31:真実を話して
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見間違いだったのだろうか、とシュリスは思う。夫妻の眼差しが鋭くなったのはほんの一瞬だけで、シュリスの願いにエルメリーゼはにこやかに答えたから。
「教えてあげられるかはゼルエダ次第ね。転移魔法はそう簡単に覚えられるものではないから」
「ええと、ということは」
「修行していくといいわ。明日から色々教えてあげる。今日は疲れただろうし、部屋をあげるからとりあえず夕食まで休みなさい」
「ありがとうございます!」
置いてもらえる事になり、シュリスの頭から疑問は吹き飛んだ。良かったと笑みを交わしたシュリスとゼルエダは、ラルクスの案内で二階に上がる。
与えられた二人の部屋は隣同士だ。生活の注意点や約束ごとなども簡単に教えてもらうと、シュリスはゼルエダと別れて自分の部屋へ入った。
客間だろうその部屋を、シュリスはアルレクでも見ている。ベッドと机、クローゼットが置かれたシンプルな室内は、ゲームで勇者が泊まったのと全く同じだ。記憶にある部屋の様子に、ようやく安心出来る場所へ来たのだと肩の力が抜けていく。
逃亡生活で野宿続きだったシュリスは、自分で感じている以上に疲れていたようで、ベッドに腰を下ろすと吸い込まれるように眠ってしまった。隣の部屋に入ったゼルエダも同じだろう。
けれど残念ながらシュリスだけは、その眠りを長く続けられなかった。
「シュリス、起きなさい」
そっと体を揺さぶられ、ぼんやりと目を開くとエルメリーゼが顔を覗き込んでいた。もう夕食の時間かと慌てて起き上がったが、窓の外はまだまだ明るい。
「ちょっと来てくれる? あなたに聞きたいことがあるの」
真剣な目で部屋を出るよう促され、シュリスの背に冷たいものが走る。今のエルメリーゼは、笑っていなかった。
「ゼルエダの部屋には結界を張らせてもらったわ。あなたが泣いても叫んでも、あの子には届かない。洗いざらい話してもらうわよ」
一階の居間に戻り、シュリスは身を縮めて座っていた。そんなシュリスの前に、厳しい言葉を投げかけながらもエルメリーゼがお茶を出してくれる。
この矛盾した態度が、今のシュリスには有難い。エルメリーゼが冷たい態度を示すのは、あくまでもパフォーマンスなのだとシュリスにはすぐに分かった。
壁際に立ち、刺すような視線を向けてくるラルクスの方が余程怖いからだ。彼が手を出さないよう牽制するために、エルメリーゼはあえて厳しい顔をしているはずだ。
「あの、洗いざらいとは……」
「転移魔法のことよ。どこで知ったの?」
「それはサビルさんから」
「嘘ね。あれが完成したのはつい最近なの。研究していた事も秘密にしていたし、サビルは存在すら知らないわ」
エルメリーゼから告げられた言葉に、シュリスは衝撃を受けた。ゲームでは当たり前に使っていたけれど、まさか賢者自身が開発した魔法だったとは思いもよらなかった。自分が不用意にその言葉を発した事で、疑いを持たれてしまったのだ。
「本当はこの家のことも、サビルから聞いたわけじゃないんでしょ?」
「それは……」
「黙ってると身のためにならないぞ。そもそもお前はただの混血じゃないだろう」
口籠もるシュリスに、ラルクスが凍えるような声で刺してくる。
それはまるで、このまま誤魔化すようならこの場で殺すと言われているようで、シュリスの顔から血の気が引いた。
「ここに来たのがゼルエダだけなら、俺だってここまで警戒しなかった。魔力量が馬鹿みたいに多いが、あいつは純血の人族なだけだからな。だが、お前は違う。何者なんだ? どこから来た?」
「ラルクはエルフ族だから分かるのよ。あなたに何かが混ざってるって、精霊たちが騒いでるそうだから。悪いようにはしないから、本当のことを教えてくれる?」
「わ、私……」
「ごめんね、そこまで怯えなくて大丈夫よ。魔族に襲われたのは本当なんでしょう? 敵じゃないのは分かってるから」
ラルクスに畳み掛けられ、シュリスは萎縮してしまったものの、エルメリーゼが絶妙なタイミングで救ってくれた。シュリスはギュッと手を握りしめ、震える唇を動かす。
何を問われているのかはよく分かっていた。「混ざっている」というのは、シュリスの記憶の事に違いない。
「……私には、こことは違う世界で暮らしていた記憶があるんです。そこでこの世界の未来を、私は見ていて……」
前世の記憶、それも別世界の話だ。荒唐無稽だと言われても仕方ない事で、明かすには勇気がいる。
それでもここで話さなくては、どんな目にあうか分からないから、シュリスは心を叱咤して必死に言葉を紡いだ。
その甲斐あってか、それとも元々シュリスを混ざりものだと断じていたからだろうか。シュリスの不安は杞憂に終わった。
たどたどしく話す言葉は聞き取り難い部分もあっただろうが、二人は最後まで声を挟まずシュリスの話を聞いてくれ、何の疑いもなくあっさりと受け入れられた。
「そういうことか。だから精霊たちが変だと騒いでたわけだ」
「もう、ラルクが脅かすから泣いちゃってるじゃないの。ごめんね、シュリス。話してくれてありがとう」
「いえ……」
とても怖い思いはしたが、話し終えてみればシュリスの胸の内は意外にもスッキリとしていた。
前世の記憶だけならともかく、この世界の未来であるアルレクの記憶は一人で抱えるには大きすぎる。それを共に背負ってくれる者が出来た事で、シュリスはホッとしたのだ。これからはもう、一人きりで悩まなくてもいいのだから。
「しかし、セルバが滅亡して俺が死ぬとは。冗談にしては悪質すぎるな」
「神託じゃないって言ってたけど、シュリスは見習いだもの。記憶を思い出したのには、何かしら神も関わっているんじゃないかしら」
「幼馴染が生贄の候補者なのにか? 大神官の神託が偽物ならいいが、そうじゃなけりゃずいぶんな采配だ。神の性格を疑うよ」
あれほど恐ろしかったラルクスも、アルレクの内容を打ち明けてからはすっかりシュリスに同情的だ。もし生贄を求める神託が本当だったとしても、彼らならゼルエダを助けてくれるのではと思える。
そして実際、夫妻は優しい笑みをシュリスに向けた。
「とにかく、あなたの事情は分かったわ。話を聞いた感じ、疑いようもないみたいだし。その最悪な未来は避けたいところよね」
「俺も死にたくはないからな。とりあえず信じて動くことにするよ。神託の真偽はともかく、仲間とやらは先に集めた方が良さそうだ。一人心当たりもあるし、まずそいつから当たってみよう。転移魔法は俺も使えるしな」
思いがけない形で心強い協力者を得られた事に、シュリスは心の底から安堵した。かくして修行と並行して、シュリスは魔王討伐に向けた仲間集めを始める事になった。