2:幼馴染との出会い
ゼルエダと初めて会った時の事を、シュリスは今でもハッキリ覚えている。
それはまだ、シュリスが六歳の頃だった。熊族で木こりのルッツォが、森で子どもを拾ったと村長宅に連れて来たのだ。
「もうひと月もうちにいたんですがね。見つけた時は瀕死だったし目を覚ましても口も聞かねえしで、家から出せなかったんでさぁ」
父である村長の執務室へ通された二人を、シュリスは扉の隙間からそっと覗き見ていた。
闇に溶けるような漆黒の髪に、同じく引き込まれるような真っ黒の瞳。
滅多に見ないその色彩にルッツォも最初は驚いたそうだが、まだ小さな少年だ。噂に聞く魔族かと始めこそ警戒したものの、傷だらけで倒れている姿を無視する事も出来ず助けたそうだ。
「身寄りもないそうだし、うちの子として引き取ろうと思うんで許してもらえませんかね」
ルッツォは数年前に妻子を亡くしている。一人寂しく暮らしていたルッツォにとって、転がり込んできたゼルエダの存在はすっかり大きくなっていた。怪我の看病をするうちに、我が子同然のように感じるようになったという。
「それは構わんよ。それで名前は?」
「ゼルエダって言います。おい、ゼルエダ。お前も挨拶しろ」
「……」
よほど怖い目に遭って行き倒れたのか、ゼルエダはオドオドとした子どもだった。怯えた様子でルッツォの陰に隠れつつも小さく頭を下げたゼルエダに、シュリスの父は目線を合わせて優しく微笑みかけた。
「ゼルエダか、よろしくな。私には、ちょうど君と同じ年ごろの娘がいるんだ。良かったら遊んでおいで。……シュリス、隠れてないでこちらへ来なさい」
「お父さん……ごめんなさい」
「まったく、お前は本当にお転婆だな」
ルッツォが見慣れない子どもを連れて来たと聞いて、こっそり覗きに来たというのに、父はしっかりとシュリスに気付いていた。
シュリスは愛想笑いで誤魔化しながら、ゼルエダの前に立った。
「はじめまして、私はシュリスよ。六歳なの。よろしくね、ゼルエダ」
ゼルエダは相変わらずビクビクしていたが、ルッツォは黙って様子を見ているだけだったため、逃げられないと悟ったのだろう。差し出したシュリスの手に、そっと手を重ねてきた。
「シュリス、父さんはルッツォと話があるから、ゼルエダを頼んだぞ」
「うん、任せて!」
任務を引き受けたシュリスは、ゼルエダが何も言わないのを良い事に自室へ連れ込んだ。そうしてそのまま一方的に話しかけ、あれこれと世話を焼く。
村には子どもがそれなりにいるが皆活発な子たちで、ゼルエダのように内気な少年は初めて見る。それに珍しい色の髪と瞳に興味津々だったし、何よりゼルエダの顔は人形のように可愛らしい。
父から頼まれずとも少しでも仲良くなりたいと、シュリスは思っていた。
一方、押され続けるゼルエダは呆然としていたものの、シュリスが歓迎しているのは分かった。
未だに緊張して口を開く事は出来ないが、帰る頃にはようやくシュリスの顔を見られるようになっていた。
「ゼルエダ、今日は楽しかったわ。また遊んでね!」
「……うん」
ほんの小さな、たった一言。それでもゼルエダの口からこぼれ落ちた呟きは、きちんとシュリスの耳に届いた。
「約束よ! またね!」
手を握ってぶんぶんと振られ、ゼルエダは戸惑いに瞳を揺らす。それでも満面の笑みを浮かべているシュリスを見て、ほんのりとゼルエダの頬は緩んだ。
その微かな笑みは、シュリスの胸に小さな温もりを芽吹かせた。それがシュリスとゼルエダの、最初の出会いだった。
その日からシュリスとゼルエダは、度々一緒に遊ぶようになった。少しずつ仲良くなるうちに、ゼルエダはポツポツと自身の事を話してくれた。
ゼルエダもシュリスと同じ六歳である事。両親は行商人で、家族揃って旅をしながら暮らしていたが、ある日盗賊に襲われてゼルエダだけが助かった事。
盗賊たちを振り払い道なき道を走るうちに森へ迷い込み、魔物に襲われて死を覚悟した事。
そしてルッツォに助けられ、養子に迎えてもらった事。
初めてその話を聞いた時、シュリスは大泣きしてしまったものだから、ゼルエダは大層困ってしまった。
たった一人で怖かったろう。目の前で家族を殺されて、辛かったろう、悲しかったろう。
そう言いながら大粒の涙をいつまでも流すシュリスの背を、ゼルエダは優しく摩って慰めた。
ゼルエダにとってもまた、心優しいシュリスの存在は大切なものになりつつあった。シュリスになら話してもいいと思えたから、死んだ家族の事も打ち明けられたのだ。
けれどゼルエダには、まだシュリスに話せていない事があった。
それを話せばもっとシュリスが泣くかもしれない。いや、それよりもシュリスも同じように離れてしまうかもしれない、という恐れがゼルエダの口を重くする。
しかしそんなゼルエダの気持ちに関係なく、無邪気なゆえに残酷な村の子どもたちは簡単にその秘密にたどり着いた。