26:暴走の果てに
ダービエに庇われたため、シュリスに大きな怪我はなかったのだが。少し離れた場所にいたゼルエダの目には、ただ炎に包まれて倒れる人影が写るだけだった。
師匠と敬愛するサビルが殺されそうになり、ただでさえ怒りに囚われていたゼルエダの中で、何かが壊れた。
「アァァァァ!」
「なっ……!」
視界が真っ赤に染まると同時に、膨大な魔力がゼルエダの体内から放たれる。
たった一人の想い人を救いたいと、それだけの思いでここまで来たというのに何も出来なかった。咄嗟に伸ばした手は届かず、愛しい人は目の前で炎に巻かれてしまった。
その絶望は深く、ゼルエダが過去に起こした魔力暴走よりさらに強烈な一撃となってセアトロを飲み込んだ。
「シュリス……どうして、僕は……」
跡形も無くセアトロが消えた事でゼルエダは理性を取り戻し、ガクリと膝をついた。
後に残ったのは大きく抉られた地面と半壊した大神官の宿舎棟、そして倒れ伏したサビルやクラールたちの姿だけだ。
あれだけの魔力を放ったというのにまだゼルエダの魔力は尽きておらず、悔恨と共に体内で燻るそれはジリジリとゼルエダを内側から削っていく。
(もうこのまま、終わっていい。生きる理由なんて、何もない)
そうまで思うゼルエダの瞳から涙が一筋こぼれ落ちた、その時。
「ゼルエダ……」
「……っ、シュリス⁉︎」
幻聴かと思いつつも顔を上げた先で、シュリスがダービエの体の下から這い出てくる。ゼルエダは慌てて、シュリスの元へ駆け寄り抱きしめた。
「シュリス、無事だった……!」
「うん、ダービエ様が庇ってくれたの。それより、みんなを助けないと」
「……そうだね」
ギュッと抱き返してきたシュリスの温もりが、じんわりとゼルエダの中に溶けていく。本音を言えばもうしばらくそのままでいたい所だが、瀕死の者ばかりなのだ。そうするわけにもいかないのは、ゼルエダにも分かった。
大人しくシュリスを手放し、ゼルエダは皆の様子を確認しに行く。
暴走させてしまったものの、怒りの向きだけはコントロール出来ていたらしい。その魔力はセアトロだけに向かったようで、幸いな事に倒れている仲間たちには魔力暴走による追加の傷はなかった。
ただ、セアトロとサビルの激しい戦いの余波で宿舎棟は半壊しており、その瓦礫の下からクラールの補佐の手が覗いている。まだ息があるのを確かめると、ゼルエダは慎重に魔法で掘り起こし始める。
それを横目に見ながら、シュリスはダービエに最低限の治癒を施した。
「クラール様は大丈夫そう。先にサビルさんと、騎士のみんなと……」
修行途中のシュリスには、皆を全快させるだけの力はない。ゼルエダの手でセアトロは消し飛んだが、辺りには瘴気も残っている。それも浄化しなければならない。
何を優先させて、どこまで今やるか。それを頭の中で組み立てながらシュリスは動いたのだが。
「早く! あそこだ!」
「何だ、あの穴は」
「何人か倒れてるぞ! お前たち、何をした!」
激しい戦闘があったのだ。気付いた誰かがやって来るとは思っていたが、そう時間を置かず現れた神殿騎士たちの姿にシュリスとゼルエダは警戒を露わにした。彼らと共に、セアトロの補佐がいたからだった。
「違うんです、これは」
「問答無用だ! 捕らえろ!」
「シュリス!」
サビルの治癒をしていたシュリスは、その手を止めて立ち上がる。けれどセアトロの補佐がいるのだ。こちらの言い分など聞いてもらえるはずもない。
神殿騎士たちが武器を向けるのと同時に、ゼルエダがシュリスの腕を掴み、空へ飛び上がった。
「逃がすな! 追え!」
シュリスはただギュッとゼルエダにしがみつく。傷を負った皆や、せっかく助け出したクラールの事が気にかかるが、このまま捕まればどうなるか分からない。
この場には、魔族と化したセアトロの痕跡は何一つ残っていないのだ。シュリスたちがいくら無実を主張した所で、向こうにはセアトロの補佐がいる。他にどれだけ魔族側の者がいるのか分からない現状、話を聞いてもらえるとは思えない。
皆が目覚めれば信じてもらえるだろうが、下手をすればそれを待たずして強引に処分される事だってあり得る。今はとにかく逃げるしかない。
頼みの綱は、隠れ家で待っているはずのフィデスたちだけだ。到着の遅れを不審に思った彼らが来てくれれば、少なくともクラールたちの安全は保たれるだろう。
それまでは、どうか皆死なないでいてほしい。ゼルエダの腕の中で、シュリスは最後の願いをかけてサビルに治癒魔法を放つ。
そんなシュリスを落とさないようしっかりと抱きかかえ、ゼルエダは残りの魔力が尽きるまでひたすらに空を駆けた。




