13:優しい神官たち
ゼルエダと二人並んで馬車に揺られながら、シュリスは内心でホッと息を吐く。
神官たちの密談を聞いた際、二人が本心ではゼルエダを生贄にする事を良しとしていないと分かった。そのためきっと無視されないと思って強引な手段に出たものの、もしこの平原に置いて行かれたらどうしようかと、実の所シュリスは不安でいっぱいだったからだ。
シュリス自身も、かなり無茶をしたという自覚はある。運良く魔物に出会わなかったが、下手をすると合流前に死んでた可能性もあるのだから。
それでもこれからシュリスがやろうとしている事に比べれば、まだまだ簡単な方だろう。
昨夜、ゼルエダも世界もどちらも救うと決めてから、シュリスはすぐに行動を始めた。家族に気付かれないようこっそりと旅支度を整え、一睡もしないまま早朝村を抜け出すとひたすら平原を歩いた。
それは、とにかくゼルエダと合流する事だけを考えて取った必死の行動だ。その後の事まで考える余裕はなかったから、歩きながらシュリスは考えを巡らせた。
一番の問題は、ゼルエダをどうやって逃げる気にさせるかという事だ。シュリスはいっその事、前世の記憶やアルレクの事を話して勇者なしで魔王を倒そうと言ってしまおうかと思ったけれど、本人は犠牲になっても良いと考えている。
今の状態でそんな事を話した所で、勇者が仲間と魔王討伐を果たす未来があるのならと、余計頑なになりかねない。
かといって、シュリスがゼルエダを必要だと訴えても止まらないだろう。それでやめてくれるなら、村で話した時に思い止まってくれたはずだ。
泣き落としもダメだったし、他にはどうしたらゼルエダの心を揺さぶれるかが分からない。
となれば、まずは時間稼ぎと情報収集だろうとシュリスは思う。
シュリスの予想通り、神官たちはゼルエダをパガーノス神国へ連れて行くつもりだった。パガーノス神国は東大陸にあるため、海を渡る必要がある。ガルニ村のあるレカルド王国に海はなく、一番近い港町は隣国にある。どんなに急いでも、馬車で二ヶ月はかかるはずだ。
そこからさらに船旅を挟み、東大陸へ渡ってからパガーノス神国までまた馬車の旅だ。ゲーム内での地理は分かるけれど、現実に移動するとどのぐらいの距離なのかまではさすがにシュリスも分からない。ただ、パガーノス神国は東大陸の中程にあったはずだから、到着まで恐らく半年近くかかるのではないだろうか。
この旅路を、不自然に思われず足手纏いとされ置いていかれる事もない程度に遅らせたい。その合間にゼルエダの説得を続け、出来るなら未練を感じて生贄となる事を躊躇ってくれたらいい。
そしてその道中では、神官たちから出来る限りの情報を引き出したいと思う。
パガーノス神国に着く前に逃げ出せれば一番良いけれど、万が一にも間に合わなかった時には、儀式そのものをぶち壊す事も厭わない。
きちんと止められるよう勇者召喚の詳細について調べる必要があるし、神殿から脱走する事になるから見取り図の把握や脱走経路の確保も必要だろう。
その後の魔王討伐に備えるため、そして脱出時にゼルエダが怪我をしてしまった時のためにもシュリス自身、聖女と同じだけの治癒魔法を使えるようにもならなくてはならない。
シュリスがやろうとしている事はたくさんあるが、一から十まで全てが困難な事ばかりだ。その上、これらが上手くいった所で、まだゼルエダしか救えていない。勇者を召喚させないのだから、さらに世界も救わなければならない。考えるだけで気が遠くなりそうだ。
それでもシュリスは諦めるつもりなんてない。幸い、神官たちは優しい人たちだったから、シュリスの立てた計画は上手く行きそうな気がしている。
「シュリス、疲れたんじゃないか? 少し寝たらどうだ」
「ほら、このクッション良かったら使って」
「いえ、大丈夫です」
寝不足のシュリスを気遣ってくれた年嵩の神官はダービエ。クッションを差し出してくれた年若い神官はフィデスという名で、正しくは神官補佐という役職でダービエの補佐をしているのだという。
隣に座るゼルエダは不機嫌そうに黙り込み、ひたすらに窓の外を眺めているから、代わりに二人は声をかけてくれるのだ。
神殿騎士の二人も悪い人には見えないし、ただの御者だと思っていた若い男も実は神殿騎士だった。シュリスを保護してくれた際、騎士の三人からは子どもが一人で平原を歩くなと叱られたけれど、それが優しさからなのも感じられた。
目的こそとんでもないものだったが、ゼルエダを探しにやって来た彼らは皆とても良い人たちなのだ。そんな彼らに迷惑をかける事になるのは胸が痛むけれど、シュリスがゼルエダを逃したいと思ってるなんて微塵も考えていない様子だ。シュリスにとっては幸運といえる状況だった。
「疲れたらすぐに言うんだよ。私たちの治癒魔法も万能とはいえない。必要なら休憩を挟むから」
「ありがとうございます、その時は遠慮なく言わせてもらいますね」
歩きすぎて痛めてしまったシュリスの足も、馬車に乗ってすぐにフィデスが治癒魔法で治してくれた。シュリスは向かいに座る優しい二人の神官に微笑みを返し、そっとゼルエダの様子を窺った。
(ごめんね、ゼルエダ。でも、諦めないから)
これからまずゼルエダの機嫌を直す所から始めなくてはならない。それまでほんの少しだけ休もうと、シュリスは軽く目を閉じ馬車の揺れに身を任せた。