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27:逃げ出して

 曇天から滴り始めた雨粒を見て、シュリスは意識のないゼルエダを背負う手に力を込め、心持ち足を早めて山中を進む。


 飛翔魔法は魔力消費が激しく、魔力量が多い人族でも全ての人が使えるわけではない。まして、ゼルエダは魔力を暴走させたばかりだ。

 大神殿からはどうにか逃げ出せたものの、ゼルエダの魔力はほんの僅かしか残っておらず大して飛べなかった。二人が今いるのは、大神殿の裏手にある中規模な山だ。山頂を越えた所で木々の生い茂る森にどうにか降り立ったが、騎馬でなら簡単に追いつけるだろう。


 もう朝日が昇るはずの時間だが、空は厚い雲に覆われている。そこから雨が降り出したのは、ある意味幸運かもしれない。騎士は犬も使うが、雨なら二人の臭いは掻き消え後を追われる心配は薄くなる。

 今は少しでもゼルエダを休ませたい。魔力が枯渇した事で意識を失ってしまったゼルエダをシュリスは背負い、その足先を引きずるようにしながらも必死に歩いていた。


「ゼルエダ、少しここで休むね」


 熊など野生動物の巣穴だったのだろう小さな洞穴を見つけ、シュリスはゼルエダを慎重に下ろす。

 意識のないゼルエダはグッタリとしており、シュリスは斜めがけしていた鞄から布を取り出すと黒髪から滴る雫を拭った。


魔法の鞄(マギアバッグ)があって良かったわ。用意していたものは無駄になっちゃったけど……これがあるだけ、まだずっと良い)


 体についた水気もある程度拭き取ると、鞄から毛布を二枚取り出して一枚をゼルエダの下に敷き、もう一枚を上にかけた。さらに追加で一枚取り出して、シュリスは自分の体も毛布で包み込む。


 シュリスは元々、脱出準備を進めていたが、残念ながら少しずつ集めていた荷物は全て大神殿の自室にあるため、取りに戻る事は出来ないだろう。

 けれど今日は幸いな事に、クラールの荷物を運ぶためマギアバッグを持たされていた。中にあるのはほとんどがクラールの私物だが、背に腹は変えられない。使えそうなものは使わせてもらおうと心に決める。


(ゼルエダの魔力が回復すれば、また飛んで逃げられる。それまで見つからないようにしなきゃ)


 外の様子を警戒しながら、シュリスはそっとゼルエダの顔に手を伸ばす。

 初めて見る幼馴染の寝顔だが、雨で体温が下がったからか魔力枯渇の影響か、端正な顔立ちは苦しげに歪められ眉間に皺が寄っている。

 それを解すように、そして少しでも体温を分け与えるように、ゼルエダの額に手を当てた。


「万物の神は慈悲深く、我らに安らぎと温もりを与え給う。生命の息吹はなくならない――セラピアロス」


 柔らかな光がシュリスの手からゼルエダに流れ込む。治癒魔法で魔力は回復させられないが、傷や疲れは癒えるだろう。

 ゼルエダの眉間の皺が和らぎ少し血色も戻ったのを確認して、シュリスはホッと息を吐いた。


(ゼルエダが無事で、本当に良かった……)


 気が付けば、ガルニ村を出て一年が経っている。十五歳になったゼルエダの身長はグンと伸びて、今ではシュリスより僅かに高い。

 筋肉の付いた体は分厚く重くなり、ここまで背負って来るのも一苦労だった。もう少し大きくなっていたら、ハーフのシュリスでも支えきれなかったかもしれない。

 幼さが抜けてきた顔は男らしく見える。それだけ時が流れたし、シュリスもゼルエダも努力してきた。それでもセアトロには手も足も出なかった。


(あれが魔力暴走だったのよね。もしあれがなかったら、きっとあのままみんなやられてた)


 全てが終わるまで、シュリスたちはほとんど動けなかった。自分たちがいかに力不足なのかを改めて思い知る。

 このままでは聖女になんてなれないし、魔王討伐も夢のまた夢だろう。降り続く雨音に耳を傾けながら、シュリスは改めて今後どう動くべきかを考えた。


「シュリス……?」

「ゼルエダ、おはよう。起きた?」


 雨は一日中降り続け、ようやく止んだ頃にはもう夕暮れ時だった。空に残った雲に、薄らと茜色が差している。

 目を覚ましたゼルエダはボンヤリと周囲を見回したものの、すぐにハッとして顔を引き締めた。


「ごめん、シュリス。運んでくれたんだね。僕、どのぐらい寝てた?」

「半日ぐらいかな。もうすぐ夜だよ。魔力は回復出来た?」

「そんなに寝てたんだ……ごめんね。魔力は大丈夫。シュリスは寝たの?」

「私は寝てないけど平気だよ。興奮して眠れる気がしなかったの。それにさっきまで雨が降ってたから、気にしないで」

「でも……」

「飛んで逃げるなら夜の方がいいでしょう? ちょうど良かったんだよ、これで」

「うん……分かった」


 ゼルエダは苦笑して毛布を畳んだ。それをシュリスの持つマギアバッグへ仕舞い込む。

 クラールの部屋を出た時はゼルエダもマギアバッグを持っていたのだが、セアトロとの戦いで紛失している。そちらには多少の食料も入っていたが、手元にないのだからどうしようもない。


 ゼルエダの魔法で水だけ飲み、完全に日が暮れるまで待とうと二人は肩を並べて座り込む。

 何か言いたげにゼルエダは視線を彷徨わせたが、ゼルエダが口を開く前にシュリスは話を切り出す。


「あのね、ゼルエダ。このまま一緒に逃げて欲しいの」


 ゼルエダが眠っていた間、考えていた事を話し始めた。

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