15:悪循環
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ロッチェを村へ帰した後、シュリスはそのまま町の神殿で儀式を行い正式に神官見習いとなった。所属は儀式を行った場所に関係ないようで、シュリスはパガーノス神国にある大神殿に属し、神官ダービエ監督の下、直接の教えは神官補佐のフィデスから受ける事になる。
深い海のような青色をした見習い用の神官服も渡されて、シュリスは感慨深く思う。真っ白な聖女の服とは色が違うけれど、その形はアルレクの聖女シュリスの衣装と同じだったから。
そうしてその日から、シュリスは神殿の教義や神官の心得、治癒魔法の基礎などを教わり始めた。教官となったフィデスはパガーノスに着くまでに一通り教え込むつもりのようで、馬車の中で講義を授け、休憩時には実践練習を課していく。
シュリスは当然真剣に取り組んだが、意外だったのはゼルエダにまで訓練を課された事だった。
町の神殿長と話をしてきたダービエによると、ゼルエダの他に黒髪黒目の人物が現時点で三人見つかり、それぞれパガーノス神国の大神殿へ向かっている事が分かったらしい。遠く離れた場所でも、ある程度の距離までなら魔法で手紙のやり取りが出来る。それを使って、各神殿は大神殿と緊密に連絡を取り合っているのだ。
ただ見た目だけではどの人物が神託の指す者か分からないため、充分に訓練を施した上で実力を測り、一人に絞る事になったとダービエは話した。
シュリスたちには、選ばれた一人が魔王討伐の特務部隊に鍵として組み込まれると説明されたが、つまり最も強い人物が生贄にされるというわけだ。そして召喚された勇者が特務部隊、アルレクでいう勇者パーティを結成し魔王討伐に向かう事になる。
この話を聞いた時、シュリスはそれならばわざと選ばれないようにすればゼルエダは助かるのでは、と思ったのだが。
「選ばれなかった人はどうなるんですか?」
「一般兵として戦場に出てもらうことになるだろう。他の三人も、危険を承知の上で来てもらってるからね。戦い方も覚えてもらうわけだし、そのまま家に帰すことにはならない」
勇者召喚が行われるまで、日数的にはまだ余裕はあるはずだ。それより先に戦場に出されてしまう方がいいのか、それとも安全な大神殿に最後まで残された上で脱走した方がいいのか、シュリスには判断が付かない。
どちらにしろゼルエダとは相変わらず話を出来ていないから、わざと手を抜いてと頼む事すら出来ないのだけれど。そんなシュリスの葛藤を知ってか知らずか、ゼルエダは本気で学んでいるように見えるから、余計にシュリスは戸惑ってしまった。
一方、ゼルエダはゼルエダで、不本意ながらも真面目に訓練に取り組まざるを得なかった。
シュリスと一緒に神殿の教義を教えられ、シュリスが治癒魔法や神官の心得を学ぶ間は様々な魔法について本で学ぶ。そして休憩時には神殿騎士から剣術や体術を学び、馬の乗り方まで教えられる。
何も知らないまま、魔王討伐の鍵になるためだと信じていられたら、きっと純粋に打ち込めたのだろうが。生憎ゼルエダは、これらが生贄になるためなのだと知っている。
もしゼルエダ一人だったら、なぜ生贄にされるのに自分を鍛えなければならないのかと投げやりになっていたはずだ。そうしてただ攻撃魔法をそこそこ使える戦力として戦場に送り込まれ、無駄死にして終わっていたかもしれない。
けれど今ここにはシュリスがいる。シュリスが神官になると決めてしまった今、一般兵となるにしろ生贄となるにしろ、シュリスに危険が及ばないようにするため、ゼルエダは全力で取り組むしかない。
そして何より、暇な時間を作ってしまうとシュリスが説得しに来ると分かっていたから、避けるためにも必死でやるしかないのだ。
シュリスとは違った形で、ゼルエダもまた悩み苦しみながらひたすらに訓練に励んでいた。
神殿騎士の三人は、ハーフと狼獣人、人族という組み合わせだった。御者をしているのが人族の騎士で、彼からはこれまでゼルエダが見た事もない魔法をたくさん学んだ。
これまでゼルエダは、攻撃魔法を中心に独学で学んできていた。手紙を届けるような生活魔法と言われる細々としたものや飛翔魔法など、村にいただけでは知らなかった魔法をいくつも身に付ける事が出来た。
これが村での出来事だったなら、と時折ゼルエダは思う。シュリスと一緒に空を飛べたら楽しかっただろうか。あの頃は、新しい魔法を見せる度にシュリスは大袈裟なほど喜んでくれた。
そう思えば思うほど、ゼルエダの胸は苦しく締め付けられる。そんな時に体を動かす訓練は無心になるのにちょうど良い。
狼獣人の騎士からは体術を、ハーフの騎士からは剣術を学び、ある程度馬術も身に付けるとゼルエダにも馬が与えられ、シュリスと一緒に馬車に乗る事もなくなった。
それにホッとしてしまった自分に気付くと、ゼルエダは物悲しさを感じるようになった。
熱心に訓練に励み、どんどん力を付けていくゼルエダを神官たちは期待に満ちた目で見てくるが、そんな事はどうでもいいのだ。
ゼルエダの全ての努力はシュリスのためにあるのに、なぜシュリスと共にいられる残り僅かな時間を楽しめないのかと自己嫌悪する。
それでもゼルエダはシュリスの言うように逃げようとは思えなかった。他に三人も黒髪黒目の人物がいて、自分は神託と関係ないのかもしれないと思っても、シュリスの言うように逃げようとはどうしても思えない。
もし自分が本当の生贄だったとして、逃げてしまえば世界が終わる。そう思えば、シュリスの伸ばす手など到底掴めるはずもない。
結局、色んな事を考えるのも辛くて。全てから逃げるように、ゼルエダはより一層訓練に没頭していった。




