表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/66

10:ゼルエダの決意

「どうして止めたの。私も一緒に行きたいのに」


 村長の家は、村の中でも少し小高い場所にある。緩やかな坂を降り切る手前、村の家々が立ち並ぶ道へ入る前に、シュリスは足を止めて問いかける。

 今はシュリスと二人きりだからと、ゼルエダはフードを外し真剣な眼差しで答えた。


「シュリスは次の村長だから。村を出ちゃダメだよ」

「そんなことないわよ。従兄に継いでもらえばいいもの」


 父方の叔母は隣村の村長の元へ嫁いでおり、シュリスと歳の近い三兄弟がいる。シュリスがゼルエダへ好意を抱いていたから流れたが、その内の一人をシュリスの婿にと、村長は元々考えていた。だからその従兄を養子にもらえば、後継ぎは解決する話なのだ。

 そこまで詳しく明かしはしないものの、問題ないとシュリスは話したが、それでもゼルエダは首を振った。


「それでも危ないから、行かないで欲しい」

「そんなの、私だって同じ気持ちよ! どうして引き受けちゃったの?」

「だって僕に出来ることは、それぐらいしかないから」


 切なげに話したゼルエダに、シュリスは顔を歪めた。


「ルッツォのことがあったから、そんなことを言うの? 確かに村のみんなはあれから態度が変わったけれど、魔物を倒す以外にもゼルエダには良い所がたくさんあるのに」

「それもあるけど……僕は恩返しをしたいんだよ」


 ゼルエダは内包する魔力の大きさや珍しい髪と瞳の色を理由に、たくさんの人に忌避されてきた。守り愛してくれた両親を失い絶望していた時に、親身になってくれたのがルッツォとシュリスだ。村長も親切にはしてくれたが、それはシュリスが気にするからだとゼルエダはちゃんと分かっている。

 ルッツォ亡き今、ゼルエダにとって大切な存在はシュリスだけ。シュリスを守るためなら、何だってしたいとゼルエダは思っていた。


「魔王軍はどんどん攻めてきているし、いつかこの村にだって来るかもしれない。御告げが僕のことなのかもしれないなら、放ってはおけないよ」

「でもだからって」

「シュリスは優しいね」


 ゼルエダは自分に自信が持てずにいた。ずっと嫌われてきた自分がここにいてもいいのか、常に不安を抱いている。

 そんなゼルエダの目には、自分の行く末を案じてくれるシュリスが輝いて見えた。だからこそ手の届かない彼女を守るために、行くと決意していた。


 泣きそうな目で、シュリスはゼルエダを見つめる。ゼルエダはそんなシュリスに伸ばしたくなる手を、ギュッと握って堪えた。


「僕がみんなを、シュリスを守るから。だからシュリスは幸せになって」

「ゼルエダ……」


 西日を映すゼルエダの顔は真剣そのもので、どうあってもゼルエダは行く気なのだとシュリスにも分かった。それでも諦めきれなくて、村のみんなが止めてくれないかとシュリスは期待を抱く。

 けれどその願いは、あっという間に砕かれた。


「おーい、シュリス。何してるんだ、そんな所で」

「ロッチェ! ねえ、ロッチェも止めて。ゼルエダが行くって言うのよ」


 大きな翼を羽ばたかせ、大鷲族のロッチェが空から降りてきた。ゼルエダは慌てた様子で再びフードを被る。

 御告げを理由にゼルエダが連れて行かれてしまう事をシュリスは簡単に説明したが、残念な事にロッチェはシュリスに賛同してくれなかった。


「おれは止めないよ。むしろ凄いと思うし」

「ロッチェ!」

「シュリスも諦めなよ。それよりみんなで送り出してあげた方がいいって。なあ、ゼルエダ?」

「うん」


 今でこそロッチェはゼルエダとも普通に話すが、元々良く思ってはいなかった。髪や目の色を不気味がっていたのもあるが、何よりロッチェはシュリスに気があったからだ。

 いつもゼルエダにベッタリだったシュリスを気の毒に思っても、ライバルが村を出るのは都合が良かった。


 ロッチェを通じてゼルエダの事は瞬く間に村中へ広まったが、その中でゼルエダを止める者は一人もいなかった。

 村人の半分は御告げで選ばれたと聞いて純粋にゼルエダを応援しようとしたし、もう半分は不気味なゼルエダがいなくなる事を歓迎したからだった。


「ゼルエダ、頑張ってこいよ!」

「今夜は俺の奢りだ! 英気を養っていけよ!」


 村の男たちはゼルエダを囲んで送別会を始めてしまった。シュリスは何とも言えない思いで、一人家へ帰る。

 最後頼みの綱は、村長である父親だけだ。出来るならゼルエダを送り出すのはやめてほしいし、そうでなければ自分も神殿へ行く事を認めて欲しかった。


「お父さん、少しいい?」

「シュリスか。どうした」


 神官たちも交えた夕食を終え、執務室で急ぎの仕事を済ませる父親の元へシュリスは直談判しに行った。けれど父親にとってはシュリスが一番大事だから、その身が危険に晒されるのを良しとはしなかった。


「いいかい、シュリス。お前は父さんと母さんの大事な娘なんだ。手放せるはずがないだろう?」

「でもゼルエダが危ないのよ」

「ゼルエダなら大丈夫だ。あれだけ強いんだから、ちゃんと帰ってくるさ。それにお前が行かなくたって、神官様は他にもたくさんいらっしゃる。ゼルエダが御告げの子なら、なおさら死なせはしないはずだよ」

「それはそうかもしれないけれど……」

「分かったなら、部屋へ戻りなさい」


 父親に諭されても、シュリスの心は晴れない。何より引っかかるのが、こうまで反対されるのなら、なぜアルレクのシュリスは聖女になったのかということだ。

 どうにも嫌な予感が払えず黙って俯くシュリスに、村長は宥めるように語りかけた。


「シュリス、一つ頼みがあるんだが。神官様たちに寝酒を届けてくれないか」

「寝酒を?」

「そのついでに、一言幼馴染のことを頼んできてもいいんじゃないかな」


 父親はいつだってシュリスに甘い。シュリスは出された助け舟に、有り難く乗る事にする。

 渡された秘蔵の酒とグラスと共に、母が用意したつまみもトレイに乗せて運び、シュリスは客室の扉を叩こうとした。けれどその時、部屋の中から漏れ聞こえた神官たちの話は、信じられないものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ