12:旅立ちの朝に
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出立の朝は、晴れやかな青空が広がっていた。村を出るゼルエダを村人たちは総出で見送ろうとしており、神官たちの乗る馬車が止まる村の入り口には多くの人々が集まっている。
けれどその場に、シュリスの姿はなかった。
「すまないな、ゼルエダ。あの子は臍を曲げてしまったようで、部屋から出てこないんだ」
「いえ……いいんです」
申し訳なさそうな村長の言葉に、ゼルエダはゆるく頭を振る。
最後に一目顔を見たかった気持ちはあるが、ゼルエダは昨夜、二度とこの村に戻れない事を知ってしまった。逃げてと言われた時には断る事が出来たが、ここでまたシュリスに泣かれでもしたら決意が揺らいでしまうかもしれない。
命を捨ててでも、思い慕う彼女を守る。そのためには、会えなくて良かったのかもしれないとも思えた。
「お世話になりました。シュリスによろしく伝えてください。幸せを祈ってると」
「ああ、伝えておく。頑張って行っておいで。気をつけてな」
形式上のものだとしても、さよならの代わりに告げられた労りの言葉はゼルエダの胸に沁みた。村の皆に別れを告げて、ゼルエダは馬車に乗り込む。
騎乗した二人の神殿騎士に挟まれて進む馬車は上等で乗り心地はいいが、ゼルエダにとっては逃げ場のないものだ。これから先、自分に待つのは死だけなのだと思うと、空虚さに力が抜けた。
そうしてゼルエダは一人窓の外を眺め、ぼんやりと揺れに身を任せていたのだが。村を出て四半刻ほど経った頃に、不意に馬車が止まった。
「どうした?」
「すみません、一人で歩いている子どもがいまして」
「こんな場所を? 迷子か?」
「事情を聞きに行ってますので、少々お待ちを」
同乗している神官が小窓を開けて、御者と言葉を交わす。
馬車が止まったのは周囲に何もない、だだっ広い平原だ。しかしここにも多少は魔物が出るはずで、子どもが一人で歩くには不自然だし、迷子なら危険すぎる。
この辺りに盗賊が出るという話は聞いた事がないが、万が一にも罠である可能性を考えて、護衛騎士が確認に向かっていた。
「終わったようです。子どもを連れ帰ってきてますね。危険はないようです」
「では迷子か」
「いえ、あれは……」
大人しく馬車の中でゼルエダが待っていると、御者が困惑した様子で声を上げた。
「あの村の子どもかと。村長の娘さんですよ」
「え?」
意外な言葉にゼルエダは思わず立ち上がり、扉を開いた。神官たちも驚いた様子で共に馬車の外へ出る。
果たして、馬から降りて手綱を引く騎士と歩いてきたのは、御者の言う通りシュリスだった。
「シュリス! どうしてこんな所に⁉︎」
「ゼルエダ、こんにちは」
「こんにちはって……」
唖然とするゼルエダを横目に、シュリスは神官たちに話しかけた。
「神官様、よろしければ私も連れて行ってもらえないでしょうか」
「君を?」
「父には反対されましたが、私も世界の役に立ちたいんです。私も治癒魔法を使えるようになれるんですよね? ぜひ連れて行ってください」
昨夜、ゼルエダに送られて家へ帰ったシュリスは、そのまま旅支度を整えて。家族に置き手紙を残して部屋の扉に鍵をかけると、早朝に窓からこっそり外へ出た。
神官たちがゼルエダを連れて行くのはアルレクでのスタート地点、神殿の総本山があるパガーノス神国だとシュリスには分かっていた。
ゼルエダを救うには、とにかく同行するしかないが正攻法で頼んでも連れて行ってはもらえないだろう。だからその道中に先回りするつもりで、シュリスは村を出てきていた。
意外なシュリスの申し出に、神官は眉根を寄せた。そんな反応も、シュリスには予想通りの出来事だ。
けれどゼルエダにとっては、到底承伏出来ない話だった。
「シュリス、何言ってるの! 村はどうするの!」
「昨日も言ったけど、従兄がいるから平気よ。それにもう決めたの。連れて行ってもらえないなら、一人でも町の神殿まで行くわ」
シュリスの格好はその本気さを示すように旅の装いで、背には鍋や毛布、食材などが詰まった大きな袋を背負っており、腰にはナイフを下げている。
ゼルエダはどうにかして村へ帰したいと思ったが、神官たちはその様子に苦笑いを浮かべた。
「さすがに君一人でこの草原を抜けるのは無理だと思うが。君の足で何日かかると思ってるんだ」
「それでも私は諦めません。放置しても追い返すでも、どうぞご自由になさってください」
「そういうわけにもいかないからな……。分かった、連れて行こう」
「そんな、神官様!」
「元々は我々が君を誘ったんだ。次の町に着いたら、私からご両親に連絡させてもらう。本当に良いんだね?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
年嵩の神官がシュリスと話をまとめてしまい、ゼルエダは苦しげに顔を歪める。そんなゼルエダの肩を、年若い神官が宥めるように叩いた。
「君たちは友達なんだろう? 彼女のことは悪いようにはしないから、安心しなさい。さあ、そんな顔してないで一緒に馬車に乗ろう」
「……はい」
シュリスが本当は、ゼルエダをどうにかして逃がそうと思って付いてくるのだと、ゼルエダには分かっていた。どうやってシュリスを諦めさせて、村へ帰したらいいのか。悩むゼルエダの隣で、シュリスはのんびりと神官たちと挨拶を交わし始めた。




