17:仲直り
投稿時間遅くなりました。ごめんなさい!
神官たちから生贄について明かされた数日後、シュリスたちは海沿いの街にたどり着いた。
前世の記憶で海は知っていたものの、実際にその目で見るのはシュリスも初めてだ。生まれて初めて海を見たシュリスとゼルエダは、雄大な景色に陶然と見惚れた。
港に浮かぶ大陸を渡る船は、シュリスがアルレクで見たものと同じだった。
三本マストの巨大な帆船の両舷からは、太く長い櫂が何本も飛び出している。ガレー船とクリッパー船を足して二で割ったようなその形状は、大陸間にある無風の海域を越えていくためのものだ。船員の多くは屈強な肉体を持つ獣人たちで、無風海域では彼らが船を動かす。
そんな船員たちにとっても治癒魔法を使える神官は貴重な存在で、シュリスたちが乗船する事を歓迎し、馬車や馬ごと船に乗り込んだ一行を船で最も豪華な客室へ案内した。
貴賓室とも呼ばれ、貴族が利用する事もある特等客室には、居間を中心として複数の寝室があるため女性のシュリスもその内の一室を使う事になった。
共用の居間があるのだから、これならゼルエダとの接点が増えるのではとシュリスは期待を高める。
ただでさえ船上では移動の手間が省けるのだ。海にも魔物は出るが、よほどの事がないかぎり客であるシュリスたちの出番はない。鍛錬をしようにも場所に限りがあるから、ゼルエダがシュリスを避けるにも限界があるだろう。
ところが、ゼルエダは予想以上に頑なで何もする事がないとすぐ寝室に閉じこもってしまう。そんな二人のすれ違った関係を、神官たちは元より神殿騎士たちも心配していた。
生贄について騎士たちは知らないが、それでもこのままで良いとは思わなかったのだろう。出港した数日後、シュリスがゼルエダと二人きりで話せるよう取り計らってくれた。
「ゼルエダ」
「シュリス? どうしてシュリスが」
「ゼルエダと話しておいでって言ってもらったの」
騎士たちに甲板に呼び出されたゼルエダの元へ、シュリスは向かった。嵌められたと顔を歪めるゼルエダに、シュリスはそこまで避けられるのかと胸が痛む。
けれどせっかくの機会なのだから、傷付いているわけにはいかない。ゼルエダと会うに当たって、シュリスは考えていた事を口にした。
「あのね、ゼルエダ。もう私は止めないから、前みたいに仲良くしてくれないかな」
「え……、本当に?」
「うん。寂しいし、悲しいけど。このままゼルエダとお別れする方がもっと嫌だから」
まさかシュリスが諦めるとは思っていなかったゼルエダは、切なげなシュリスの言葉に口籠る。
実際、シュリスは全く諦めてなどいないのだが、話も出来ないのではどうにもならないと譲歩する事にしていた。押してダメなら引いてみようと考えたのだ。
神官たちから勇者召喚の詳細を聞いた事で、シュリスの中から大神殿到着前にゼルエダを逃がすという考えは消えた。今のシュリスはより詳しく召喚方法について調べ、生贄の代わりになるものを探すつもりでいる。それで無理なら召喚自体を中止させ、強引にでもゼルエダを逃がすつもりでいた。
「私ね、神官様たちに生贄のことちゃんと教えてもらえたの。それで、どうにもならないんだってよく分かったんだよ。だから少しでも、ゼルエダと楽しい思い出を作りたい。笑った顔をたくさん覚えていたいの。……ダメかな」
「シュリス……」
諦める気なんてさらさらないが、笑顔を見たいというのはシュリスの本当の気持ちだ。心を込めて言うシュリスの言葉は真っ直ぐにゼルエダに届いた。
(僕は、馬鹿だな)
シュリスを避け続けてきたのはゼルエダ自身なのに、いざ突き放されてしまうとゼルエダは心に穴が空いたように感じてしまう。本音を言えば、シュリスが追いかけてきてくれた事が嬉しかったし、行かないでと言ってもらえる事も自分を求められてるようで幸せだったから。
それでもゼルエダは、命をかけてシュリスと世界を守ろうと決めている。苦々しい気持ちを必死に押し込めて、ゼルエダは頷いた。
「ダメじゃないよ。僕もシュリスの笑顔を覚えていたいから」
「……ありがとう」
澄み渡る青い空の下、どこまでも続く海原を二人並んで眺める。帆が風を孕む音と仕事に励む船員たち、同じように甲板に出て来ている客の声が時折響くだけで、静かな時間が二人の間に流れていく。
こんな穏やかな時は、ガルニ村を出て以来だとシュリスは思う。
いつかまた二人で、あの村に帰れるだろうか。召喚の儀式を止めた時、ゼルエダがシュリスの手を取ってくれるとは限らない。それでも希望は捨てたくないと、シュリスはそっとゼルエダの指先に手を伸ばす。
一方ゼルエダは、自分が手放そうとするものがどれほど大きいのかを実感していた。
どれだけの時が残されているのかゼルエダには分からないが、生贄となるまでの間がシュリスと過ごせる最後の時間だ。優しい時間に縋り付きたくなる気持ちを必死に堪えているが、僅かな幸福をもう少しだけ感じていたいとも思う。
そんな時に躊躇いがちにシュリスが触れて来た。すぐに離れてしまいそうなその手を逃したくなくて、ゼルエダは反射的にギュッと握る。昔は自分と同じぐらいの大きさだったはずなのに、今ではシュリスの手はゼルエダより小さい。すっぽりと包むように握ると、柔らかな温もりにゼルエダの胸は切なく痛んだ。
そのまま二人は手だけをしっかりと繋いで、ただ海を眺める。互いに言葉はなくても、この二ヶ月で離れ離れになっていた心が急速に近づいているような気がした。




