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34:未来を描いて

 リーバルのおかげで仲間探しは順調に進んでいるし、魔王討伐に向けた準備も少しずつ進んでいる。レベルもかなり上がっており、賢者の家での生活は概ね良好といえるだろう。


 けれどそれは、あくまでもシュリスにとっての話だ。シュリスとリーバルが薬草畑で話している姿を、少し離れた所で一人素振りを続けていたゼルエダは、複雑な気持ちで眺めた。

 修行を始めた頃こそ、ゼルエダの気持ちは久しぶりに穏やかさを取り戻していたが、リーバルが来て以降それも変わってしまった。


 大神官が偽物だと分かってからというもの、生贄にならずに済むかもしれないという気持ちと、もし必要なら身を捧げなければという思いにゼルエダは挟まれている。

 だから今もシュリスに気持ちを伝えていないし、あくまで幼馴染として振舞っているのに、リーバルはゼルエダの目の前でシュリスに言い寄る。

 それがリーバルの一方通行で、シュリスにその気がないのはゼルエダにも分かるけれど、優しいシュリスはリーバルにも微笑みを向ける。柔らかな笑みが他の男に向けられるのを見てしまえば、心穏やかではいられない。


 何せリーバルは顔が良い。エルフ族だから当然と言えるけれど、ラルクスと同年代とは思えない童顔だから若いシュリスと並び立っても遜色はない。女性が好みそうな甘い顔で眉尻を下げる様は庇護欲も誘うだろう。

 ゼルエダ自身、面倒見の良いシュリスにたくさん構ってもらった自覚があるから、興味なさげにしているシュリスがいつかリーバルに絆されてしまうのではと気が気でない。


 かといってシュリスに近づくなとも言えない。ただの幼馴染であるゼルエダにそんな事を言う資格はないし、もしかしたらそう遠くない時期に自分の未来は消えるかもしれないのだ。

 修行の甲斐あってゼルエダも強くなったけれど、リーバルはもっと強い。女好きという点は気になるけれど、自分が消えた後も彼ならシュリスを守ってくれるだろう。シュリスが彼を選ぶなら、それを応援しなくてはならない。


 自分以外の誰かがシュリスに寄り添うと考えると、血を流すような苦しみを感じる。それでもどうにも身動きが取れなくて、ゼルエダの胸は荒れていく。

 けれど意外にも、そんなゼルエダを救ったのもリーバルだった。


「ラルク、腹減った。今日の夜は何?」


 シュリスが薬草を摘み終えるのを見計らい、ゼルエダも二人に合流した。そのままリーバルは勝手知ったる動きで家へ入っていく。

 中ではラルクスが夕飯の支度をしており、挨拶もなしに話しかけてきたリーバルに呆れた声を返した。


「おい、ここはお前の家じゃないんだぞ。いきなり来て寛ぐな」

「いいじゃん、今夜は泊めてもらうんだし」

「まだ俺もエルも許可してないだろうが」

「そう? 今日はとっておきの情報仕入れてきたから、じっくり話し合うべきだと思ったんだけどなー」

「……ったく、仕方ねえな」


 リーバルはやって来ると大抵一晩泊まっていくのだが、それをラルクスは毎度嫌がる。何でも昔リーバルはエルメリーゼにも言い寄っていたそうで、それを聞いて以来ゼルエダはラルクスに剣の師匠という以上に親近感を感じている。

 そんな男二人の冷たい視線にも、リーバルは無関心だ。飄々とした態度で土産だと肉を大量に台所へ積み上げ、それらはラルクスの手で美味しい料理へと形を変えた。


「それで情報ってのは?」


 町へ買い物に出かけていたエルメリーゼも戻り、五人で夕食を終えた後。ラルクスが食後のお茶を入れつつ問いかける。

 リーバルはシュリスとゼルエダに意味深な笑みを向けて、おもむろに口を開いた。


「それがね、パガーノスの大神殿のことなんだ」


 シュリスとゼルエダがアルケーの森へやって来た日から、数ヶ月が経っている。サビルやダービエ、クラールの事を忘れた日はなかったが、二人は大神殿を逃げ出した身だ。

 内部情報を知る術はないし、外から何か働きかけられるわけでもない。傷ついた皆が無事でいる事を願う日々を送るだけだった。


 そんな二人のためにエルメリーゼやラルクス、リーバルは町へ降りると噂を集めてくれていたのだが、特に大きな話はこれまでなかった。元々神殿は秘匿性の高い組織だから、仕方ない事だろう。

 だがリーバルは仲間探しの中で度々「神託で」と口にしてきた。それはアルレクの話を聞き入れてもらうための方便だったのだが、どうやらそれが神殿関係者の耳に入ったらしい。

 リーバルは、大神殿から接触してきた神官がいたのだと話した。


「何でも、大神官のクラールって人に新しい御告げがあったらしくてさ。それで僕の所に来たんだって。行方不明になった聖女を探してるって言ってたんだけど、話を聞くとどうにもそれがシュリスちゃんぽいんだよね。教えてくれたのはフィデスって神官なんだけど、心当たりある?」

「あります!」

「大神殿の改革は終わったから帰ってきてほしいって言ってたよ。生贄の話は無くなったから安心するよう伝えてって言われたんだ。ずいぶん物騒だけど、生贄って何なの? 聖女なら意味は伝わるって言われたんだけどさ」

「あー、それは……」


 リーバルの問いに、シュリスはどうにか誤魔化そうとしていたが、ゼルエダはそれ所ではなかった。


(生贄がなくなった? それが本当なら、僕は生きていられる?)


 本当にそれがフィデスなのか。新しい神託とは何なのか、気になる事はたくさんある。

 けれどリーバルのもたらした情報は、ゼルエダの心に光を灯した。


 もし生贄にならなくて済むのなら、シュリスと離れなくていい。勇者召喚の儀式に備えて修行を重ねてきたけれど、身に付けた力は自分自身の手でシュリスを守る事に使えるのではないか。たとえ特別にはなれなくても、シュリスのそばにずっといれるかもしれない。

 今まで目を背けてきた未来に対する小さな希望は、ゼルエダの中でムクムクと大きくなっていった。

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