖女という唯一の存在として。


(僕には教えてもらえなかったことも、リーバルには話してたんだな)


 大神殿を抜け出した時、アルケーの森へ行こうとシュリスが言い出した理由も、今となればゼルエダにも理解出来る。

 それも御告げで分かったのだろう。けれどそれを、シュリスは自分に話してくれなかった。それがゼルエダは、辛くて堪らない。


 昔からシュリスは、ゼルエダにとって高嶺の花だった。恋焦がれて手を伸ばしたくても伸ばせない。自分なんかが求めていい相手ではないと思っていたはずなのに、なぜか今は自制が効かない。

 一度諦めて、でも死ななくていいと分かったからだろうか。それとも、勇者の一人として自分も旗頭になると言われたからだろうか。


(どうしたらシュリスのそばにいられるんだろう。もう僕は、諦めたくない)


 神から御告げを受けるなんて、すごい事だとゼルエダは思う。シュリスの神聖魔法の凄さもゼルエダは身を持って知っているし、シュリスの頑張りも間近で見てきた。だからシュリスは聖女となるに相応しい。

 それに対して、自分はどうだろうか。勇者と呼ばれるに相応しい存在になれたら、神託のようにシュリスと並び立てるようになるのだろうか。


(武功を上げればいいのかな。そうしたら僕にも、リーバルみたいに話してくれる?)


 打ち明けてもらえなかったのは、自分が頼りないからだろう。これまではそれで仕方ないと思えていたけれど、頑張ったら少しは変わるのではないか。

 光り輝く彼女のそばに行きたい。その思いは、世界を救うとかそんな事よりもよほど強く、ゼルエダの心を突き動かした。

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