14:反する想い
どんなに困難な道でも決して諦めないと決めたシュリスだったが、その道は思った以上に厳しいものだと開始早々に実感する事となった。
まずゼルエダの機嫌を直すつもりが、ゼルエダは強引に同行を承諾させた事を相当怒っている様子で、シュリスが話しかけても返事をしなかった。あまりに無視し続けるその様に神官たちが同情の視線を向けてくるほどで、シュリスとしては居た堪れない。
当たり障りのない事を話す気がないなら腹を割って話すしかないとも思ったが、生贄の件を知っていると神官たちに気付かれるわけにはいかない。それならば二人きりになる時間を作るしかないと思ったけれど、それもまた難しい。
ガルニ村から町までは馬車で三日ほどかかるため、その間は野宿が続き四六時中皆で行動を共にする事になる。寝る時ぐらい二人で話を出来るかと思ったが、女の子であるシュリスだけは馬車の中で眠るよう言われてしまうからだ。
結局気まずいままに時間だけが過ぎていき、シュリスは頭を悩ませる。それなのに、ようやく町へ入るとそこでまた面倒な事が待っていた。
「見つけた、シュリス! やっぱりゼルエダと一緒にいたんだな」
「ロッチェ」
町の神殿へ辿り着き馬車から降りると、大鷲族のロッチェが飛んできた。書き置きは残して来たものの、シュリスが急に消えた事で村では大騒ぎになっていたらしい。
今でも皆は平原や森を捜索しており、ロッチェだけが町へ先回りしてゼルエダたちを待ち構えていた。
「みんな心配してるんだぞ。ほら、帰ろう」
「嫌よ」
伸ばされたロッチェの手を、シュリスは冷たく払い除ける。するとロッチェは、ゼルエダを睨み付けた。
「ゼルエダ、お前が唆したんじゃないだろうな」
「そんなことしていないよ。むしろ僕からも頼みたいんだ。シュリスを連れて帰って」
「私は帰らないって言ってるでしょう!」
突然ゼルエダとシュリスが「帰れ」「帰らない」と言い合いを始めてしまったから、ロッチェは唖然とした。
ロッチェからすれば、こんなに意思をハッキリと出すゼルエダを見るのは初めてなのだ。どうやらこれはシュリスが本気で我儘を通そうとしてるのだと悟り、困惑して顔を歪めた。
「シュリス、どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもないわ。私は神官になるの」
「まあまあ、ここでは何だから中で話そうか」
神殿の入り口で繰り広げられる不毛な会話に、ダービエとフィデスが割って入る。
そうして一室に通されると、シュリスは改めてゼルエダとロッチェに向き直った。
「あのね、私には神官の素質があるそうなの。だから村へは帰らないって決めたのよ」
「神官の素質って何だよ。それは村長も知ってるのか?」
「知ってるわよ。その場にいたし、手紙にだって書いたんだから」
「君はロッチェといったね。シュリスの言ってることは本当だよ」
この神殿の長と話をするためダービエは席を外しているが、フィデスだけは同席している。フィデスは自身の指輪を見せながら、詳しい話を始めた。
「私たち神官が治癒魔法を使うのは知っているかな。それの適正があるかどうかを、これで知ることが出来るんだ」
真っ白な石を削り出して作られたような指輪は、宝具と呼ばれる魔道具だ。それを使ってシュリスに素質があると分かったのだと、フィデスは話した。
「今、魔族と大きな戦いが起きている。神官もそこへ派遣されるから人手不足でね。少しでも素質のある者を見つけ出したいんだよ」
神殿には多くの者が属しているが、その中で神官と呼ばれるのは治癒魔法を使える者だけだ。
神聖魔法とも呼ばれるそれは、実の所魔法の一種でしかない。通常の魔法と違い適正のある者しか使えないため、治癒魔法は神聖化されていた。
「シュリスは特に素質が良い。だから出来るなら、私たちとしても神官になってもらいたいんだ。村長には反対されてしまったけれどね」
魔力が多いのは人族だが、不思議な事に治癒魔法の適正を持つ者のほとんどは混血だ。神殿の教えでは、自らに似せて作った人族の血を持つのに、本来使えるはずの魔力が少なくなってしまったハーフを神が哀れに思ったため、代わりに癒しの術を与えたとされていた。
ダービエとフィデスもハーフだが、中でもフィデスには魔道具なしでも適正を持つ者を何となく感じられる特技がある。シュリスを一目見た時にその素質に気付き、指輪を嵌めた手で直接触れて確かめたのだった。
「ロッチェもゼルエダに言ってたでしょう? 世界を救うために力を求められるのは凄いって。私も同じなの。戦う力じゃなく癒しの力だという違いがあるだけなのよ。だから私は帰らないわ」
「確かに言ったけどさ。本気で戦場に行く気なのか? 危険すぎるだろう」
「それはゼルエダだって同じでしょう? むしろ私は傷付いた人を助けるだけだもの。ゼルエダよりずっと安全よ」
ゼルエダを一度も引き止めようとしなかったロッチェに、シュリスを止める言葉はない。ロッチェは悔しげに歯噛みしつつも、引き下がるしかなかった。
「ゼルエダ、絶対にシュリスを守れよ」
「ロッチェ! 諦めないでシュリスを連れ帰ってよ!」
「んな事言われたって、本人が帰らないって言ってるんだからどうしようもないだろう?」
「私だって、ゼルエダが帰るなら諦めてもいいと思ってるわよ」
「僕は帰らないよ」
「それなら私だって帰らないわ。それでいいわよね?」
「シュリス!」
「まあまあ、ゼルエダも落ち着いて」
平行線なままの会話にフィデスが割って入り、強引に話を終わらせる。深いため息を漏らすロッチェに、フィデスが宥めるように語りかけた。
「ロッチェ。村長には私たちから手紙を書くから、届けてもらえるかな」
「それは構いませんけど……。村長に何て言えばいいんだよ。親父にも怒られる」
ロッチェは手紙を預かると、疲れた様子で村へ帰っていった。シュリスをどうしたって帰せないと分かり、ゼルエダは苦しげに眉根を寄せて再び黙り込んでしまった。
シュリスは皆に心配をかけて申し訳ないとは思ったが、引き返すわけにはいかないのだ。さらにゼルエダが頑なになってしまったように見えて不安だったが、改めて頑張ろうとシュリスは気合いを入れた。




