3:黒髪黒眼の人族
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それまでシュリスとゼルエダが会うのは、ルッツォが薪を届けに村長宅へ来た時だけだった。仲良くなってもゼルエダ一人では遊びに来なかったし、相変わらず他人に怯えている様子で、来る時は全身スッポリとフード付きのローブで身を覆っている。
けれどゼルエダは辛い過去を話してくれたのだから、もう少し頻繁に遊べるようになりたいとシュリスは思う。ゼルエダの家は村外れの森のほとりにあると聞いているが、自分から遊びに行ってもいいだろうか。
そんな事をシュリスが考えていた矢先、その出来事は起きた。
「お前なんでそんな色なのに獣耳がないんだよ」
「うわっ、尻尾もないぞ、こいつ」
「やめて、返してよ」
ある日シュリスが女友達の家へ遊びに行く途中、路地裏の方から少年たちの声が聞こえてきた。
か細いながらも必死さの滲む声はゼルエダのもので、シュリスは何事かと足を向けた。
「ゼルエダ? みんなで何をしてるの?」
木こりのルッツォは村の家々に定期的に薪を届けているが、ついでにゼルエダに友達が出来ればとよく同行させている。今日もそうして養父に連れ出されたのだろうゼルエダは、いつものローブを年上の少年たちに奪われていた。
今にも泣きそうなゼルエダを見て、虐められていたのかと思わず眉根を寄せたシュリスに、少年たちは無邪気な笑みを向けた。
「シュリス、知ってたか? ルッツォさんの所に来たこいつ、変なんだぜ」
「変って?」
「見ろよ、この色。こんな真っ黒な髪と目なのに、獣人じゃないんだよ」
ガルニ村の三分の一が獣人族と呼ばれる人々で、獣の耳と尻尾を持っており、祖となる動物の能力を持つ者たちだ。総じて大柄で力が強く頑丈だが、魔力は微々たるものしか持たない。
熊や狼、山猫など肉食獣が人型になったと言われている彼らは、自身が獣になる事は出来ないが、同種の動物を眷属としており意思疎通が出来る。そして異なる獣人族同士で交わると、どちらかの種族の子が生まれるという特性があった。
一方、村民の残り三分の二は、混血と呼ばれる獣人族と人族の血が混じり合った人々だ。
人族は神が自らに似せて創り出したと言われる存在で、獣人族より華奢で小柄だが強い魔力を持っている。そんな彼らと獣人の血が混ざり合うと、体格や能力の一部は獣人族の特性が現れるものの、外見は人族となり獣耳と尻尾が消える。人族には及ばないが魔力はそこそこ、力もそれなりに強いというのが獣人族と人族のハーフだ。
シュリスの両親も共にハーフで、遠い先祖に純血の獣人族と人族がいる。どちらの血もだいぶ薄いので、まだ幼いシュリスにはどの程度特徴が受け継がれているのか分からない。
今ゼルエダを囲んでいる三人の少年たちも、シュリスと同じハーフが二人に、大鷲族の獣人が一人だった。
ハーフの少年二人の言葉に、怯えた様子でゼルエダは震えている。そんなゼルエダを見据えて、大鷲族の少年ロッチェが口を開いた。
「黒豹とか黒狼の子なら分かるけどさ。こんな真っ黒なのに耳も尻尾もないなんて、おかしいだろ?」
そう問われても、シュリスにはよく分からなかった。確かに黒い髪と瞳は珍しく、これまでシュリスは見た事もない。
何と答えていいか戸惑っていると、ゼルエダはギュッと目を瞑った。
「僕は……おかしくなんか、ない」
「ならお前は何だっていうんだよ」
「僕は、人族で」
「嘘つけ! おれは人族だってエルフ族だって見たことあるけど、真っ黒のやつなんていないんだぞ」
大鷲族のロッチェには、獣耳や尻尾の代わりに大きな翼がある。十歳になったロッチェは長距離飛行の練習を兼ねて、町や村を飛んで荷物や情報を運ぶ仕事をする父に時折同行していた。
子どもたちの中で唯一村の外を知るロッチェの言葉は重く、気味悪そうに言ったロッチェに残り二人は顔を歪めた。
「まさかこいつ、魔族じゃないよな?」
「お前、どこから来たんだよ。本当の親は魔物だったとか言わないよな?」
魔族はこの所世間を騒がせている存在で、人型をとる魔物の上位種だ。その性質は残虐で凶悪、たった一人を相手に上級冒険者や騎士団が束になっても苦戦する強さを持つ。大昔に封印された魔王の復活のために、魔物を凶暴化させて町や村を襲っていると噂だ。
少年たちにとって、それは些細な一言だったろう。けれどゼルエダの纏う空気が、一瞬で変わった。
「ちがう! 父さんと母さんは、ちゃんと人間だ!」
ゼルエダが叫ぶと同時にバリバリッと音が鳴り、ギャッと少年たちが悲鳴を上げた。
「やっぱ化け物だ、こいつ!」
「殺される!」
ゼルエダのローブを放り投げ、ハーフの少年たちは逃げて行った。ロッチェも「お前もこいつに関わらない方がいいぞ」とシュリスに一言言いおいて、彼らの後を追っていった。
けれどシュリスは、その場を動こうとしなかった。ゼルエダは小さく震えたまま蹲っており、とても放ってはおけなかった。
「ゼルエダ」
そっとゼルエダの腕に触れると、ゼルエダはビクリと肩を揺らした。そんなゼルエダにローブを着せ掛け、シュリスはそっとその背を摩った。
「……シュリスは、こわくないの」
ポソリと呟かれたゼルエダの言葉に、シュリスは微笑んだ。
「こわくないよ。何したのかは分からないけど、私は好きだよ。ゼルエダの黒い色」
「……本当に?」
「うん、本当」
同情でも何でもなく、それはシュリスの本心だった。どちらかといえば、黒い髪と瞳を見ていると心が落ち着くほどで、気持ち悪いとか変だとか、そんな事は全く思わなかった。
そのままシュリスは、ルッツォが迎えに来るまでゼルエダのそばにいた。
ゼルエダは何も話さなかったが、気になったシュリスは帰宅後に父親に問いかけた。
「ゼルエダが魔族かって? それは違うと思うよ」
物知りの父親は、苦笑しながらも教えてくれた。人族は、体内に内包する魔力が強ければ強いほど、髪や瞳の色が濃くなる。賢者と呼ばれる、何歳なのかも分からない魔法の天才も、その髪と瞳は葡萄のような濃い紫色らしいとシュリスの父は話した。
「人族の中でも、黒というのはかなり珍しいらしいけどね。強すぎる魔力を持つと、コントロール出来るようになるまで暴走させたりして大変らしいから、ゼルエダの家族もそれを気にしていたんじゃないかな」
ゼルエダの両親が行商人をしていたのは、ゼルエダが魔力を暴発させて誰かを傷つけないようにしようと思ったからではないか。もしかしたら、すでにどこかで誰かを傷つけていて、一つ所に留まれなかったのかもしれないと、父は話を続けた。
「ゼルエダのローブには、暴発を防ぐ特殊な魔法がかけてあるんだよ。シュリスが見たのは、魔法の暴発だったんだろう。無理矢理剥ぐなんてことはさせないように、周知しないといけないな」
シュリスの父は村長として、新たな村民となったゼルエダとその周囲を守るために高価なローブを貸し与えていた。ちなみにローブは村で用意した物ではなく、領主に相談の上、用意してもらった品だ。
ゼルエダの正体についても、自身が不安を感じたために詳しく調べていたから、シュリスの質問にも淀みなく答えられたのだ。
そこまで親身に関わるのはシュリスがゼルエダを気に入ったからなのだが、そうとは知らないシュリスは優しい父を純粋に尊敬した。