表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/66

11:シュリスの覚悟

「良かったんでしょうか。本当のことを言わなくて」


 ノックをしようとした矢先、聞こえてきたのは年若い神官の声だった。扉近くの壁にでももたれて話しているのか、そう大きくもない声なのにやけにハッキリとシュリスの耳に響く。

 シュリスは重いトレイを落とさないよう慎重に歩いてきたから足音も出なかったし、誰かが廊下にいるなど思ってもいないに違いない。

 聞き捨てならない言葉にシュリスの胸が早鐘を打ち、全神経が耳に集まった。


「いいんだよ、これで。むしろ余計な手間が省けて助かったじゃないか。家族がいなくて幸運だった」

「ですが村長にぐらい話しても」

「この子が必要なのは生贄にするためだって? やめておけ。黙っててやるのが優しさだ」


 生贄って何のこと?

 年嵩の神官が発した不穏な言葉に、トレイを落としそうになるのをシュリスは必死に堪える。

 客室は二人部屋で、神殿騎士の二人と御者は両隣の部屋にいるはずだ。神官同士で交わされる密やかな会話だけに、嘘があるとは思えない。今だけは、誰も部屋から出てこないでほしいとシュリスは願った。


「本当に出来ると思ってらっしゃるんですか。勇者を召喚するなんて」

「大神官様がそう託宣を受けたと仰るんだ、私たちは信じるしかない。たとえそれが、あんな子どもを犠牲にするなんて酷い話でもな」

「神託を疑うわけではないのですが……無駄死ににならない事を祈ります」


 勇者、召喚、死。

 覚えのある言葉はシュリスの内に降り積もり、胃の底が冷えていく。同時に蘇った記憶に、シュリスは居ても立っても居られず踵を返した。


(どうして忘れていたの。それに、生贄って……!)


 シュリスの脳裏には、アルレクでの聖女シュリスのサブクエストが浮かんでいた。

 故郷のガルニ村に訪れた聖女は、森のそばにある無人の家で思い出を勇者に語る。この家には大切な幼馴染が住んでいたけれど、魔王討伐に参加して死んでしまったのだと。

 彼女は戦死の知らせを受けて、その幼馴染を弔うために神官となったのだと勇者に明かし、二人は必ず魔王を倒そうと誓う。聖女の好感度とステータスが一気に上がり、聖女ルートのエンディングを確定させるイベントだった。


 けれど神官たちの話が真実なら、その幼馴染は生贄にされた事になる。幼馴染の命と引き換えに召喚した勇者と、聖女は恋に落ちた事になるのだ。

 それが自分とゼルエダにも降り掛かるのかと思うと、シュリスは吐き気を覚えた。


(嘘でしょう? そんな裏設定があったなんて、聞いてない!)


 台所にいた母親に、お酒は断られたと誤魔化してトレイを渡すと、そのままシュリスは密かに家を出た。とにかくすぐにでもゼルエダを逃さなくてはならないと、それだけがシュリスの脳裏を占めていた。

 勇者が必要なのは分かるが、そのためにゼルエダを死なせるなんてシュリスは許容出来ない。大切な幼馴染という言葉では、ゼルエダに向けるシュリスの気持ちは収まらないから。


 けれどゼルエダは、生贄にされると聞いても逃げようとしなかった。


「僕は、逃げないよ」

「どうして⁉︎」

「だって、勇者様を呼ぶのに僕が必要なんでしょう? それなら僕は行かなきゃ」

「死んじゃうのよ! 殺されるのよ!」

「分かってるよ。でもね、僕が逃げたって世界が滅んだら意味がない。それにこれは、僕が役に立てるチャンスなんだ」

「ゼルエダ……」

「僕が犠牲になることで、みんなを……君を守れるなら、僕は行くよ」


 危険な魔王討伐にさえ、ゼルエダは進んで挑もうとしていた。死なないでほしいとシュリスがどれだけ願っても、もう止められないのだとシュリスは悟った。


(どうしてゼルエダが。どうして……)


 シュリスの瞳から涙が溢れる。絶望に顔を歪めるシュリスを、ゼルエダはギュッと抱きしめた。


「泣かないで、シュリス。いつだって僕の心は君と一緒だ」

「そんなこと、言われたって」

「ほら、帰ろう? きっと村長も心配してるよ。送るから」

「ゼルエダ……」


 泣いたり落ち込んだりするゼルエダを慰めようと、シュリスが抱きしめる事はこれまでにもたくさんあった。けれどゼルエダに抱きしめられたのは、これが初めてだ。

 木こりとして暮らしてきたからか、人族にしてはゼルエダの背は高く、対してシュリスはハーフにしては背が低い。二人は同じぐらいの背丈だけれど、柔らかなシュリスと違って程よく鍛えられたゼルエダの胸板は硬く抱きしめる手は力強かった。

 声変わりを終えた低い声は耳に心地良く、優しい温もりをずっと感じていたいと思う。


 けれど願い虚しく、ゼルエダは宥めるようにポンポンと頭を撫でると、シュリスが泣き止む前にその手を引いて歩き出した。

 シュリスはみっともなく泣きながらも、足を動かすしかなかった。


(どうしても無理なの? そんなのは嫌……)


 アルレクの聖女シュリスも、こうやって泣いて幼馴染を見送ったのだろうか。描かれなかったゲームの裏側は分からないが、いつだって穏やかで優しく前向きな聖女の事だ。心配かけないように笑顔を浮かべ、必ず帰ってきてと願いを込めて見送ったのではないだろうか。

 けれどゼルエダが生贄になると知った今、ゲームと同じように見送るなんてシュリスには出来ない。それにもし本当に勇者が召喚されるとして、見知らぬ土地に勝手に呼び出された上に、一人の人間が犠牲になったと知ったらどう思うだろうか。誰も幸せになど、ならないのではないだろうか。


(やっぱり死なせたくない。たとえこれがゲームの裏設定だったとしても、その通りに流されるなんてごめんだわ。きっと何か方法があるはずよ。世界もゼルエダも、両方を救う方法が)


 幸いというべきか、アルレクの勇者は強かったけれど、勇者にしか出来ない事というのはなかったはずだ。だとすれば、ゲームの知識を駆使すれば勇者なしでも魔王は倒せるのではないだろうか。

 相当難しい事だと思うし、失敗すれば犠牲になるのはこの世界全てだ。それでもゼルエダを死なせたくないシュリスは、一人でも抗おうと心に決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ