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16:訓練の理由

 ガルニ村を出て一ヶ月、二ヶ月と日が過ぎる毎に、シュリスは焦りを募らせていった。とにかくゼルエダと会話する機会がないのだ。

 ゼルエダは徹底的にシュリスを避け続けていて、食事の時ですら神殿騎士たちに戦い方について質問しシュリスが声をかける暇を作ってくれない。宿では女性のシュリスだけ別部屋だし、馬術を覚えたゼルエダに訓練を兼ねて馬を与えられてしまったから馬車でも顔を合わせる事が出来ない。


 唯一、ゼルエダと持てる接点は、治癒魔法の練習時だけだ。ゼルエダが訓練で受けた傷もシュリスが練習がてら直す事になっているから、その時だけほんの僅かな時間ゼルエダと向き合える。

 それがどれだけ貴重な機会かシュリスは身に染みて分かっているから、少しも無駄にしないと意気込んであれこれとゼルエダに語りかけた。けれどそうすると余計にゼルエダは無口になってしまう。


 だから当初の目標から大幅に後退してしまうが、シュリスはゼルエダに警戒心を抱かせない所から始めようと考えを改めた。

 ただ穏やかに微笑んで心を込めて傷を癒やし、他愛無い会話をほんの一言、二言だけする。そんな手負いの獣を手懐けるような焦ったい関わりに留めるしかなかった。


 このまま大神殿に着いてしまったとして、召喚の儀式を無理矢理止めても果たしてゼルエダは一緒に逃げてくれるだろうか。進展の見られないゼルエダとの関係はシュリスの心に不安を招く。

 けれどそれをシュリスはおくびにも出さない。表面上は至ってにこやかに、アルレクの聖女シュリスを参考にして神官となる勉強に励む。心の裏では神なんて信じたくないと思っているし、なぜ生贄が必要だなどと神託を下したのかと罵倒すらしたいほどだけれど、それも綺麗に隠していた。


 そのため神官たちとの関係はゼルエダとのそれと違って非常に良好で、シュリスの信用はぐんぐん上がっている。

 だからだろうか。大陸を渡る船の出るクラーロ国の港町にもうすぐ着くという頃、ゼルエダのいない馬車の中でダービエが思いがけない話を始めた。


「シュリス。実は君にまだ言ってないことがあってね。ゼルエダのことなんだが……」

「ゼルエダの? 何でしょうか」

「心して聞いてほしい。君たちに話した神託なんだが、本当は少し違うんだ」


 神官になるべく熱心に学ぶシュリスを見て、明かしても良いと思ったのだろう。ダービエとフィデスは、魔王討伐の鍵というのが実際は勇者召喚の生贄となる事だとシュリスに話した。


「生贄……」

「黙ってて悪かった。だが、これが必要なことだというのは今のシュリスなら分かるね?」

「……はい。それがゼルエダの宿命なのですね。寂しくなりますが、世界のためなら仕方ないことなのでしょう」


 シュリスとしてはすでに知ってる話だから、それを気取られないように驚いた振りをするのに必死だ。これでさらに情報を得られると高揚する気持ちを懸命に隠し、ショックを受けたように装いつつも神の意思に従う素振りを見せる。

 そんなシュリスの様子に安堵したのか、ダービエは切なげに話を続けた。


「ゼルエダが選ばれるかまだ分からないが、彼はかなり強い。私としては可能性が高いと見ている」

「大神殿に着いたらすぐに召喚になるのですか?」

「いや、もうしばらく他の候補者たちと一緒に訓練を受けてからになるかな」

「その訓練ですが、なぜ生贄に強さが必要なのでしょうか」


 警戒されないよう慎重に、少しずつ問いを重ねていく。この機会を逃す気は、シュリスにはなかった。


「勇者様は我々の住む世界とは異なる場所からやって来るそうだが、その際に生贄は指標となるらしい。だから呼び出したい勇者に最も近しい存在を捧げなければならないんだよ」

「等価交換になるんですね。でもそれなら……異世界から勇者様をお呼びする理由は何なんでしょうか」


 ここまで尋ねていいものか、シュリスは一瞬迷ったものの正直に口にした。そうおかしな質問でもないだろうし、どうしても聞きたかった事でもあるからだ。


 ゼルエダが訓練にかける熱量は日に日に増していて、怪我や疲労の蓄積も相当なものになっている。それでもやめようとしないゼルエダを神殿騎士たちも気にしていて、もう少し手を抜けとか休めなどと声をかけるがゼルエダは話を聞かない。

 それがシュリスと話す隙を作らないためだと分かっているが、それでもあまりに頑張りすぎだ。その訓練が必要な理由が、同じだけの強さの勇者を呼ぶためだというのなら、ゼルエダが勇者になるのではなぜダメなのか。


 そんなシュリスの疑問に、ダービエは困ったように眉尻を下げた。


「それは神のみぞ知る、ということになるな。神託を受けられた大神官様なら、理由をご存知かもしれないが」

「そうなんですね。召喚のやり方も、その大神官様がご存知なんですか?」

「ああ、そうなる。全て神託で告げられた内容なんだよ」


 精霊や魔法がある世界だからか、神の存在を人々はごく普通に認めている。神官の中には神と直接交信出来るとされている人々もおり、それが大神官となる条件だ。

 今現在、大神官は二名いるが、そのうち片方は高齢のためほぼ寝たきりになっているらしい。実質たった一人となっている大神官がその神託を受けたそうで、その内容に神官たちは従っているのだとダービエは話した。


(その大神官が間違ったことを話してたらどうするのよ)


 真面目な顔で話を聞いてはいるものの、腹の中では苛立ちが募る。そんな複雑な心境が僅かに顔に出てしまったのか、フィデスが慰めるように声を挟んだ。


「ゼルエダが選ばれるとしたら、この旅は君たちが共に過ごせる最後の機会になる。だから悔いのないように過ごしてほしいんだ。ゼルエダには話せないのが申し訳ないが」

「いえ……。お気遣い頂いて、とても有難いです」


 必要以上に訓練に励むゼルエダとすれ違ったままのシュリスのことを、神官たちも心配していたようだ。こんな役目を負う彼らも辛いだろうにと思うと、やっぱり神なんて好きになれないとシュリスは思った。

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