22:大神官の闇
「お願い、誰にも言わないで」
「何をする気だったのか、正直に教えて? 話はそれからだよ」
「……ゼルエダの言う通りよ。セアトロ様のお部屋に入ろうと思ったの。どうしても、諦められないから」
神託を受けた神官の部屋に忍び込む。それが何のためかは、言わなくても分かるだろう。ゼルエダは反対するだろうが、どうしても行かせてほしい。
そんな気持ちでシュリスは正直に話したのだが、ゼルエダは意外な反応を示した。
「……それなら、僕も行くよ」
「邪魔する気なの?」
「そうじゃなくて。どうせ今日止めても、シュリスはまた別な日に行くよね。それなら一緒に行った方が安全だと思っただけだよ。こんな夜中に一人で出歩くなんて、危なすぎる」
幼い頃から共に育った友人だ。シュリスが言い出したら聞かない事をゼルエダは良く知っている。
それにいくらセアトロが不在とはいえ、男の部屋に行くのを黙って見過ごせない。気持ちを伝えるつもりはないが、ゼルエダはシュリスが好きなのだから。
「絶対止めないし邪魔もしないって約束してくれる?」
「するよ。ただ手伝いもしないから。僕はシュリスを守るだけ」
「それならいいわ」
渋々ながらもシュリスが頷くと、ゼルエダは安心した様子でホッと息を吐いた。
よりによってゼルエダを連れて行く事になるとは思わず、シュリスは頭を抱えたくなったが、こうなれば信じて行くしかないだろう。
よく森で遊んでいたから、二人とも木登りは得意だ。庭木と外壁を伝って、事前に鍵を開けておいた二階の窓から部屋に忍び込む。手元で小さなランプを一つだけ灯すと、目星を付けた資料を大雑把に見て目当ての物を選び出していく。
シュリスの思った通り、セアトロの部屋には他で見た事のない神聖魔法の資料が様々あり、時間も忘れて読み耽った。ただそれでも、なかなか召喚について書かれた資料は見つからない。
「シュリス、シュリス!」
どれだけ時間が経ったのか。シュリスが夢中になって目を通していると、ゼルエダがシュリスの肩を大きく揺らした。
切羽詰まった声に何事かと顔を上げると、まだ朝には遠いはずなのに何やら外が騒がしい。
「まさか私たち見つかった?」
「分からないけど、とにかく出た方が」
書斎の片隅にいた二人は慌てて書類を元に戻し、入ってきた窓のある居間へ戻ろうとした。けれど複数の足音が近づいてくるのに気が付き、急いで踵を返す。
書斎には二人が隠れる場所はない。ゼルエダが瞬時に隠蔽の魔法を二人の体にかけたが、直接触れられれば気付かれてしまう。仕方なく続き扉から奥の寝室に入り、すぐに身を隠せる場所はと見回した所で書斎に誰かが入ってきた。
「全く、面倒な。無駄話ばかりしおって」
「お疲れ様でございました」
苛立ったような声と共に、重い荷物を下ろしたような音や乱暴に座ったのだろう椅子の軋んだ音が響く。出かけていたはずの部屋の主人セアトロが帰ってきたのだ。
物音を立ててはいけないと、シュリスとゼルエダは身を寄せ合って息を殺す。どうしようかと互いに顔を見合わせるが、こうなってはどうにも出来ない。せめて状況を把握しようと、バクバクと心臓が跳ねる中、二人は扉の隙間からそっと様子を窺った。
「生贄の方はどうなってる?」
「選別には、まだもうしばらくかかるかと」
「出来る限り急がせろ」
「はい。ではお湯の用意をして参ります」
セアトロはゆったりと椅子に座り、不在の間の話を補佐から聞いていた。補佐が去りセアトロ一人になると、入浴の準備が整うまで一息つくつもりなのか、酒の入ったグラスを傾けている。
もうしばらく待てば、見つからずに出られるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて、固唾を飲んで見守っていたのだが。
「わざわざ召喚などで釣らなくても、集まったのだからさっさと皆殺しにすればいいものを。こんな体で耐えてる身にもなってもらいたいものだ」
「……っ!」
突然ブワリと不快な気配が辺りに広がり、リラックスした様子のセアトロの姿が変わる。頭に二つの角が生え、目がギョロリと大きくなっていく様に、シュリスは悲鳴を上げそうになったがゼルエダがその口を手で塞いだ。
「セアトロ様、準備が整いました」
「ああ、今行こう」
補佐の声にゆったりと立ち上がったセアトロの背には、蝙蝠のような翼と尻尾が生えており、どう見ても異形の姿だった。二人が消えて水音が響き始めるとゼルエダはシュリスから手を離した。
「シュリス、あれって」
「魔族だわ……どうして」
セアトロの変化した姿は、アルレクで度々出てきたボスキャラの魔族そのものだった。この棟全体に広がっている不快な気配は魔族が発した瘴気だったから、日中のシュリスの浄化が効いたのだった。
「とにかく一度出よう」
「うん……」
セアトロが魔族なら、神託を受けたというのは嘘だったのだろうか? 勇者召喚は? 生贄は?
混乱していたものの、セアトロが離れてるうちにと二人は部屋を抜け出した。




