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28:逃亡の誘い

 東大陸へ渡る船の上で「もう止めない」と宣言してからというもの、シュリスは全くこの話をしていない。ゼルエダが未練を感じるようになり、時折苦しげな素振りを見せるようになっても、シュリスは何も言わず逃げるその時への備えを一人で淡々とこなしてきた。

 けれどそれも、今日で終わりだ。


「本当の神託が何なのか、ゼルエダは気になると思うけど。今は私と一緒に来てくれないかな」


 残してきたクラールたちは、フィデスたちがいるから大丈夫だろう。ただ、シュリスたちについてはどうなるか分からない。

 サビルやダービエが目を覚まして真実を語ったとしても、神官のどの程度が魔族側なのか分からないのだから、下手に戻れば召喚など関係なしにゼルエダが殺されてしまう。


 今のシュリスたちに出来るのは、フィデスたちを信じて安全な場所で全てが片付くのを待つ事だ。ゼルエダもそれは分かるだろう。

 そう思って話せば、果たしてシュリスの信じた通り、ゼルエダは素直に頷いてくれた。


「それは構わないけど……。どこに逃げるつもりなの?」

「賢者に会いに行こうと思うの」

「賢者って、サビル師匠が魔法を教わったっていう?」

「うん、その賢者」


 アルレクのツンデレ賢者エルメリーゼの存在は、彼女が書いた魔法書や逸話があったから、村にいた頃からシュリスも知っていた。

 けれど実際に彼女と会ったというサビルから話を聞いて、改めてその存在が確かなものだと感じると共に、今この世界はアルレク開始前なのだとつくづく分かった。というのも、今の賢者は夫と共に暮らしているというからだ。


 アルレクで仲間となるキャラたちは、サブ要素である恋愛シミュレーションの対象にもなる。

 聖女シュリスと同じように、賢者エルメリーゼにも個別ストーリーがあり、その中で彼女は死んだ夫について勇者に明かしていた。つまり賢者は未亡人だから勇者と恋愛出来るというわけだ。

 それなのにその夫が、今はまだ生きている。これはシュリスにとって大きな事実だ。


 賢者に限らず、仲間となるキャラたちは多かれ少なかれ辛い過去を背負っていた。それを糧に強くなるし、勇者との絆も深めていくのだが。シュリスにとってこの世界は現実で、彼らも実在する人々だ。そんな彼らに起こる悲劇を知っているのに、わざわざ辛い思いをさせたくない。

 それに、彼らの悲しみを回避する事で得られるものも多い。仲間たちが失うもののほとんどは、大きな戦力となり得る人々だから。


 例えば、亡くなってしまう賢者の夫はエルフ族でトップクラスの実力を持つ魔法剣士だったはずだ。彼の命を救い力を借りる事が出来れば大きな戦力になるだろう。

 勇者不在で魔王討伐を果たそうとしているのだ。同じように他の仲間たちにも早めに接触し、彼らの周囲ごと協力を仰げたらどれだけ心強い事か。


 けれどそんな事をゼルエダには話せないから、他の理由をシュリスは告げる。


「私たち、今のままじゃあまりに弱いわ。賢者様の所で少しでも修行させてもらえたら、強くなれると思わない?」


 この提案は、全てが嘘というわけではない。アルレクでも勇者と聖女は物語の早い段階で賢者の元を訪れ、いくつかのイベントをこなしてレベルアップに励むからだ。

 まして今はその夫もいるのだから、ゼルエダはかなり強くなれるだろう。


 そしてもう一つ、シュリスには狙いがある。賢者の元で、勇者は転移魔法を覚えていた。ゼルエダは勇者ではないけれど、きっと覚えられるのではとシュリスは思う。

 転移魔法を使えるようになれば、この広い世界を一瞬で移動出来る。他の仲間を探すにしろ、彼らの大切な人たちの死を防ぎ協力を仰ぐにしろ、動きは早い方がいい。

 何せゲームと違い、現実ではフィールドの広さは果てしなく、とにかく移動に時間がかかるのだから。


「強く……。確かに、そうだね。今回はたまたま倒せたけど、あれは意図してやったわけじゃないんだ。魔力だって無くなるし、こんなやり方は何回も出来ない」


 生贄となる事を諦めるわけではないけれど、シュリスの話を聞いてゼルエダはこの地を離れる覚悟を決めた。


 召喚に生贄が必要だというのが真実だとしたら、それに相応しい力を身に付けなければならないし、そうでないならシュリスを守れるだけの強さを得る必要がある。

 どちらにせよ今は大神殿にはいられないし、無意味な時間を過ごすつもりもない。ゼルエダにとって何より大切なのは、シュリスを守る事なのだ。そのために必要な事なら、何だってしたいと思う。


 シュリスの思惑を知らないゼルエダは、そんな気持ちで提案を丸ごと飲んだ。


「じゃあ、決まりね。アルケーの森は、ここから西の方角よ。とにかく出発しましょう」

「そこに賢者が住んでるの? よく知ってたね、シュリス」

「サビルさんに聞いたの。あとの詳しい道は町かどこかで聞きましょう」


 ゼルエダの鋭い指摘にドキリとしたものの、シュリスは努めて平静に答える。

 それを聞いてゼルエダは、サビルとそこまで話をしたのかと少し不思議に思ったが、それ以上は追及しない。まだ大神殿の裏山なのだ。今は出来る限り遠ざかるべきだ。


「追手に見つかっても困るし、町にはあまり寄りたくないけれど仕方ないね。とりあえず朝まで飛んだら町に降りて、旅に必要な物も用意しないと。シュリス、お金って持ってる?」

「ほとんどないわ。クラール様には申し訳ないけれど、足の付かなそうな物を少しお借りしてお金に変えるしかないわね」


 ある程度話を決めると、ゼルエダはシュリスを抱いて飛翔魔法で飛び上がった。遠くに見える大神殿の明かりを複雑な気持ちで眺めると、二人は闇に紛れて旅を始めた。

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