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29:賢者の住む森

 申し訳なく思いつつもクラールの私物を一部失敬して換金し、旅の準備を整えて。シュリスとゼルエダはひたすらに西へ向かった。

 人目を避けるため、町に寄ったのは最初の一回きり。その後は日中に野宿をして睡眠を取り、移動は夜になってから空を飛ぶ。

 魔鳥など飛行する魔物には夜行性のものもおり、空で襲われる事も多々あったが、ドラゴンでもない限りゼルエダの魔法で対処出来る。

 時に逃げて時に打ち払いながら進み、十日足らずでアルケーの森近くまでたどり着く事が出来た。


「ゼルエダ、あの森よ。手前に降りて」

「分かった」


 昇り始めた朝日に、鬱蒼とした森が照らされる。

 森の違いなど、一目見て分かるものなのかとゼルエダは首を傾げたが、サビルから聞いたと言われれば何も言えない。シュリスの求めに応じて、ゆっくりと地上へ降りる。


 地に足を付けたシュリスは、不思議そうにしているゼルエダを横目に目の前に広がる森を見渡した。

 森の縁には青色の小さな実を付けた木々が所々に生えている。アルレクで見ていなければ、きっと気付かなかったろう目印がこれだ。精霊が好むこの青い実は、強力な魔法の媒体にもなる。

 ここで間違い無いと、シュリスはゼルエダと手を繋いだ。


「賢者の家はこの森の奥にあるの。迷いやすいから手を離さないでね」

「それも師匠から聞いたの?」

「まあ、そんなところ」


 ゲームの記憶を頼りに、シュリスは森へ足を踏み入れる。

 人族でありながらエルフ族とも繋がりの深い賢者は、精霊の力も借りて隠れ家のある森全体に幻惑の魔法をかけ、侵入者を阻んでいるはずだ。正しい道を通らない限り、賢者の家には決してたどり着けない。

 アルレクのストーリーではいくつかの小さなイベントをこなしてそれを知るが、特にアイテムが必要なわけでもない。歩き方さえ分かれば通れるから、シュリスには簡単な事だ。


 時折現れる魔物はゼルエダに倒してもらい、侵入者避けのトラップは慎重に避けて。小一時間ほど歩いたところで、周囲の空気が変わった。


「花の匂い……?」

「良かった、着いたみたい。この先よ」


 森の植生も変化し、いつの間にか二人の周りは無数の小さな花を付けた果樹が囲んでいた。賢者の隠れ家は基本的に自給自足で、この先に畑などもあったはずだとシュリスは思い返す。

 そうして一歩を踏み出したのだが。


「……っ、シュリス!」


 シュリスがゼルエダに突き飛ばされると同時に、鋼を打ち合うキーンと甲高い音が響いた。

 ゼルエダが咄嗟に抜いた剣に弾かれ、一人の男性がひらりと宙を舞う。抜き身の剣を構えて着地した男性は、一つに結んだ新緑のような鮮やかな緑色の髪を靡かせていた。


「今のを堪えたか。なかなかやるじゃねえか」

「あなたは誰ですか!」

「それはこっちのセリフだ。お前ら、どうやってここまで入った?」


 四十歳前後に見える男性は、その立ち姿を見るだけで手練れだと分かる。鍛え抜かれた肉体に驚くほど整った顔立ちは、女性なら誰もが見惚れてしまうだろう。けれどシュリスたちに向けてくる視線は、不信感を露わにした厳しいものだ。

 それもそのはずだと、彼の長い耳を見てシュリスは思う。


 人族の耳を長く尖らせたような独特な耳の形や、老若男女問わず美麗な顔立ちはエルフ族の特徴だ。寿命も千年ある種族だから、男性の実年齢は四百歳はあるはずだ。

 そんなエルフ族がこの場にいる理由など、たった一つしかないだろうから。


「ごめんなさい、突然お邪魔してしまって。賢者様の旦那様ですよね?」

「なぜそう思う?」

「私たちは怪しい者ではありません。私はパガーノス大神殿の神官見習いシュリス。こちらは友人のゼルエダです。サビルさんの紹介で賢者様に会いに来ただけなんです」

「サビルの? そういえばこっちのはサビルと同じ色だな。息子ではなさそうだが」


 本当は紹介などされていないし思い出話を聞いただけなのだが、確認する術はないから構わないだろう。勝手に名前を借りた事だけ、シュリスは胸中で詫びる。

 男の剣呑な眼差しが緩み、相対していたゼルエダも戸惑いながら剣を下ろす。シュリスはそんなゼルエダのそばへ行き、安心させるようにその腕に触れた。


「ゼルエダはサビルさんから魔法を教わってたんです。ね、ゼルエダ」

「うん……僕は師匠、サビルさんと大神殿で会いました。若い頃に賢者様から教えを受けていたと聞いてます」

「まあ確かに、あいつはここに来てたがな。だが、大神殿?」

「神託があって集められたんです。僕みたいな黒髪黒目の人族が」

「へえ、神託か」


 シュリスたちの話を聞いて、男は少し考える素振りをしていたが、やがて納得したように小さく頷いた。


「まあ、いいだろう。俺はラルクスだ。お前らの言う通り、賢者は俺の妻だ。会わせてやるからついて来い」


 あれほど警戒していたのが嘘のように、あっさりと背中を向けてラルクスは歩き出す。

 だがそこには一分の隙もなく、ラルクスが二人よりずっと強いのだと実感せざるを得ない。仮に何か怪しい動きがあったとしても、抑えられると踏んで招き入れられた事は言われずとも分かる。

 シュリスとゼルエダは互いに目配せして頷き合い、黙ってラルクスの後に続いた。

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