24:告発と相談
夜中に出かけた事を誰にも気付かれる事なくシュリスは部屋に戻ったが、かといって眠れるはずもない。そのまま朝を迎え、食欲はないが無理矢理スープを腹に入れると、いつも通りの時間にダービエの部屋へ向かった。
一般の神官たちの仕事部屋は大部屋に机が並んでいるのだが、ダービエは補佐を付けられる上位神官だ。上位神官は個々に執務室を持っていて、補佐の席も同じ部屋にある。シュリスのような見習いの教育も行うため、予備の机やソファセットも置かれていた。
そこへシュリスはいつものように顔を出したが、不安な気持ちは隠せなかったようだ。体調でも悪いのかと二人には心配されてしまったが、ゼルエダが来るまではどうにか誤魔化した。
「そんなことがあったのか……」
ゼルエダは昼前に、サビルを連れて来た。五人での話し合いに、シュリスは信じてもらえるのかと緊張を抱えて挑んだが杞憂だったようだ。
三人とも真剣な顔で話を聞いたが、誰もシュリスたちの話を否定しなかった。
「信じて頂けるんですか」
「それはもちろん。君がそんな嘘を言うような子だとは思わないからね」
大神官の部屋には、昼に掃除に行った際にどうしても読みたい本を見つけたため忍び込んだとだけ話した。嘘ではないが全てでもないから、嘘を言わない子だと言われてしまうと妙に気まずい。
泥棒のような真似をした事は怒られたけれど、シュリスは普段から勉強熱心だ。そんなに読みたい本があったのかと、呆れと共に窘められるだけで済んでいる。心から信用されている事を有難く思いつつ、申し訳なさも感じてシュリスは身を縮めた。
「それにしても、セアトロ様が魔族だったとは。どうりで最近は、治療を避けて会議に出てばかりだったわけだ」
「ですが補佐は違うかと。彼は普段から治癒魔法を使っています。魔族信仰に堕ちたのかもしれません」
「魅了の魔法で操られてる可能性もあるがな」
ダービエとフィデス、サビルは険しい顔で言葉を交わす。
大神官は神託を聞くだけでなく、高度な治癒魔法も使える。だがもう一人の大神官クラールが動けないにも関わらず、セアトロはどんな重傷者が来ても会議を理由に治療に出てこない。その代わりに、セアトロの補佐が重傷者の治療に携わっていた。
だから補佐が魔族でない事は確実で、セアトロの魔族姿を平然と受け止めたのにも他に理由があるのだろう。
魔族信仰は魔王復活の少し前、魔族の活動が活発になった頃に生まれた信仰で、世界の破滅を願うものだ。鬱憤を溜め込んだり絶望に打ちひしがれた者たちが、いっそ世界は一度滅んで新しく生まれ変わればいいと、魔族を崇め始めた。
そんな信仰があるなんて信じたくない話だが、ここ最近問題になっているのだと教えられれば頷くしかない。それでもサビルの言うように、魅了魔法の可能性を信じたいとシュリスは思った。元魔導士長のサビルなら、魅了魔法を解除出来るから。
「魅了でも魔族信仰でも、どちらにせよどの程度の神官が関わってるのかが問題だな」
「クラール様の事もありますからね」
クラールの治療は、クラールの補佐が一人で行っているのだとフィデスは話す。ダービエは考え込むように顎を撫でた。
「そういえば、クラール様のお世話は補佐が一人でしているんだったな。交代を申し出ても断られるというし、部屋の掃除すらさせないらしい。もしそれが魔族を避けるためだとしたら、クラール様の補佐はこの件を知っているという事か」
「どちらにせよ、一度クラール様の部屋を訪ねた方がいいでしょう。場合によっては、お助けしないと」
大神官の宿舎棟は気軽に行く場所ではないから、掃除などの用事がない限り他の神官たちは立ち入らない。ダービエのような上位神官ともなれば尚更だ。仕事の話なら宿舎ではなく、大神官の執務室を訪ねればいい。だから瘴気が溜まっている事も、誰も気付けなかった。
もっと早くに気付いていればと、ダービエとフィデスは顔を歪める。話し込む神官二人に、サビルが声を挟んだ。
「神殿のことはそれでいいかもしれないが、私たちはどうすればいい。そもそも神託は本物なのか?」
「それを知るためにも、クラール様をお助けするべきです。クラール様が倒れられたのは、ちょうどセアトロ様が神託を受けられた頃でした。もしかすると、何かご存知かもしれませんから」
「なるほどな。それなら出来る限り早く動こう。味方が誰かも分からないなら、話も広めない方がいい」
「まずフィデスに行かせよう。それ次第でクラール様の救出に動く。シュリス、ゼルエダ。その時は君たちにも手伝ってもらうよ」
「はい、もちろんです」
話を終えるとすぐにフィデスは動き、クラールの補佐と接触した。
その結果、すぐにでもクラールを安全な場所に移した方がいいとなり、セアトロが会議で不在の日を狙って動く事になった。
あっという間に話が決まっていき、シュリスとゼルエダはホッと息を吐く。クラールを助け出せば、神託についても分かるだろう。
彼の口から何が語られるのか。まだ救出もしていないが、それだけがシュリスは気がかりだった。




