36:御告げの解釈
大神官はただ神の言葉を聞けば良いというわけではない。そもそも神託は、ハッキリとした声や文字で伝えられるものでもないという。神という高次の存在と比べれば人の存在はあまりに小さすぎて、渡されるメッセージに対して受け取れる量には限りがあり、どうしても断片的かつ曖昧になってしまう。
そのため受け取った神託を人の言葉に翻訳し、どう解釈するのかを決めるまでが大神官の務めだとクラールは話した。
「本物のセアトロも、私と同じ神託を受けたはずだ。実際、そういったメモも残っていたからな。黒髪黒目の人物が魔王討伐の鍵を握る、と解釈したのも本人だと私は思っておる。しかし聞いて分かると思うが、どこにも召喚や生贄に繋がるものはないだろう? だからそこは偽物が付け加えたはずだ。召喚なんぞ、そもそも現実的とは言えないからな」
意外なクラールの話に、シュリスとゼルエダは驚いた。二人はてっきり、召喚法が大神殿にあるのだと思っていたが違ったらしい。
目を瞬く二人を見て、ラルクスが可笑しげに笑った。
「そう驚く必要もないだろう。全く別の場所に人を呼び出す術なんて、これまでなかったってのを忘れたか?」
異空間に物質を転送したり、そこから取り出したりする収納魔法ですら、エルフ族ぐらいしか知らない古代魔法だった。それを改良して生物を転送出来るようにしたのが、近年エルメリーゼが作り出した転移魔法だ。
召喚も転移魔法の一種と言えるけれど、どこにいるかも分からない勇者という存在を探り出して呼び出すというのは人の手に余る。
だからこそ神の領域、つまり神殿では出来るものなのかとシュリスたちは思っていたのだが、有り得ない事だったようだ。
ラルクスの話に、エルメリーゼも頷き声を挟んだ。
「召喚なんて出来るのは魔族ぐらいだもの。まあ、私の転移魔法も、昔見た魔物の召喚陣から発想をもらったんだけどね」
魔族は魔物を召喚し、使役出来るという。人とは異なる瘴気の中で生きるモノたちが使うのだ。召喚とは、それだけ異質な力が働くものなのだと言われれば、頷くしかない。
アルレクを知るシュリスには、何とも受け入れ難い事ではあるが。
「セアトロは消されて、私は倒れてしまったからな。偽物が神から勇者の召喚法を伝えられたとでも言えば、皆信じるしかあるまいよ。だからゼルエダ、君たちの命を我々神殿が不当に奪うことはない。信じてもらえるかのう?」
「……はい。信じます」
ゼルエダの返事に、クラールはホッとしたように微笑んだ。モヤモヤとした疑問を抱えながら、シュリスは口を開いた。
「あの、クラール様。召喚が無理なのは分かりましたが、クラール様ご自身は先程の神託の内容はどのようなものだとお考えなのですか?」
召喚なんて無理なのだとしたら、アルレクで勇者として戦っていたプレイヤーは何だったのか。ここまでゲームの世界と酷似しているのに、勇者がいなかったらどうなってしまうのだろう。シュリスはそんな不安を抱えていた。
「本物のセアトロが解釈しただろう部分については、私も同じ見解だ。"髪と瞳に夜を宿す者"というのは、ゼルエダたち黒髪黒目の者だろう。"神が落とした乙女"は、神の力……つまり神聖魔法を行使出来る女性神官だと考えておる。魔王討伐は厳しい戦いになるだろうから、癒しの術は必要不可欠だろうし、我々神殿も全力で手助けせよという御告げだと思っておるよ」
「では、その後は?」
「森の子はエルフ族のことだろう。約束の地は魔王がいる魔大陸のことで間違いないはずだ。彼の地は数千年の間エルフ族の手で封印されてきたからのう。この辺りは、私より彼らから聞いた方が良さそうだが」
クラールに話を向けられ、ラルクスは頷いた。
「今の混成軍も、俺たちエルフ族の呼びかけで作られたからな。リーバルの話を聞いてもらえるのもそのためだ」
三千年ほど前、世界の存亡をかけた大きな戦いがあり、魔王と魔族は住処である魔大陸ごと封印された。それが二百年ほど前に綻び始め、魔王復活は時間の問題となった。
そのため封印の結界を維持していたエルフ族は、来るべき戦いに備えるよう呼びかけてきたという。魔王が復活するのと同時に種族を越えて団結し抵抗出来ているのは、エルフ族がいたからなのだ。
リーバルも、その呼びかけをしてきた一人だ。この二百年、世界中を旅してきた彼は様々な国々に顔がきく。
そんなリーバルを通じて、シュリスの知るアルレクでの魔王軍の進軍経路も伝えられている。その話を元に民を事前に逃したり罠を張ったり、深追いせずに戦力を温存したりと、仲間集め以外にも色々な策を講じてきた。それが出来たのも、リーバルが各国首脳と懇意にしてきたからだった。
話を聞いてシュリスは思い返してみたが、アルレクではそこまで詳しい背景は描かれていなかったように思う。まだ思い出せていないだけなのかもしれないが、魔王復活前についてゲーム内で語られていたという記憶はない。
けれど、どこの国でも勇者パーティーは歓迎されていたし、そこにリーバルは必ずいた。神殿が召喚した勇者だからかと思っていたが、もしかするとリーバルの顔が広かったからというのもあるのかもしれない。
今のリーバルが頑張っているのはもちろん知っているけれど、ゲームでも思った以上に重要なキャラだったのかも、などと考えつつシュリスはチラリとリーバルに目を向けた。
視線に気付いたリーバルはニッコリと笑みを向けてきて、言外に「見直した?」と言ってるように感じてシュリスは小さく笑ってしまう。
するとよそ見をするシュリスを咎めるように、隣に座るゼルエダがそっと袖を引くから、シュリスはハッとしてクラールに向き直った。
クラールはラルクスの話を引き取り言葉を継いだ。
「魔王討伐は、何千年も前からの悲願だ。それを果たせば、世界は必ず平和になる。神託の最後で、神はそれを約束してくださったのだと思っておる。これで疑問は晴れたかのう」
「はい、ありがとうございます」
「では、次は私からだ。そちらのエルフ殿が告げて回っていた神託は君のものじゃないのかね、シュリス」
見透かすように見据えてくるクラールに、シュリスの背が自然と伸びた。聞かれるだろうとは思っていたが、ここで話を出されるとはとシュリスは内心で苦笑した。




