23:信頼出来るのは
大神官の宿舎から無事に外へ出た二人は、隠蔽の魔法をかけたまま夜の庭を走り、敷地の片隅にある小さな倉庫に身を潜めた。
魔族が大神官になりすましているという事実を未だ受け止めきれないものの、このまま放置するわけにはいかない。今なら二人きりで逃げる事も出来るだろうが、それでは世界が滅んでしまう。
どうやって対処するか、それを話し合わなければならなかった。
「まるで悪夢だわ。大神殿に入り込まれているなんて」
「かなり強そうだったしね。僕たちだけじゃ、どうにも出来ない」
修行の甲斐あってシュリスはかなり神聖魔法を習得しているし、ゼルエダも強くなった。ゲームと違ってレベルやステータスを見る事は出来ないけれど、かなり力を付けたと思っていた。
けれど初めて見た魔族の圧は凄まじく、気付かれていないというのに震えが止まらなかった。もし目を向けられたら、どうなってしまうのだろう。
ゲームと現実はやはり違う。こんな状態では戦えるはずもなく、自分たちはまだまだレベルが低いのだと思い知った。
「どうしたらいいのかしら。放っておけないけど、でも」
「落ち着こう、シュリス。僕も君のこと言えないけど」
「ううん、ありがとう」
軽くパニックを起こしたシュリスを、宥めるようにゼルエダが抱きしめる。そんなゼルエダの手も震えているのに気がつき、シュリスは気を引き締めた。
(私がしっかりしないと。私にはゲームの知識があるし、前世を含めたら精神年齢だって上なんだから)
改めて、魔族について思い出してみる。かつて魔大陸で繁栄した彼らは後に封印されたが、近年その封印を破り復活してきた。魔物の上位種である魔族は、魔物を使役出来る上に、自身も高ランクの魔物より強い。
ただ、人化出来るとは知らなかった。魔王軍に攻め込んだ際も、ボスキャラとしてしか見た事がなかったから。
その攻撃は多彩で、魔法だけでなく任意で瘴気を放つ事も出来る。魔物と魔族は体内に瘴気を持っているから、ゲームでは物理攻撃を受けると一定の確率で呪い状態にもなっていた。
現実ではそれが狂化や病として現れるが、神殿で浄化してもらわないと治らないのはゲームも現実も同じだ。
魔物が生まれる素となる瘴気は、一定濃度を越えると黒い靄のように見える。薄いと傍目には分からないが、訓練を重ねた神官なら勘付く事が出来るため、発見次第小まめに浄化する事が求められる。
日中、シュリスが気付けたのは、聖女の素質があったからだろう。その時はそれが瘴気だとは分からなかったが。
(あれ? そういえばあの宿舎ってクラール様が寝てたよね。大丈夫なの?)
「どうしよう。助けに行かないと」
「シュリス?」
「クラール様だよ! そもそも、本当に高齢で寝たきりになってるのかな。治療だって受けてるのか……」
セアトロの姿に、その補佐は驚かなかった。大神殿にいる神官の、どの程度が魔族になっているのだろうか。
魔族は神聖魔法を使えないから、治癒魔法を使っている人たちは魔族ではないと分かるけれど。
考え込むシュリスに、同じく考えを巡らせていたゼルエダが口を開いた。
「シュリス、これは僕たちだけでどうにか出来る問題じゃない。とりあえず僕は、師匠に相談してみようと思う」
「そうだね。サビルさんは候補者なんだから、魔族ってことはないだろうし」
「シュリスは、誰か相談出来る人はいる? 召喚とか神託についても誰かに聞かないと。どこからあいつが成り代わってたのかも含めて」
最初からセアトロが魔族だったなら、神託そのものが嘘になる。けれど途中で成り代わったのなら、神託そのものは真実だ。それによって今後どうするかは変わるだろう。
「それならやっぱり、ダービエ様とフィデス様になるかな。信じてくれるかは分からないけれど」
神官となるための教育をしてくれた二人は、治癒魔法をしっかり使っていた。だから魔族ではないと断言出来るけれど、問題は大神官が魔族だったという話を信じてもらえるかだ。
そもそも、どうやってそれを知ったのだとなると、部屋に忍び込んだ事まで話さなくてはならない。召喚を止めようとしていたなんて言えるはずもないから、その誤魔化しも考えなくてはならないだろう。
「お二方なら僕も信用出来ると思う。それにきっと信じてくれるよ」
「そうかな」
「師匠とダービエ様たちには、一緒に相談しようか。その方が話も一度で済むから」
これほどまでにゼルエダが積極的に動くのは、初めて見たようにシュリスは思えた。いつもはシュリスが臆病なゼルエダを引っ張っていたのだ。頼もしいと感じて、こんな時なのにドキドキと鼓動が速くなる。
村を出て厳しい訓練に耐え、信頼出来る師匠と出会った事で、ゼルエダ自身も少しずつ変わっているのかと思うと、シュリスの胸は熱くなった。
「うん、そうしよう。ダービエ様のお部屋にサビルさんを連れてきてくれる?」
「分かった。じゃあ、後で」
再び外へ出れば、夜明けが近づきつつあった。まるで諦めるな、まだ希望はあると励まされているようだ。
震えの止まった足を動かし、完全に明るくなる前に部屋へ戻ろうと二人は走り出した。




